4-1 洗礼
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4-1 洗礼
その日、雨が止まず、暗い裏通りが更に暗かった。
だが魔法使いなると決めた俺はブーディカから洗礼を受けることになった。
「今から洗礼を行うわ、それによって世界の見方が変わり、最初は制御が出来なくて苦しむかもしれない。地に沈み、世界の狭間の声が間断なく耳に響くかもしれない。
目を閉じても景色が見えるかもしれない。
全てが拡張され、今までの色が人間の身体に支配された色だと自覚するでしょう、貴方は鳥になり、犬なり、獅子なり、ミミズなる、そして世界はもっと複雑だと理解する。
それは貴方をそれまでの貴方と決定的に変えてしまう、それでも魔法使いなりたい?」
改めてブーディカに色々と告げられる、だが、答えは決まっている。
「なりたい」
決意は変わらなかった。
「そう、なら準備をするから手伝って」
「ああ」
ブーディカの二階の自室へ様々な物を取りにいった、床に敷く特殊な絨毯、それに今まで持たなかった杖に剣、ガータネット、そしてフード付きローブ、何処に置いてあったのだろうと疑問に思うレベルの物だ。
豪華な杖は持ち手の部分は木で作られ、金属で出来た台座に翡翠の宝石が3つとラピスラズリと2つ付けられていた。
ガータネットは普段使っている戦闘用ではなく、優雅な百合の花と鶯の彫金がされ、まるで工芸美術品だ、ローブの手触り柔らかく、その黒さは何処までも上品だった。
「そこの部屋を開けて」
今まで一度も入ったことの無い部屋、そのドアは赤い木目調に少しの金で線が描かれていた、考えてみればどれも豪華だ、何故豪華にする必要があるのか分からなかったが弟子になれば教えてもくれるだろう。
「此処をですか」
緊張のせいか、もう一度確認する。
「ええ、開けて」
ブーディカもそれが分かっているのか特に怒らず、答えた。
勇気を出して開けた部屋は異質だった、部屋の4面は黒く、天井には星々が描かれていた。
「絨毯を部屋の中央に敷いて」
「ハイ」
赤い絨毯を敷くとその怪しい雰囲気が一層強くなった。
「少し待ってて今準備するから」
ブーディカは黒いローブを羽織ってガータネットを装着すると指を何度か開いたり閉じたりして馴染ませて、しっかり装着できた事を確認するとその豪華な杖を右手に持った。
そして左手に持つと剣を俺に差し出した。
「これは何の為に?」
「貴方はこれから死を選びたくなるような景色を見るでしょう、でもそれは人の見ている世界が人に依存した物だと分かるため必要な事・・・」
「そして、その剣は羅針盤、貴方が景色に飲まれて消えないように道を示す物よ」
「ああ、分かった」
文字通りの羅針盤って事か?、でも、裏の意味は耐えられなかった時に使えって事かな・・・。
つまり死を選べる、奴隷の俺に死ぬなと命令すれば、視界に命令の文字が光って多分選べないはずだ。
だが、ブーディカはこちらに選ばせてくれるようだ。
覚悟を決めて頷き答えるとブーディカも決意したようだ。
「それじゃあ儀式を始めましょう」
「まず、剣を右手に持ち、切っ先を左手で添えて、正座する、そしてそのまま深く目を閉じて」
言われるままに行う。
絨毯のおかげで思ったより正座も痛くはない。
「そのまま少し待っていて」
ブーディカに言われるまま待つ。
「フーッ、じゃあ、始めるわよ」
ブーディカは手に持った杖の柄頭を三回、床に打ち付けると、杖を真っ直ぐに構えて呪文を唱え始めた。
「汝、我が理に従い黒き川を渡る、その黒き奔流に飲まれ、川底に落ちても砂金を拾うだろう」
ブーディカが唱えた呪文を聞いたその時、体が騒ぎ出した。
何だ、まるで体の中を蛇が泳いでるみたいだ。
その気持ち悪さから片目を僅かに開けると、先程まで怪しい雰囲気だった部屋の見え方が変わり、足元に芝生が生えだして草原が広がりだしていた。
