2-2話 物と命
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2−2
・・・・・・、何か、くすぐったいような、息がしづらいような感覚があった、何だ?不思議だったが意識はまだボンヤリしている。
指で撫でられているような不思議な感覚、不快な感覚では無かったのでそのままにしていると鼻骨の穴に何かを入れられた。
流石に驚き、飛び起きるとそこにはブーディカが立っていた。
「随分気持ち良さそうに寝ていたわね、鼻を塞いであげようかと思ったけど、私の指じゃあ鼻骨の穴全部は埋まらなかったわ」。
ブーディカは少し怒っているような口調で言う。
「何だ、どれくらい寝てた?」
鼻の違和感そっちのけでブーディカが不機嫌な理由を探した、窓を見るともう日が暮れ、僅かな街灯の明かりが磨りガラス越しに見えるだけだった。
「そんなに寝てたか..」
1人で納得しているとブーディカが震えだした、何だ怒りの余り震えているのか?!俺がソファーで寝ていた事がそんなに怒る事か?
だが、次の瞬間にブーディカが見せた反応はそんな恐れを抱いた俺の予想とは全く違う反応だった。
「フフッフフフッ、アハハッ、貴方自分の鼻がどうなってるか気づかないの?、それとも気づいていて道化けているの、ププッハハハッ」
ブーディカが笑いを堪えながら丸テーブルにしがみつく、そんなに笑われる状態って..。
何がどうなっているのか気になり洗面所の鏡で確認してみると、ああ、なるほど確かにこれは笑う。
様々な花が鼻に活けられリボンまで付いている、それに何処からか持ってきたメガネも掛けられていた。
それでウロウロとするもんだから、なおさら笑えたのだろう。
鼻の辺りがムズムズすると思ったら、これが原因か、クルッとブーディカ方へ振り返えるとスタスタと歩いて近付いた。
ブーディカもイタズラに怒ったのかと身構えた、だが、俺はそんなに度量の低い男ではない。
良いだろう、笑いという娯楽が欲しかったのなら乗ってやる、ブーディカの前まで立つとジッと見る。
身構えているブーディカも何も言わないもんだから、様子を伺うように見上げる。
この距離なら当たらないな。
「フンッ!!」
鼻息で花が吹き飛び四方に飛んだ、花ビラがゆっくりと宙に舞う、それは白い骸骨と色とりどりの花のコラボレーション。
「ブハハッハッ、シッ、シュール、シュール過ぎるわ、それ、反則よ..」
笑いの余りに腹を抱えて丸テーブルに掴まったまま膝をついた。
「フフッ、俺を笑いものにするなら、自分の腹筋が死ぬのを覚悟してからするんだな」
散らずに形を留めた花束を持ち、まるで二本の角の様に持ち、その場でタンゴを踊った。
その余りの奇行にもう何が起きても笑う状態になった、ブーディカは更に腹をよじりさせた。
「ククッアハハハ、ごめん、ヒッヒッこれ以上笑うと..、本当に痛めそうだから・・・」
笑いの余りに顔を紅潮させ、膝を付いているその姿が俺の嗜虐心を刺激した。
これでトドメだ、頭に付けていた花を束ね、股間の前に取り付け、「オ〜チンチン」などと外国人のイントネーションで言った。
ブーディカは腰をフリフリする骸骨を見て、完全に吹き出した。
「アハハッハッ」
もはや立っている事も困難になり床を転がる。
流石にこれ以上やるとヤバそうだな、その笑いっぷりに満足し、そっと花をテーブルに置いた。
ヒーヒー言いながら転がるブーディカを見て、これがあの冷酷で気品溢れる少女と同じとは思えなかった。
