3-2 不機嫌と食堂エレナ
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ネーロはブーディカの魔法により、家の床板をぶち抜いて落下すると、イノシシの臓物まみれに成ってしまった。
いくら新鮮な内に冷凍したと言っても血生臭さと野生動物特有の獣臭さは普通の手段では取れそうになかったが、ブーディカの汚れだけを焼き取る炎の魔法のおかげで、何とか成った。
だが、プスプスと煙を骸骨の身体から出した俺は、不機嫌に成っていた。
3−2
人々が穏やかな昼の日の光を浴び、思い思いに談笑を楽しむ、階級不問の食堂エレナ。
美人な看板娘と夫婦で営む食堂は大衆食堂であったが、その味を求めて貴族もお忍びで来る名店だ。
ちらほら見える庶民の服にしては汚れが無い格好が隠せない貴族性を見え隠れさせる。
だが、一度お茶を出されて店の料理を食べればそこに身分は関係なかった。
そんな食堂に二人で対面する形で座る男女が一組。
何か不機嫌な男性とそれをなだめる女性、女性は綺麗な金髪がその細い金糸のようにキラキラと輝き、そこらの貴族顔負けだ。
それに紫を基調した服は何処か高貴な身分を思わせた、ベールで顔を隠しているが多分美人だろう、その様な美人が目の前にいても不機嫌が直らない、あの男は度量が低いのだろうか?。
だが、男の方も美形だ、黒く艷やかなで豊かな髪に、まつげが長く、翡翠色の瞳は流し目をすれば女性は必ず振り向きざる得ないだろう。
紫のローブを羽織、黒いアームカバーを装備した、出で立ちは貴族学校にいても可笑しくは無い。
そんな特殊な二人組みに興味が尽きないが注文が入った、後で愛娘に聞いてみよう。
そんな風に思った店主だった。
「ね~、もう機嫌直してくれても良いんじゃない、元は言えば貴方が変な事を言うからでしょう」
ブーディカは外向きの格好をしていた。
普段よりも色鮮やかな紫のドレスに、いつも付けているガンタレットは外して綺麗な刺繍が施されたアームカバーを付けていた、足はブーツではなくハイヒールだ。
「へ~そう、確かに変な事言ったのは悪かったけどな、何もイノシシの臓物の上に落とす事はないだろう」
俺は普段ならまず不機嫌は持続しない、それが俺の美点の一つなのだが、さすがにイノシシの臓物だらけになったらこれくらい持続する。
ブーディカも流石にそこまでする気は無かった不慮の事故なのだが、謝るブーディカを見て不機嫌の裏に少し困らせたい衝動が湧いたのは無きしもあらずだった。
「ここの料理は美味しいのよ、そうだ、好きなの頼んで良いから」
ブーディカは少し困った笑顔で場を明るくしようとしている。
それが何とも嗜虐心を誘う。
女性が俺の機嫌を取ろうとするなんて前の世界では考えられない事だ。
奴隷と主の立場なのに何故、そこまで気を使ってくれるのか分からなかったが、ブーディカがもし困り果てて何かを懇願する事態が来たらこれよりももっと違う表情を見せるのだろうか?
などと本人を前にして不謹慎ながら思った。
まだ、この熱く暗い情動に見を任せたい気もするが、身体は骸骨なのに腹も減って来ている、いつまでも顎に手をやっってそっぽを向いている訳にもいかない。
「ああ、それじゃあ、好きなの頼んで良いのか?」
食堂から立ち込める美味しそうな料理の香りに少しばかり譲歩するとペースを急に変えずにゆっくりと口を開き、ブーディカをチラッとだけ見た。
「ええ、もちろんよ」
ブーディカは笑顔を見せて答えた。
そこまでされてふと考えた。
良く考えてみれば不思議だ。奴隷契約をしているのだから俺の意思を操っても良いはずだ。
一言機嫌を直せてと命令されたら多分直してしまうのではないだろうか?。
だが、ブーディカはそれをしない。
骸骨の身体に魂を定着させて、人を生き返らせる程の力を持っているのにも関わらずにだ。
それは趣味じゃないから?それともこちらの感情を揺れ動きを楽しんでいる?
生き返らせたのは始めてだったとしたらテストしているのかもしれない。
どこまで人間的な感情を保てるのか、というテストだ。
それならば奴隷の機嫌を取ったり外出に連れてったり気を使うのは理解できる。
もちろん純粋な好意という事も考えられなくはないが、昨日今日知り合っただけの人間にそこまでするだろうか?
