2話-1 街にて
ネーロと名乗ることに成った水原京一はトスカールという街にブーディカと共に来ていた。
どうやらブーディカの家が有るらしいのだ。
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第二話 街にて 2−1
ガヤガヤと人の声が幾つも集まり、まるで一つのBGMの様に聞こえる、そんな雑踏。
三階建ての建物が中央通りを挟む様に建ち並び、色とりどりな広告で自分の店をアピールする、店主達はまるで大声を競うかの様にその張り上げた声で客引きをする、街は活気に満ちて人々は欲しい物を求め、通りを歩く。
街の名前はトスカールと言うらしい、街の中央は人口が密集した都市を築き、城塞に覆われていた、だが、郊外に行けば豊かな畑が広がる、そんな街だ。
城壁は二重になっており生半可な攻撃では破られない。
街と外を繋ぐ城門では検問も行われていて不要な武器が持ち込まれるのを防いでいる。
交易で栄えているのか、街の人口よりも出入るする人々の数の方が多い様だ。
ブーディカが言うにはこれでも小規模な街らしい、王都はこの十倍以上活気があるというのだから驚きだ。
だが、どの街にも影は有る。
中央通りから離れて、掛け声も僅かに聞こえる程度になる静かになる場所がある。
喧騒を嫌ってか、はたまたお天道様に顔向けできない事情を抱えているのか、少しアウトローな人達が住むのが裏通りだ。
路地には一応、石が敷かれ土が剥き出しでは無かった、それでも表通りの幾何学模様をあしらった石畳に比べれば質実剛健、悪く言えば手抜きだった。
その粗末な石畳で舗装された道が、途切れるかどうかという奥まった所の一角にブーディカの家があった。
オレンジ色のレンガで出来た壁にグレーの屋根、白い窓枠にはめられたガラス窓は日が入らない北向きにどうして俺を付けたと言いたげに僅かな街灯の光を反射した。
表の華やかさもここまでは照らさない、その窓から僅かに光が入るかどうかの窓辺にランプの火を灯すと、マッチを振り消してブーディカは静かに言った。
「ようこそ我が家へ、貴方を歓迎するわ」
その高貴な格好からは想像できない陰気な部屋だった。
清潔では有るのだが、日差しの入らなさが拭えない暗さをもたらしていた。
「ここがブーディカ様の家ですか?」
「ええ、そうよ」
ベッドに座ると手に付けていたガントレットを外して肩を回した。
「あ〜肩が凝るわね、これを付けていると」
確かに外されたガントレットは銀色に輝き、男性用に比べればまだ軽量とはいえ、中々重そうだ。
「これを持ってみても良いですか?」
「うん?、気になるの、良いわよ持っても」
許可が出たので持ってみると、確かに両手合わせて3キロ位はありそうだった。
「なるほど肩が凝るのは分かります」
「フフッ、貴方は骨だけだから肩が凝ることもなさそうね、別に羨む訳では無いけれど」
「ま〜魔力で動いてますから凝らずに快適ですよ、ブーディカ様も骨になれば分かります」
「フフッ、冗談も言えるくらいには記憶も戻ったのかしら?」
「ええ、ま〜」
「フフッ歯切れが悪いわね、でもま〜良いわ」
ブーディカは呆れる様な仕方ない様な、そんな口調で言うと腰に付けていた本を取り出して読み始めた。
読んだであろうページを一枚捲り、次のページをジッと読んでいる、その姿は令嬢その物だ。
だが、俺としてはそのまま読まれていると手持ち無沙汰になるのは明らかだった。
「ブーディカ様、私は何をしていれば良いのでしょう?」
「ああ、貴方は暇しそうね、なら1階のキッチンで料理でもしたら材料は一通り有るはずだから」
そんな事言われても、この世界に便利な味付き肉や加工済み食品は無いだろうから、俺の料理スキルだと悲惨な結果が待っていそうだった。
だが、暇を潰せれば良いのなら良い考えかもしれない、あくまで暇つぶしに食材には犠牲になってもらう、そう考えることにした。
「じゃあ、1階に行って来るよ、何が有るか知らないけど..」
素直に従ったせいかブーディカは目をキョトンとさせていた。
ブーディカもキョトンとすることが有るんだな、内心呟くとそそくさと1階へと降りた。
1階にはタイル造りのキッチンに鉄の蓋が付いたオーブン、1人か2人で使うのに充分な大きさの丸テーブル、今は使わない暖炉、玄関には帽子掛けが置かれていた。