だが、紛れもなく同じ少女だ、それに初めての出会いの時も笑いの沸点は低かった気がする、普段澄ましている分、反動で笑いたい時が有るのかもしれないな。
何だか大人な客観視点で見ているとブーディカも笑い転げて震えていたのも収まってきた。
「フフフッ、まさかここまで笑わせれるなんて思わなかったわ」
ゆらりと立ち上がり、乱れてしまった髪と衣服を整えた。
「フ〜、でも久しぶりこんなに笑ったの..」
笑いすぎて腫れた目を軽く指で拭いて、フ〜ッと息を吐くと気持ちを落ち着かせて椅子に座った。
「喜んでくれたなら良いんだが、でも、俺に用があったから起こしに来たんじゃないのか?」
「ええ、そうよ」
まだ、若干笑っているが何とか喋ろうとしている、その姿が悪戯心の最後のひと押しをさせた。
「オッハ~ッチン」
指を股間に当て、ピンっと立てるとブーディカは吹き出した、だが、何とか踏みとどまり命令した。
「ひれ伏しなさい!!」
「ブベッx!?」
その余りの命令の強さに身体の反応というよりも巨人に叩かれたかの様な衝撃で地面にめり込んだ。
「グハッ」
俺のHPが半分に減った、そう思える一撃だ。
「フーフーフーッ、もう笑わせるのは禁止..よ..」
「グフッ..了解・・・」
ブーディカは顔を真っ赤にさせ、笑いすぎの酸欠のせいかフラフラしてる、後少しで倒せそうであるのだが、命令のせいで指一本動かせない。
笑い倒すのは今度までお預けだな。
別に笑い倒す必要も無いのだが、反応の面白さでいけるのではと思わせた。
「フーフーッ、良い、もう笑わせるのは禁止」
大事な事なので2回言いましたか・・。
「本題が有るのよ..」
まだ息を整えながら喋っている、本当に惜しい所だった。
「今、何時だと思う?」
9時過ぎてんじゃないのか?、と思ったが言える状況ではない。
「ああ、喋れないの..」
それほど地面に叩きつけられていた。
「ええっと笑わせないでね..」
中々の凄みで言う、手をパタパタさせ返事をした。
「フーッ、じゃあ解除してあげる」
息を整え終え命令した。
「立ってよし」
その言葉で巨人に叩きつけられた様な重さが無くなり、身体が嘘みたいに軽くなった。
俺は腕を軽く揉みながら起き上がった。
「それで俺を起こして何か用か?」
「ええ、今から外に出るわよ」
「えっもう9時過ぎてるだろ、城門は午後6時までしか開いてないはずだけど?」
「そんなの最初どうやって入ったか忘れたの?」
「ああ、そう言えばそうだな」
城門には検問の為の兵士が常に複数人いる、幾ら城塞が丈夫でも内から壊されたら意味がない。そのため、身体検査も受けるのだが骸骨の俺は受けたら大変な事になるのは目に見えていた。
どうやって入るのかと思っていたら真夜中の0時過ぎに魔法によって城壁の一部を綺麗にくり抜いてそこから街へと入った、もちろん、穴は後で塞いだが..。
「あの方法で出るのか?」
「ええ、そうよ、何か不満?」
「いや、不満は無いんだがあの方法ってブーディカ様以外も使えるのかなって」
「ああ、使えたら確かに城壁なんて意味を成さないわね、でも安心して多分だけどあれ程の厚さの石を綺麗に切り抜くなんて私にしか出来ないから」
「そうなのか?そう聞くとやっぱり凄いんだなブーディカ様は..」
「ええ、凄いのよ、だから下僕になれるだけ有り難く思いなさい」
自信満々に言う、その姿が様になるのだから敵わない。
「それで外に出て何をするんだ?」
「ああ、それはね、私の本職と関係有るのよ」
「本職って、魔法使いじゃないのか?」
「それは本質であって本職じゃあないわ魔法使いで収入を稼いでる訳じゃないから」