まぁ~特殊な関係なのは確かだが、それだけだと動機として弱いよな・・。
そこまで考えて、蘇生されて奴隷契約を結んだ時の事を思い出した。
俺はブーディカに全てを捧げると蘇生された時に宣言した、もしもその全てが上機嫌も不機嫌も快適も不快も、美味しい飯も不味い飯も含めた文字通りの俺の全てが対象だとしたら、矛盾はしていないのか?
それならば俺は今、ブーディカに不機嫌を捧げている最中なのかもな。
そう考えるとイノシシの臓物まみれに成った事も捧げ物の一つに思えた、そこまで考えると腹を立てているのが馬鹿らしくなった。
「本当に何でも頼んで良いのか?」
ネーロは正面に向き直してブーディカをチラッと見た。
「ええ、貴方にも美味しい料理を堪能する権利が有るわ、それに私は奴隷に残飯をあげる趣味は無いの」
「そうか・・」
試験と捧げ物、その2つかもしれないが、今追求する類の物ではない。
それに美味しい料理を食べたら不機嫌なんか持続できる自信がない。
ならば、いきなり明るくならずに美味しい料理を食べたので機嫌が直った、そんな体裁を装う事にした。
方針を決めると、メニューを手にとって広げた。
メニューには様々な料理が見知らぬ文字で書かれていたがブーディカが事前に文字を読めるように魔法を掛けてくれたので読めた。
ブーディカが言うにはこれは秘術と呼んで差し支えない魔法だから他に絶対バラしては駄目なのだそうだ。
ま~確かに、簡単に字が読めたらこの時代の教会の権威とか無くなっちまうもんな・・・。
中世ヨーロッパ的な時代と近代の狭間の世界だ、字が読めるのは商売人に学徒、貴族だろう。
農民や一般の人は喋り言葉で何とか生活しているのが現状だ。
まっ、そんな現状は置いといて料理を選ぶか。
「え~なになに、昼食は..」
ハムとチーズのサンドイッチ、ほうれん草とキノコのクリームパスタ、カボチャのスープにハムのベリーソース仕立て、パンのスープ、羊のラム肉果実ソースなど結構色々あった。
「ほうれん草とキノコのクリームパスタとラム肉の果実ソース仕立てを頼もうかな」
わざと声に出してチラリとブーディカを見る。
この世界の物価は分からん、ハイパーインフレになってはいないようだが、どれくらい懐に響くのか、様子を見る意味もあった。
「それで良いの?、なら私はカボチャのスープに生ハム、ラム肉の果実ソースにタルトかな」
結構色々頼んでいる、もしかして頼ますぎか?、疑問に思ったがここで更に頼むのは気が引けた。
あのイノシシが色々な薬になると言ってもそれはブーディカが扱えばなるのであって俺に出来るのは精々焼き肉にしたり、皮をなめして何とかそれっぽくするくらいだろう、それを考えればブーディカの財布を考慮するのは当然だ。
あの品数だって俺の注文を見てから決めた訳だし、ここで、あっやっぱり僕もデザート欲しいなんて言うと何だか子供っぽいし私の財布も考えろとお叱りを受けそうだ。
それにスパゲティがどれくらいの量かも分からない、異世界は量も異世界かもしれない。
ならデザートを残すような真似はしないほうが良い。
「じゃあこれでいいのね、給仕さん注文を」
呼びかけられ給仕服を着た女性が振り返って答えた。
「はい、注文ですね」
ブーディカは慣れた様子で注文した。
さて、注文も済んだし料理が来るまでの間をどうもたせるか、そこに問題は移った。
話すことも特に無いんだよな・・・、魔法の話は外では出来んし、そう思っていたらブーディカがチョイチョイと指で耳を貸せと合図した。
耳を近づけるとその柔らかな唇から吐息が漏れながら呪文を唱えた。
「二人は一つ一つ、2つ間に何を挟むことあろうか」
「その呪文は何なんだ?」
「フフッ、念じてみて言葉に出さずに会話できるから」
ブーディカの唇は動いていない、もう魔法は発動しているようだ。
「うん?、こうか」
「ブーディカ様の好きな料理は何ですか?」
「念じて喋ると何だか幼いな・・・」
「フフッ、それも私に届いているのよ」
「ああ、本当だ、しかし何で今、この魔法を?」
「貴方が会話しづらそうにしてるからじゃない」
ブーディカは指を組むと静かに見つめた。
「ああ、なるほど、配慮してくれたのか、ありがとう」
念話だが、何となく軽く頭を下げる。
「どういたしまして、でもこれは中々面白い魔法でしょう」
「ああ、念じれば喋れるなんて凄いな」