壁は白く、ソファーの近くには絵画が飾られていた、日の当たらない裏通りにも関わらず絵画を飾る金銭的余裕があるのは不思議だった。
「さて料理か・・・」
材料はジャガイモ、ネギ、キャベツ、塩辛そうなハム、黒パン、チーズなどブーディカが言うように一通り確かにあった。
キッチンは手入れがされているのか比較的綺麗だった。
あの高貴にして傲慢なブーディカが料理をする姿が浮かばなかったが1人で住んでいたようだから使ってはいたのだろう、しかし、包丁は手入れされているとは言い難かった。
「所々刃がナメてるな..」
刃筋がしっかりとしていれば、一条の線が浮かぶだけなのだが、この包丁は乱れていて所々線が別れている。
極々小さな凹みがあちこち有るという事だった。
ネーロはチラッと窓から外を伺うと日は登り切っておらず、昼間で時間があった。
昼飯にはまだ時間があるな、包丁を研いでも大丈夫そうだ。
刃物は使用頻度にもよるのだが、最低でも一月に一回は研がないと駄目だ。
料理屋並に使うなら1週間一回か、毎日研がないと駄目だ。
それこそモンスターを狩るゲームの様に研ぐ必要も有る。
砥石を探すとキッチンの下の棚の右隅に置かれていた、ボールも一緒に取り出して水を溜めると砥石を沈めた。
上水下水道はこの裏通りでも一応整備されているのか、まーまー綺麗な水が出てきた。
だけど生では飲めないよな、多分・・・。
現代日本と同じ基準で飲めば上水といえど腹を壊す可能性が有る、骸骨の俺は大丈夫だが、ブーディカは多分腹を壊すだろう。
腹を壊したブーディカを想像すると、あの様な美少女でもトイレに駆け込めば、高貴さとか傲慢さとかを振る舞う余裕も無くなるんだな、多分。
とても失礼な想像だったが、2階で優雅に本を読んでいるご身分とは違い、空想でもしていないと暇を潰せない、仕方ないのだ。
そんな誰に聞かせる訳でもない言い訳をしながらネーロはもう一つのボールをキッキン棚から取り出すと、ボールに水を溜めてジャガイモとネギを洗った。
土をよく落とすとフォークでジャガイモの根を取った。
「ふ〜、暇を潰すためとはいえ、自分が食べれるかどうか分からない物を作るのは気が乗らないな」
骸骨は味を感じるのか?それは食べてみないと分からないが、少なくても黒装束の人間に噛み付いた時は味を感じなかった。
それは幸いな事だったかもしれないが、食事でも味を感じなければ益々化物じみてしまう。
「ったく、どうしたものか」
俺はブーディカの下僕となった、死んだはずなのにあれ程の美人の側にいられる、それだけも儲けものなのだが、こうして動ければ欲も出る。
過去を振り返って今はマシだと思えるほど悟った歳でもない。
ブーディカは俺を栄光の道連れにする様な事を言ったが、あの初めての出会いからすぐに自宅だもんな。
何か色々なモンスターと戦うのかと思えば疲れたから自宅に帰りましょうだ。
まぁ〜、血に濡れれば落としたくもなる気持ちも分かるが、冒険魔道士の様な出で立ちで街に家を持っている事に少々幻滅したのは嘘ではない。
まぁ〜、全く資産無く英雄になった人物はほぼいない。
アレクサンドロス大王も偉大な父ピリッポス二世がいたから歴史に名を残せたし、自称第六天魔王の信長も父親の信秀がいなかったらあの飛躍は無かったろう。
そう考えれば、10代と思われるあの歳で家持ちなら確かに飛躍できる要素は持っているのかもしれない。
「何だか逆玉の輿みたいだな」
ネーロは自嘲気味な笑みを浮かべると包丁を手に取り、充分に水に浸した砥石をボールから取り出してキッキンに置くと、包丁を斜め平行に構えて研ぎ始めた。
シャーシャーという研ぎ音が一階に静かに響く。
刃と砥石の感覚を一定に保つ様に集中すると、不思議と精神が落ちついて来るのを感じた。
砥石に水を掛けてまた研ぐ、それを繰り返すと俗な考えから素朴な疑問へと頭が切り替わった。
この世界はゲームとかでいうファンタジーRPGの世界なのだろうか?。
それならブーディカの職業は何になるのだろう?、剣士ではないのは確かだ、分厚い鎧を着ていないし、剣も短めだ。
ファイヤーボール使ってたから魔法使いか?。
まだ、確信は持てなかったがそれが一番シックリ来た。