「うん?、魔法使いって仕事は無いのか?」
RPGゲームやファンタジーに有るまじき設定ではないか、魔法使いが職業じゃ無いのなら勇者はただの窃盗ボランティア、剣士は猟師、就職しているのは修道士だけになってしまう。
「貴方は自分の主人がそこらの魔法使いとは一線を画す存在だと分かってないみたいね、それに魔法使いなんて隠れて生きよの代名詞よ」
常識を知らない可哀想な人と言わんばかりに呆れてため息を吐きながら言った。
「そうなのか?」
「ええ、私達が倒した黒装束の集団も如何にも裏社会の人達って感じだったでしょう」
「ああ、ま~確かに、でも、そうだな街を何となく見た感想では魔道具屋とか魔法取扱とかそういう類の看板は無かったな」
「それは当然よ、魔法使いは神の作り給うた世界の秩序を解明し干渉し都合よく捻じ曲げる、それが本当の魔法使い、ここは商業の街で現世主義だから私も自由に動けるけど、宗教色の強い都市ではこんな格好で歩いたら見抜かれるわ」
「なるほどな、それが魔法使いって職業が無い理由か?」
「ま~そんな所ね」
「それじゃあ、ブーディカ様の本職って何です?」
「フフッ、それは外に出たら説明してあげる」
「気になる所で秘密にしますね、勿体ぶらなくても良さそうなのに」
「フフッ、私は勿体ぶるのが好きなの、それに興味が維持されたほうが動機にもなるでしょう」
「ま~、それは確かに」
「そういう事、それじゃあ、行きましょう」
「ハイ」
俺は早く知りたかったが話す気が無いのなら仕方ない、ブーディカと共に外に出る事にした。
夜間の街は驚く程静かだった、皆ランプに使う燃料代を気にして早々と寝てしまう、それでも人目を気にしながら身を屈め移動した。
西側の城壁に着くとブーディカは静かに呪文を唱えた。
「石よ我が理に従い、主の命を聞け、上がれと言えば上がり、下がれと言えば下がれ、石工は家に帰る」
呪文を唱え終えると石が薄く青く光り、僅かに擦れる音だけを出し、人が屈めば通れる穴を綺麗に開けた。
「さーっ、行きましょう」
二度目だったが俺は本当に凄い魔法使いの下僕になったのかもしれないとその時思った。
くぐった後、同じ様に呪文を唱えると石が動き綺麗に塞いだ、傍目からは何も無かったかのように見える。
草を踏み、外に出た実感が湧いた。
「しかし、凄いなあれだけの厚みの石を切ってしまうなんて」
「まーね」
口調は素っ気ないが鼻高々だ。
「それでブーディカ様の本職の仕事は何です?」
「見れば分かるんだけどま~いいわ、仕事は薬屋さんよ」
「薬屋?」
「ええ、魔法で調剤しているのよ、ま〜熱冷ましとか栄養剤、裏通りの売春宿御用達の避妊剤とかそんなのを作っているわね、それと薬草の販売とかもね」
売春宿・・・、そんなのが有るのか、もし骸骨じゃなければ一度は死んだ身、金を握りしめて駆け込んだかもしれないな・・・、そんな虚しい想像をしたが表に出さないようにスルーして当たり障りのない質問をする。
「薬草の販売?それって薬屋なら自分で取るんじゃないのか?」
「ああ、そこはほら、私は強いから普通の人が取りに行けない場所にある薬草だったり、希少性の高い物を取ってくるのよ」
「へ~っ、結構しっかり商売してるんだな」
「ええ、こう見えてしっかり稼いでいるのよ」
エッヘンと胸を張るとその豊満な双子山が揺れた。
おう、凄いな・・・。
そんな感想持っても平然と見ていない様に会話を繋げる。
「それで今からやることは薬草取りって事か」
「ま~それも有るけど、薬草だけが薬じゃないでしょう」
「うん?、そうなのか」
「ええ、だから貴方の性能を見るのに良いんじゃない」