ぎょっと片目を見開いて驚いているとブーディカは構わずに呪文を続けた。
「黒き川を抜け、芝の都たどり着く、その芝生の一草一草を我が身に宿し、砂金の粒から生を得る」
何かが耳元で流れる音がした、確かに砂粒の音だ。
だが、ブーディカは唱えてるだけだ、砂金なんて何処にもない、聞こえないはずの音が耳元に流れて背筋がぞわぞわとしだす。
「生を得た乳飲み子は僅かな血を垂らしながら小鳥になる、空に飛び僅かな虫を得るだろう」
ガクッと体が揺れた様な気がした、驚きの余り両目を見開くと剣を持った自分を見下ろしている。
何だこれは?!剣を持つ自分から抜け出してしまったのか?。
だが、剣を持っている自分は震えて何かと戦っている。
それに抜け出した意識が急速に部屋から遠ざかり視界が変わった。
背が一気に縮み、まるで赤ん坊の様になる、目の前に小鳥が不思議そうな顔でこちらを見ている。
「何だ、ブーディカは何処いるんだ?」
何で芝生にいる、さっきまで居た部屋は何処にもない、芝生が何処までも広がる丘が広がっている。
目はまるでよく見えない、赤ん坊だからか・・・、ああ、あの目が欲しい、そう望むと鳥の視点になった。
今度は赤ん坊を見ている。そして赤ん坊はヘソから僅かな血を流していた。
ああ、行かなきゃ、何かに誘われて飛び立つと一匹の羽虫を捉えた。
ああ、食べたい、そう思い翼を思い切り羽ばたかせると右に左に羽虫が逃げる。
だが、逃さない、速さは圧倒的にこちらが上だ、そのくちばしを大きく開けて羽虫を捉える。
「虫は子をなし、満足してお前に食われるだろう」
その呪文が聞こえた瞬間、視点が虫になった。
「ああうわあわぁぁあ!!」
鳥のくちばしの奥が何処までも暗く円球で、まるで日食に様な美しさと全て暗闇を持っている様に思えた。
ヤダ!?死にたくない、満足なんてしていない、抗うように羽ばたくが虫の速度ではどうしょうもない、抗いきれない暗闇に飲まれた。
「身体はあって身体は無く、僅かな光を残して消えるだろう、至れ至れ、汝は暗闇の線の淵に立つだろう」
まるで生と死が同時に訪れたような錯覚を持ち、あいまいな視界がノイズに覆われる、死んだ時の事を思い出して息が詰まる。
暗闇の中で藻掻くと足が着いた。
そこには穴が有るとしか思えない真っ黒な丸い穴、その縁にいつの間にか立っていた。
身体を僅かに傾ければ落ちていくのでは思えてしまう程の引き寄せられる様な穴だった。
「何だ、この底のない暗さは・・・」
余りに暗い、まるで人間の全てを試すような暗さだ・・・。
「汝、光を対岸に見て闇を選べ」
真っ暗だった対岸の縁が光りだした、その対岸には生前の自分の姿があった、目つきは悪いが穏やかで、その隣には家族が並んでいる、父も母も穏やかで..、それにもう一人の女性、それは絶対に居ないはずで存在しない、過去の人、こちらに気づき優しく微笑んでいる。
「何で何でいるんだ..?!」
望んでも望んでも決して会えない女性、微笑む女性が何か言っている。
ああ、もう一度声を、声を聞けるのか?、どうしょうもなく側に行きたい、だが、底なしの暗闇が道を塞ぐ。
「クソッ、どうして」
悪態をつくと女性がもう一度こちらを見る、何かを閃いた様な表情を浮かべ、暗闇を軽く撫でると光の粒が何処からともなく集まって橋になった。
そしてもう一度手招きをしている。
「ああ、今行くよ」
何度会いたいと思ったか分からないほど想った・・・。
足を光に乗せるとしっかりと浮いた、ああ、これなら落ちないで大丈夫だ、安心して前に進む、一歩また一歩と..。
「でも、どうしてここに?、こんな訳のわからない場所に来たんだ?」
話しかけると、ただ微笑んでいる。
後少しで女性に会える、光の粒が腕を掴み支える。
後少しで声を聞ける、その焦りが足を歩かせた。