だけど、ただの魔法使いが人を生き返らせるのは可能なのか?。
有名なRPGゲームでは蘇生は教会に行かなくてはいけない。
だが、後に発売されたRPGゲームではその場での蘇生が一般化した。
教会まで行くのは面倒くさいからだ。
だけど、この世界は似ているがゲームでは無い。
この骸骨の外見での蘇生とはいえ、あの黒装束の集団は驚きを隠せていなかった。
そうすると蘇生は一般的ではなくブーディカは特別な力を持った魔法使いと言う事になる。
だが、ブーディカを追っていた黒装束はブーディカが死者を生き返らせる特別な力を持っているから追っていたのか、それとも別の目的で黒装束はブーディカを追っていたのか考えれば考えるほど疑問が湧いた。
「あのファイヤーボールの威力からすると俺を生き返らせなくても撃退できたんじゃないか?、それに死者を使うにしても俺を指名した訳では無いよな」
ブーディカは俺の名前を聞いて初めて異世界人だと気付いた。
つまり死者に呼び掛けていたら偶然、近くにいた俺が引っかかった訳だ。
「む〜、そうなると俺は本当に偶然、生き返ったんだな、だけどあの口振りからすると異世界人だと何か特別扱い何だよな?」
そんな疑問が湧く、だが、疑問が湧くだけで何も分からない。
食事がてらにでも聞くか。
自分では答えを出しようの無い事に悶々としても時間の無駄だ、食事を共にすればあの自信家も少し話してくれるかもしれない。
そう考えると料理をする意義も見出だせた、意義が見いだせれば自然と動かす手も早くなった。
包丁のなめた部分が整い、研ぐ前とは違って鋭く光りだしていた、切れ味を確かめるため自分の指に当てる。
本来なら爪に軽く当て跡が付くかどうか見るのだが、今は骸骨なので骨に直接当てた、薄い切れ目が入り研ぎ上がったのが分かった。
じゃあやっていくか。
チーズをおろし金で粉末状にする。
ジャガイモは茹でて、ネギは細かく切りキャベツは千切りに、黒パンは二枚切りにしてネギとチーズを乗せてから軽く焼く。
茹で上がったジャガイモをスライスしてハムと合わせると黒パンに挟む。
ふむ、ま〜いい感じにサンドイッチが出来たな、ジャガイモを茹でるのに手間取り30分程掛かったが暇は潰せた。
昼食には早いが、まぁ話の口実だし良いだろう。
サンドイッチを皿に乗せて二階へと戻った。
「ブーディカ様、暇つぶしにサンドイッチを作ってみたんですが、良かったら食べてみてくれませんか?」
「へ〜貴方、生前は料理人さん?」
「いや、軽い手習い程度です」
「その割にはよく出来ているわね」
ブーディカは本を置くと丸テーブルに置かれたサンドイッチの皿を手に取った、「ふむっ、少し大きいわね」
そう言うと右手を構え呪文を唱えた。
うん?、何をする気だ、俺には分からなかったが、それはすぐに明らかになった。
ブーディカの右手から光が出て刃となった、刃は静かに振り下ろされ切られたサンドイッチは形を全く崩さずに綺麗に別れた。
「黒装束の剣よりも切れ味が鋭いですね」
「ええ、サンドイッチならたいして魔力も使わないから」
半分になったサンドイッチをその可愛い口に運んだ。
「ハムもぐもぐ、へーっ結構美味しいじゃない、塩辛いハムの塩気がジャガイモとキャベツで中和されていい感じよ」
「狙った通りに出来たみたいで良かったよ」
黙々と食べ、その指についたハムの塩気も残らず舐め取り食べた。
「美味しかったわ」
口をハンカチで拭くとこちらをジッと見た。
「どうしたの、貴方も食べなさい、それとも大きいのかしら?」
半分に切り分けたサンドイッチを更に半分切ると嗜虐心を秘めた目で差し出した。
「見れば分かると思うが俺は骨しか無い、それでどうやって食べろと?」
戯けて言うとブーディカは笑みを浮かべた。
「フフッ、私が意地悪で言っていると思っているの?、それも無いわけでは無いけど、それだけじゃないわ」
「貴方は自分が今どうやって喋っているのか、疑問に思わないの?」
そう言われて思わず喉を触る。
「フフッ、声帯も肺も心臓も無い、けれど喋っている、それは魔法が成せる技..」
「なら、料理を食べることも、もしかしたら出来るかもしれないわ」
「確かに出来るかもしれないですが、もし食べられなければ細かく砕けた残飯が床に落ちるだけです」