ニマ~と笑い如何にも何か企んでいますと言いたげな表情、嫌な予感がする・・・。
「ま~、現地で説明するから貴方でも分かるわ」
「ああ、了解」
渋々と付いて行くしかなかった。
街の外縁から随分と歩き、森へと入っていった、森は鬱蒼としていたが木の実などが結構あり食べ物が豊富に思えた。
「しかし、街の近くにこんな森が有るんだな」
「ま~燃料になる薪とかも管理されているから森林は近いほうが助かるのよ」
「へ~そうなのか」
「へ~って随分と世間知らずな世界から転生したのね」
呆れて何も言えないといった表情だ。
ま~そうかもな、日本で言えば石油は中東から9割輸入してますって知らないようなもんか、それで社会人だったら確かに呆れられる。
しかし、随分と計画的な都市設計だ、燃料源の森林資源を近くに持っているなんて..。
「それなら水は何処から来るんだ?」
「水?ああ、それは貯水湖が有るのよ、そこから水道を引いて持ってきてるわ」
水道か、料理している時に上下水が整備されているのに分かっていたが、なるほどダム湖か、思ったよりも文明度が高いのかもしれないな。
「さーっそんな事よりも本題よ」
ブーディカは話題を終わらせ仕事の話をしだした。
「私が今回貴方の性能を見るって言ったのは他でもない、コイツを倒して欲しいからだ」
ドン!!と何処からか取り出した巻物を開くとそこにはイノシシと言うには余りに大きい獣の姿があった。
そいつはイノシシの頭と身体、尻尾が蛇で爪には毒マークが書かれ如何にも相手にしたらマズそうな奴である。
それと何故か軍曹風だ。
「おい、これを相手にするのか!?」
「ええ、そうよ、いつもは私1人で倒しているんだから貴方も出来て当然だと思うの」
いい笑顔で言いやがる。
「どうやってこんなの倒せるんだ?」
「それはほら、ファイヤーボールで焼き殺したりして倒しているのよ、でもそれだと、薬に使えるが胆嚢とか、内臓系だけになっちゃうのよ、せっかく色々な部位が薬になったり服になったり、食材になるのに勿体無いでしょう?、だから貴方がこの剣で倒してくれるとイノシシも感謝すると思うの..」
ブーディカはネーロの両手に剣を無理やり握らせる。
拒もうとしたが、美少女にググッと握られるのも悪くなく、何となく根負けした。
手渡された剣を見ると確かに切れそうだがこれで倒せるのか怪しかった。
巻物の図に書かれている人との対比表では背丈が立っている人間よりも高い、俺の身長が178センチだから図を見る限り二メートルを越えている、まるで世界最大のトドみたいだ、これが陸上を素早く動く上に毒があるだなんて冗談じゃない!。
出来れば速やかに辞退させていただき、さっさと街に戻りたかったがブーディカが戻すはずもない。
「ブーディカ様、この剣は確かに切れそうですが、出来れば槍とか無いんでしょうか?」
顔をひくひくさせながら質問すると。
「槍?そんな物は無いわ、それに普段は私1人で倒しているんだから、貴方でも出来るわよ」
ぐぬぬぬっお前はファイヤーボールで倒しているんだろうが、例えるならカイリキーにサイコキネシスだろう、それなら勝てるわ、そう思い切って言ってやりたかったが、そんな勇気も無く、言葉を飲み込んだ。
ブーディカはこちらの不満を察したのか少し笑い言った。
「フフッそうね、貴方にはメリットが無いものね・・・、そうね下僕とはいえ小遣い位出してあげなくもないわ」
「小遣い?」
その魅力的な言葉にピクッと身体は反応したがすぐに思い直した、小遣いを貰った所でこの骸骨の姿では遊びになど行けない。