「ええ、こうやって秘密の会話が出来る、貴方にまず覚えて欲しい魔法の一つよ」
「俺が魔法を覚えるのか?」
「ええ、貴方を弟子にしたいの」
突然の提案に目を見開いた。
「なぜ俺を弟子に?」
「フフッ、貴方は生き物がなぜ物になるのか?、そして自分は何故、物ではないのか?そういう疑問を持てる考え方をしている、それは魔法使いには不可欠なものなのよ」
「考え方が?」
「ええ、魔法使いはね、何故と疑問に思う姿勢が大事なの、それに魔法は神の作り給うた仕組みを利用して改ざんする所から始まる」
「水は落ちる物なのに浮かばせたり、火を生じさせたり、本来の手順を飛ばしたり、この世の万象に介入可能なのだと思えないと不可能なのよ」
「なるほど、でも俺は貴方の奴隷です、奴隷を弟子にするなんて変わってないですか?」
「フフッ、ま~確かに変わっているかもね、でもそれは問題じゃない、奴隷を便利にすることは私の利益になるしね」
「なるほど、確かに、それで俺に弟子になれと」
「ええ、良い提案だと思うけど」
ブーディカは俺をただの奴隷以上に考えてくれているのか?、それとも便利にしたいだけか?、だけど秘術の一つでこの世界の文字が読めるようにしてくれて、今、魔法使いの弟子にしようとしてくれている。
こんな風に誰かに必要とされるのはいつ以来だろうか・・・。
それに目の前にいるのは美少女だ、金糸を思わせる流れるような髪に翡翠色の瞳はどこまでも人を惹き付ける。
そんな美少女に傅くだけでも幸せを感じていたのに、弟子にまでしてくれるという。俺はこの美少女にとって今日のパンでも明日のパンでもない、食べた日を忘れて生きていける存在では無いのかもしれない。
そう考えると何だか顔がニヤけてくる。
フフッと笑っていると両手にトレーを持ち、その上に料理を満載した給仕が歩いて来た。
「前、よろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
「ほうれん草のスパゲティとラム肉の果実ソースです」
目の前のテーブルに置かれたスパゲティはしっかりとほうれん草が練り込まれ緑色だ、それにもう一種類のパスタはトマトだと思われる物が練り込まれ、緑と赤のコントラストが美しかった、それに掛けられたクリームソースとキノコが、二種類の色を際立たせた。
ラム肉は赤と青に輝く二種のソースが光り、肉は肉汁がまだ押してもいないのにゆっくりと流れていて、予想外に美味しそうだった。
これが大衆食堂?、疑問に思ったがそんなのは後だ。
「カボチャのスープと生ハム、ラム肉の果実ソース仕立てです」
カボチャのスープは綺麗な色に緑のパセリが彩りを添え、クルトンも乗っている、懐かしさを感じるスープだ、それに生ハムはしっかりと薄く切られ、皿が透けて見える。
「美味そうだなそれも」
「フフッ、今度頼んでみなさいよ」
ブーディカはそう言って笑った、何気ない日常を疑わない様な口調だった。
ブーディカは俺との生活には続きが有るのだと告げてくれている気がして、正直嬉しくなった。
「それじゃあ頂きます」
「ええ、頂きましょう」
ブーディカは両手を合わせ祈りを捧げた、俺も真似をして祈りを捧げる。
この異世界での振る舞いはまだ色々分からい事だらけなので真似て覚えるしかない。
そんな風に考えながら暫くこの日常が続くようにと少しだけ気持ちを込めて子供の時以来の祈りを神に捧げた。
祈りを終えてスパゲティをフォークでクルクルと回して食べると、ほうれん草の甘み、トマトの甘み、クリームソースに使われた乳製品の甘み、其々が何とも言えない味を出して、その旨味を何倍にも膨らませていた。
うっ美味い・・・、スパゲティでこれならラム肉は..、ナイフを取り、ラム肉を切ると何の抵抗も無く切れた、二種類のソースの内、赤いクランベリーソースを付けると肉の旨味とソースの甘みが調和し高め、何とも言えない味になった。
「これは美味しい」
「フフッ、そうでしょう、今一番人気の店だもの」
「よく入れたよな、俺達」
「ええ、ま~そこは魔法使いの特権というかなんと言うか..」
どうやらズルをしたらしい。
「何だ、どうやったんだ?」
「それはま~言っても良いんだけど..、弟子になるなら教えてあげる」
ブーディカは悪い笑みを浮かべてスープを飲む。
「フッ、分かった考えておくよ」
そうして、その日の昼は料理を堪能して終わった。