だが、暗闇から雫が落ちた、その雫はただの水滴で少しの光を反射しているだけだった、だけど何故か無視してはいけない様な気がした。
笑顔で呼ぶ女性の声が遠くから響く。
「ああ、今行く、だけど少し待ってくれ何か気になるんだ」
雫を触ると何故か泣いている様な気がした。
「ああ、そうか、俺はそっちに行っちゃいけないんだな・・・」
泣いている雫は底なしの暗闇からぽつりぽつりと落ちてきていた。
「ごめん、俺はこっちを選ぶよ」
金色の橋から泣いている暗闇を覗き込むと涙が暗闇から空へと落ちていた。
名残惜しくなって、もう一度女性の方を見ると、父と母と仲良く手を結び微笑んでいる。
そこにはもう一人の自分はいない。
ああ、そうか、これで良いんだ..、その時、言葉が浮かんだ。
光を求めよ、されば闇に向け、闇はお前を包みお前を真理の道へ誘うだろう。
その言葉がまるで導き手の様に俺を底なしの暗闇へと落とした。
身体は落ちているのに加速感は無い、ひたすらに落ちていく。
底なしの暗闇の穴は何も無いように見えた。
暖かさも冷たさも寂しさも安らぎも感情も物体も持たない、そんな風に見えていた。だけど、落ちていく側から身体に雫が一粒二粒と身体に当たる。
自分を確かめるなんて雨粒に当たるだけで良いんだ。
存在を知りたかったら自分がコントロールしていない物に触れればいい、だから誰かをコントロールしたり、物をコントロールしたり、そんなものでは存在の不安は消えない。
分かっている、でも、俺の中の傲慢さは消えない。
理解した上で更に求めた。
さー魔法よ、俺に力を貸してくれ、そう願った瞬間、声がした。
「貴方も魔法が欲しいの?」
少女の声がした、ブーディカの声では無い。
「君は誰だ?」
「私は自分を探しているの、だから、名前は知らない」
「そうか・・・」
「でも、魔法をあげる事は出来る」
そう言うと暗闇の中で何かが光った、光は玉となって目の前に現れた、それはまるで夜空を詰めた様な綺麗な玉。
「それが貴方の魔法、大事に育ててね」
「これが俺の・・・魔法」
手に取った玉は身体に吸い込まれ、視界に夜空が溢れた。
その瞬間、自分の魔法を理解した。
「ああ、分かった、俺は・・・、俺は夜鷹の魔法使いネーロだ!!」
そう叫ぶと今までの経験した景色が渦となって身体に入ってくる。
光景に叫ぶとまばゆい光が走った・・・、視界は全て白く何も見えない。
だけど感じる、さっきとは違う、全く自分が変わった事が分かった。
「フフッ、おかえり、ネーロ」
黒いローブにガーターネット、杖を持ったブーディカが霞んだ視界に映り、微笑んでいるのが見えた。
「ああ、ただいま、俺は魔法使いになったのか?」
「ええ、入り口に立ったといった所だけど、まずはおめでとう、貴方は今日から奴隷兼魔法使いの弟子よ」
杖を静かに置き、ブーディカは手をネーロの背中に優しく回して抱きしめた。
「ブーディカ?!」
「良かった、よくこっちを選んだね」
頭を優しく撫でられ、まるで母にあやされる子供だ。
「最初に約束しただろう、弟子になるって・・・、だから」
「フフッ、お前は良い子だ、ネーロ」
ブーディカは何か感慨深い、そんな気持ちだったのだろう両手で俺の頬骨を持ち額と額を当てた。
「ブッ、ブーディカどうしたんだ?」
美少女とおでこコッツンなど経験したことに無い俺は思わず声が裏返った。
だが、ブーディカはそんな事は気にせず真面目に答えた。
「フフッ、私もとうとう弟子持ちかってね、そう思っただけ」
安堵からか、ブーディカはフーッと息を吐くと、閉じていた目をパッと見開き告げた。
「ネーロ、貴方は師の言葉を守る事を誓いますか?」
「ああ、誓う」
「それなら今日から貴方は私の弟子、貴方に害が及ぶ時、私は貴方を守る」
それに続く言葉が自然と出た。
「ブーディカに害が及ぶ時は俺は君を守る」
こうして俺は魔法使いになった。