ため息をついているとブーディカは近寄りこちらを顎を触った、指を頬骨の裏に入れ撫でだした。
「う、ううあっ」
急に力が抜ける、膝が揺れ、屈する形になった。
「私、猫飼ってたの昔ね・・・」
猫?、何だいきなり。
「その子は気まぐれでいつも何処か行っちゃうんだけど、必ず家に帰ってきたわ」
何だ話が見えない。
ううっ、スリスリと撫でられると顎が緩んでくる、骸骨なのに弛緩し始めだらしない表情になる。
「どうしてだと思う?」
「餌をあげたからだろう?」
何とか答えるがブーディカは首を横に振った。
「フフッ違うわ、あの子は他の人にも可愛がられてご飯には困らなかったもの」
「なら、何だ..?」
「フフッそれはね私に撫でられるのが気持ち良かったのよ、すっかり蕩けちゃうんだから」。
「ううっ、まさか?!」
「フフッ貴方もすぐに気持ちよくなるわ」
すでに何だかいい気分になって来ていた、うわああ、だらーんと顎が垂れる、ああ、駄目だ気持ちいい、ゆっくり目が微睡み掛けた次の瞬間、撫でるのが止んだ。
「えっ?」
突然止められて、自分でも間抜けな声を出したと思う。
だけど、それだけ気持ち良かったのだ。
「フフッ続きをして欲しかったら倒してくるのね、ネーロ」
名前を快楽と共に告げられ、頭が沸騰しそうになる。
「ああ、分かったよ、倒せば良いだろう..」
「ええ」
ブーディカは微笑むとイノシシの場所を告げた。
「あの怪物は夜、森の湖で良く身体を洗うの、だからまず湖を目指して、湖はここから西に1キロ程歩いた所にあるから」
「ああ、分かった」
マッサージが余りに気持ち良かったのでもう一度触ってほしいという願望が返事をさせた、骸骨の姿でも快楽を味わえる、その事が物への執着心を呼び起こした。
それから歩き続け、ブーディカが言っていた湖までたどり着いた。
広々とした湖で水質は透き通る様に綺麗だった、月明かりが反射し、まるで妖精の湖だ。
だが、狙いは妖精ではなくイノシシ、それも世界最大のトドレベルの大きさのイノシシだ。
何の策も無く正面から突っ込めば骨がバラバラになるのが落ちだろう。
なので、木に登り様子を伺う事にした、イノシシはまだ来ていないようだから好都合だ。
木に登ると湖全体が見え、その広々とした湖が貯水池に使われないのが不思議だった。
フ~ン、何か有るのかもな、注意をするに越したことはない、どれくらい待つだろうか、湖で身体を洗うらしいが・・・。
息を潜め待つこと50分程経っただろうか、ガサゴソと動く巨大な生き物が湖の右手側から現れた。フフッ、人間の匂いがしないのはこういう時は助かるみたいだな。
イノシシは犬よりも鼻が効くことがある、もし、人間なら警戒され現れなかったろう、だが今の俺は骸骨だ、匂いは皆無だろう。
奥から現れたのはブーディカが巻物で示した巨大なイノシシ、尻尾の蛇が舌を出し警戒している。
あれで毒も有るんだから堪らね~な。
鼻をブヒブヒと動かし自分以外はまだ来ていない事を確かめている、その巨大な身体は筋肉の固まりに思えた。
あれをこの剣でね、倒せるか?..、剣の刃渡りは60センチ程だ、普通に切りかかっても、あの分厚い脂肪に僅かな傷をつけるだけだろう。
そうすると刺すしか無いがあの身体をまともに刺せる体勢なんて背中に乗るくらいしないと不可能そうだ。
あれの背中ね・・・、ジャンプで飛び乗るのは不可能だろう、二メートル程あるし、飛び乗ろうと近寄った時点で尻尾の蛇が警戒しだすだろう。
そうすると側面から何とか近づくしかないのか、取り敢えず降りて草かげに隠れるしか無いな。