「部屋が汚れるのは心配しなくていいわ、私の魔法に汚れだけを焼き尽くす魔法があるから」
退路が絶たれ、いよいよ食べる選択肢しか無くなった、これでただ床に残飯を落とすだけで味も感じなければ俺は化物になったのだと突きつけられる様な気がする。
そのせいか心音が高くなった時の独特の緊張感が精神を支配した。
「食べなくては駄目か?」
とても嫌そうな顔をして、主の温情にすがるが次に出てくる言葉は何となく想像できた。
「貴方の主ブーディカが食べろと言っているの、命令ではなく貴方の意思で食べて欲しいのだけど」
唇に指を当てながら遊んでいる、命令すれば逆らえないのは黒装束の集団と戦ったので分かっていた。
「ああ、分かった食べてみるよ」
自分で作ったサンドイッチを食べるのがこんなにも緊張する日が来ようとは少し前の自分は想像していなかったろう。
緊張で喉がなるような感覚がある、だが、声帯も咽頭もない、感覚が幻想なのかそれとも奇妙な魔法によって実際に喉が鳴っているのか、それも今、分かる。
サンドイッチを手に取り唇も皮膚も筋肉もない口に運んだ。
「モグモグッ・・・、うん?、美味い・・・!!、味がする、何だどうなってるんだ」
ジャガイモのホクホク感キャベツのシャクシャク感、ハムの塩味と黒パンに使ったチーズの味、それら全てをちゃんと感じられた。
もう一口食べて確かめる。
「ああ、味がするそれに咀嚼したはず物は床に落ちていない?!」
驚きで思わず床を触る。
床は別に暖かくはない、ブーディカが俺の目を盗んで焼いたわけでは無いようだ。
「フフッ、どう、サンドイッチのお味は、美味しいでしょう?」
「ああ、美味しい、でもどうして食べれるんだ?顎の下は空洞だから落ちていないとおかしいはずだ」
「フフッ、そうね、でも貴方が平気で喋っているように当然の理を都合よく捻じ曲げる方法、それが魔法なのよ」
その言葉を言った時のブーディカの表情は傲慢で高貴で自信に満ちたのとは違った、深い闇を見つめ、砂粒に紛れた真実を拾った魔法使いの目をしていた。
その瞳を見て、俺はブーディカが他の魔法使いとは決定的に違うかもしれないと初めて思った。
「フフッ、もう一口は私が貰うわね」
三分の一個残っていたサンドイッチをこちらの動揺など意にも介さず食べた。
「うん、美味しい、貴方を生き返らせて良かったわね、これからも料理を作ってね」
「ああ、俺は貴方の下僕だ、貴方が望むなら幾らでも作ろう」
そんな言葉が自然と出た、まるで魂が告げる言葉をそのまま、音にした様に。
「その忠誠忘れないでね、私が偉大になるその日が過ぎても..」
「ああ、忘れない君が俺を害さない限り」
ロマンチックな誓いが行われ、その日の昼は過ぎていった、・・・・・・。
だが、結局俺は暇を持て余す事になった。料理はサンドイッチで終わり、掃除をする程汚れていない家、ブーディカは読書に夢中で俺を放置した。
骸骨の外見で街を勝手に歩く訳にはいかず、かといって読書に夢中なブーディカをジーっと見ているのも何だか変態っぽいので止めた。
1階ソファーで黒いローブを着たままひたすらに火のない暖炉見て、スマホの有り難さを思い知った。
「ハ〜ッ暇だ〜・・・」
暇の余り顎をカクカクさせ鳴らす、ああ、ゲームのスケルトンは暇だから音をたてるのか、それで暇だからプレイヤーに襲いかかるのか。
瞼は無いのに目は閉じがちの視界を見せる、不思議だったがどうしてそうなるのかなどと探求する気にはならなかった。
「フィ〜、しかし、本か・・・」
読んだのは何時が最後だろう、まともな本を読んだのは下手すれば中学が最後かもしれない、大抵はスマホで用が足りた、スマホで活字は読む気は起きず、もっぱら漫画ばかりだった。
「ハ〜」ソファーに座りながらため息が出る。
この世界で暮らすなら考えないといけよな〜、だけど、言葉は何故か通じるが文字はどうだろう?、初めての文字がいきなり読めるとは思えない。
だけど魔法はこの世の理を都合よく捻じ曲げるとブーディカは断言した。
もしそれが本当ならブーディカに文字が読める魔法でも掛けてもらおう、そうすれば暇を潰せる。
暖炉を眺め、余りの退屈が眠気を誘った。
「フヮ〜、うう、無理だな、寝るか」大きな欠伸が最後のひと押しになりローブを緩めソファーに横になると眠りへと落ちていった