音を立てずに静かに木から降りるのは至難だったが何とか出来た。
どうも骸骨になってから身軽になっているようだ、それに羽織っている黒いローブが草木に触れて音を立てそうだったが何故か音はしなかった。
ブーディカが何か魔法を掛けてくれていたようで、周囲の雑音を消す魔法ならこれ程狩りに向いている魔法もない。
木々が動いても音がしないせいでイノシシは水浴びに夢中だ、遠目からはそれ程汚れていない様に見えたが、洗っている所を見ると結構きれい好きのようだ。
豚はきれい好きね、異世界でも通じるとは思わなかったな、そんな事を思いながら草かげに紛れて近づく。
音を出さないおかげで2メートルの所まで近づけた、だが、そこから先は草は無く、岸辺が続いていた。
これはもう殺るしかないか・・・、二メートル、近いような遠いような、ライオンならば確殺の距離だろうが俺の足では分からない、それにあの巨体だ、牙も長くイノシシの頭頂部まで届こうかという長さだ、魔法も使えない俺が倒せるのか?、不安に駆られるがやらざる得ない、一度死んでんだ覚悟を決めろ・・・。
肝が据わると後は一瞬だった、渡された剣を抜くと銀色に鈍く輝く刀身に白い一条の光りが煌めく。
「うぉぉぉおおお!!」
イノシシの脇腹を目掛け、渾身の力を両手に込めて脇腹を刺した、無警戒のイノシシは何が起きたか分かる前に刺され、脇腹からは血が滴り落ちた。
どうだ・・・?刃渡り60センチの剣が半分ほど刺さっていた、人間なら絶命している、だが、相手は背丈2メートルを越え全長4メートル長だ、30センチでは急所に当たらければ死なないだろう。
その考えは合っていた、イノシシは痛みの余りに暴れ、その力の凄まじさに身体が宙に浮かんだ、もし絶命の一撃ならこんな余力は無いはずだ。
「うっおおっく!?」
身体が空中へと浮かび、右に左に振られて
振り落とされそうになるが、剣を手放してなるものかと右手に力を入れた。
身体が地面とイノシシに交互に叩きつけられても握り続けた。
イノシシの暴れぶりの凄まじさで剣が刺し傷を広げたのかズルリと抜けてしまったが、空中に投げ出されながらも、何とか体勢を整え着地した。
「フ~っ危ねぇ~」
だが、イノシシは自分に傷を追わせた不届き者を遂にその視界に収めた、怒りを完全な力に変え、こちらを粉砕するべく足を鳴らす。
「へへへっ、怒ってんな~そりゃあそうか、自分の命を取ろうとする輩を許すなんてどっかのロン毛神くらいしか出来ないもんな・・・」
イノシシの爪が紫に変わりだした、あれが毒か、もし本当なら人間では倒せないだろうな、だが今の俺は骨しか無い、心臓も血管も脳も無い、毒が融血すべき物が存在しない、空の身体・・・。
イノシシと目が合うと何故か笑った、その意志の凄まじさに何故か笑ったのだ。
あ~そうか、人間余りに凄いもの出会うと自分を笑うのか..、自分の小ささを理解した、だが、勝てない訳じゃない。
イノシシは正面から突っ込む気だ、剣を構え、狙うは眼窩から続く頭底、イノシシの頭蓋骨は傾斜が激しい、剣を突き刺そうとすれば滑るのは間違いない、目を刺すしか無いのだ。
だが、あの大きさだ、刃渡り60センチの剣では切っ先が届くかどうか・・・、そんな逡巡もすぐに意味が無くなった、まるで森が泣いているかのように木々が揺れるほど地響きを立てながら、イノシシは全力の力を込めて突っ込んできた。
殺るしか無い、剣を平正眼に構え眼球を狙う、怒りの余りに血走るその目が俺を映していた、まるで鏡に映る自分を刺すようなそんな気持ちが一瞬走った。
「うぉぉおぉおおお」
雄叫びを上げて、気持ちを振り切る様に全ての力を込め踏み込んだ。
「グッフハッ..」
次の瞬間、俺は叫びも出ないほどの一撃を浴びて、空中に跳ね上げられた、3メートル程飛び地面へと叩きつけられて余りの衝撃に視界が明滅した。
「クッ・・・、まさか、おんなじ思いをするなんてな・・・」
異世界に来るキッカケになった事故を思い出したが混乱はしなかった。
左手を見ると綺麗に折れ切れて前腕の途中から無くなっていた、右手は手首が無い、胸骨は割れ飛び、肋は2,3本無くなっていた、後頭部は陥没か・・・。
もしこれが人間なら助からないだろう、だが今はブーディカの下僕、ネーロだ、折れて無くなっても何とか立ち上がりイノシシを見る。
剣は深々とイノシシの目に刺さっていた。
「これで死んでくれなきゃ俺が散骨されちまうな..」
息を飲み、見ているとイノシシはその巨体を揺らしながら残った右目でこちらを見る、目が合うと何か言いたかったのか、最後の雄叫びを上げて倒れた。
「ハハハッ・・・ハ~、何とか倒せたか~」
心底安堵したのかその場でへたり込んで、ハ~っと何度もため息が出る。
いや~生きてるってのは素晴らしいな、殺したイノシシを見て自分が生きていると実感した。
肉が付き脳も心臓も有る、だが何かが抜けたそれは物になった、その境目は今の俺には分からなかったが何かが決定的変わったのは分かった。
「生き物から物ってのは不思議だな・・・」
「へ~っそういう事が言えるなら貴方は魔法の才能があるかもね」
木の上からパチパチと拍手をしながら、ブーディカが見下ろしていた。
「でも、もう少し用心深くなることね」
そう言うとファイヤーボール撃ち出した、ファイヤーボールは俺の足元のすぐ近くに着弾し、忍び寄っていた蛇を燃やした。
「あのイノシシは絶命しても尾の蛇は生きているわ、それが狩人を道連れにする最後の罠よ」
「ああ、肝に銘じるよ」
蛇が足元でのたうち回りながら消し炭となっていった。
「でも、それ以外は本当に良くやったわ、目から小脳を破壊するなんて中々出来る事じゃないわ」
「俺も何故出来たか分からない、もう一度やれと言われても無理かもな」
「フ~ン、そう」
ブーディカは木から飛び降りてイノシシにツカツカと近寄った。
「この殺し方なら色々な部位がかなり無事ね、出来れば今度からこうやって仕留めて欲しいけど・・・」その言葉を聞いて完全に死んだ目をなったネーロを見て、それ以上言う気は失せた。
「ま~、もう少し安全なやり方を見つけるのも大事よね」
「ああ、大事だ、それに腕が二本ともイカれた、胸骨も後頭部もだ、もし今、何かに襲われたら終わりだ」
ローブに隠れていてもボロボロなのが分かった。
「そうね確かに..、それじゃあまずその怪我を直さないと」
ブーディカは呪文を唱えた。
「繋げ繋げ精霊の力を借りて、その身の灰を払いたまえ」骨の切断面と折れ飛んだ骨が青い光に包まれ、その光の糸が2つを結んだ。
一つまた一つと折れ飛んだ破片を集まり、元の場所へと収まり治ってゆく、左腕が付き、右手が付き、全ての骨が元通りになった。
「これでどう?変な所は無い」
「ああ、ない」
試しに右手を動かすと今までと変わらずに動いた。
「そう、良かった、ならもう一仕事ね」
「えっ」俺は固まった。
「どういう事だ?倒すだけじゃないのか?」
疑問を口にするとブーディカはえ~っそんな事も分からないのと言わんばかりの呆れ顔をした。
「それじゃあ単なる殺戮でしょう、私達はあのイノシシの胆嚢とか、牙とか、肝臓やお肉が欲しくて殺したのよ、むしろここからが仕事でしょう」
「ああ、そうだった、確かに」
初めての戦いの高揚感がそれ以外を忘れさせたのかもしれない。
「ああ、分かった、でも俺は獣を捌いた事なんて無いぞ」
「ええ、多分そうでしょうね、私が指示をだすから、その通り捌いていみて、微妙な所は私がやるから」
全長4メートル背高2メートルの化物イノシシは確かにブーディカの体型では捌けそうにない、ま~、これが捌ける体型になったら俺なんて必要ないだろうし..。
失礼な想像が浮かび、少し笑った、ああ、そんなブーディカは見たくないな、なら仕方ないのか。
俺は身体が治ったことを確かめる様に少し両手を開いたり閉じたりした後、イノシシの目に刺さった剣を抜き取り、血を振り飛ばした。
割れて物になった眼球が俺を映していた、さっき感じた自身を刺すような感覚はもう無くなっていた。
「フーッ、で、どうやるんだ指示を頼む」
ブーディカは今までに無い笑顔を見せ、指示を出した。
「先ずは血抜きね、血も価値が有るのだけれど今回は捨てましょう、まず頸動脈を切って血抜き、それから肉が熱で痛む前に早く氷水で洗浄して、それから・・・..」
解説と解体は続き、全てが終わる頃には深夜1時頃になっていた。
「これで・・・、全部か・・・」
息が切れ、まるで半死半生の様な疲労感が襲っていた。
あの見事なイノシシは綺麗に解体され、ブーディカが取り出した魔法の袋に其々分けられながら入れられていた。
「フッフフン、良いわね、これは結構お金になるわよ、それに初めてにしては上出来よ、ここまで出来るなんて」
ブーディカは心から感心したといった様子だ。
「ブーディカは自分で出来るのか・・・?」
息を整えながら聞いた。
「ええ、そうね魔法の助けを借りながらだけど、何とか出来るわ」
肉、内蔵、牙、毛皮、不要物に分けられたそれらは魔法の袋に入れられ空中に浮かんでいた。
「ハ~っこれを運べと言われたらどうするかなって思ってたよ」
「フフッそうね、普通のイノシシならこんなに手間取らないものね」
ブーディカはこちらに手をかざし、呪文を唱えた。
「泉の水よ、この者を汚れを払え」
湖の水が渦を巻き血の汚れを洗い流した。
「フフッ、便利だな魔法って、1人ではありえない量を持てるし扱える、あの魔法の袋なんて日本に欲しいくらいだ」
「日本?それが貴方が元いた世界の国の名前?」
「ああ、そうだよ」
「変わった名前ね」
「君達の文化圏からすればそうかもな」
「そこは豊かだったの?」
へばっているせいか質問にも素直に言葉が出る。
「ああ、豊かだったよ、取り敢えず大きな戦争もないし、娯楽も沢山あった」
「へ~そうなの」
「ああ、平和だった、そりゃあ10年ごとぐらいに先行き不透明になるけど、なんとか乗り切れる感じだったよ」
「先行き不透明って未来なんて分からないものじゃない?」
「フフッ、そうだな、何でも無いただの戯言さ、さてそろそろ帰らなくちゃマズイだろ」
「そうね、もう良い時間だものね、じゃあ帰りましょう」
「ああ」
その日、白い空飛ぶ球体を持って城壁をくぐった、よく見つからなかったなと思ったが後でブーディカに聞いてみると何人かは気付いたようで街では謎の球体現る、などと数日は噂話になったそうだ。
ま~俺には関係ない、家に持ち帰った肉はブーディカの氷魔法で地下倉庫の一角に冷凍され、何時でも使えるようになった、冷凍庫まで有るなんてブーディカは結構贅沢に魔法が使えるらしい。
ま~あれだけの肉を腐らせたら天罰物である。
それと疲れた俺は帰ると早々に寝てしまった、骸骨でも疲れて寝るんだなとその時初めて思った。