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 私はそれまでイラストレーターというか、デザイナーというか、まあ絵を書く仕事をしていた。

 漫画家さんのアシスタントをやらせていただくこともあれば、私自身の絵が本の表紙を飾ることもあった。

 とにかく絵を書くだけで生きてきたので、一応大学も卒業はしたけれど、もちろんいわゆる就職活動なんて今回が初めてだった。

 とんだ世間知らずだったわけなのだが、それまでの人間関係をどうしてもリセットしたい事情があり、私は絵の仕事を捨てるに至った。


 そして入社したのが何故かIT企業ーーいわゆるSES企業というものだった。

 SES、System Engineering Serviceの頭文字だが、要するにITエンジニアを派遣するサービスのこと。

 社員であるITエンジニアは、自分の会社ではなくクライアント先に常駐して、技術を提供する。

 クライアント先からは、SES企業へ、技術力の対価としてお金が支払われる。


 業界ではSESの評判はあまりよろしくないようだ。

 下請けだから待遇が悪くなりがちだとか、常駐先に当たり外れが多いだとか。


 そして、入社した会社自体の評判も、あまりよろしくなかった。

 就活サイトにはいろいろ口コミが書いてあるわけなのだが、深夜まで読み耽ってしまった。

 「給与が低い・上がらない」なんていうのは序の口で、「社員の入れ替わりが激しい」、「エンジニアとして採用されたが仕事がないため事務作業をさせられた」、「社長がワンマンで人の話を聞かない」などと枚挙にいとまがない。


 ーーなんでそんな会社に入ろうと思ったんだっけ。

 ーーあ、面接時に出された内定の断り方がわからなかったからだった。


 本当に、学生時代就活にノータッチで来てしまった自分が悔やまれる。

 一応、「晴れて」入社初日を迎えられたわけだが、すでに暗雲が立ち込めている気がする。


 ここで改めて自らのスペックを見直すと、確かに今までの仕事でもパソコンは使っていたけれど、ITエンジニアとしての知識や経験はゼロだ。

 そんな未経験を採用して、会社側に何のメリットがあるかはわからなかったが、「自社研修でスキルアップできるし、先輩エンジニアと一緒に派遣されるから安心!」というのが求人広告の謳い文句だった。

 そう言われれば、「安心なのか」と思ってしまうではないか。

 世の中にそんな甘い話がないことは承知していた、けれども。


「じゃあ、これを解いておいてください」


 ある意味予想通り、「研修」という名の自習。それが、この会社の自社研修だった。

 IT関連のクイズを解いて、わからないところは自分で調べる。

 誰かが手取り足取り教えてくれるなんてことはもちろんない。

 答え合わせや正解発表がないのはさすがに想定外だった。


 ーーもう辞めたいなあ。


 初日からそんな感想を抱いた。

 そういえばやはり口コミにもあった。「研修は、自作の穴埋めクイズを解かされるだけ

」と。

 穴埋めクイズは、私の2ヶ月前に入社されたという方が作ったらしい。

 さっぱり解けなくて、嫌になるばかりだ。

 あとから思えばかなり基礎的な問題も含まれていたけれど、未経験の私にはどれも難問だった。


 しかし、いくら辞めたくても、さすがに今はまだ早い。

 ほかの仕事が見つかる保証もないし、せめてちゃんと3年くらい、お勤めをしなくては。


***


「鷺坂さんはハーフなの? 顔立ちが外国人っぽいよね」

「はあ、まあ、そうなんです……」

「へー、どこの国のハーフなの?」

「イギリスです」


 その日の帰り道、先輩社員と駅までご一緒することになったのだが、そんなことを聞かれた。

 25年間この顔をやっていれば慣れたものだが、大体世の中の人は私に外国の血が入っていないか聞いてくる。肯定すれば、次はどこの国か聞かれる。


 オフィスでは、どうも口頭でのやりとりはほぼされておらず、チャットがメインのようだ。

 隣にいる人とでさえ、PCを介してやりとりする。

 さすがIT業界、「コミュ障が多そう」という私の偏見も、間違ってはいなさそうーーと昼間は思ったのだが、この先輩社員はオフィス外に出た途端、水を得た魚のように饒舌になった。


「社長が『サラは可愛くてびっくりした。その場で内定出した』って言ってたから、みんなどんな人が来るか楽しみにしてたんだよね。ほら、やっぱりこの業界って男が多いからさ」

「はあ……」


 知らなくていいことを聞かされてしまった。


 ーー顔かよ。

 ーーしかも呼び捨てかよ。


「気持ち悪ーい!」


 家に帰ってから、壁に向かって叫んでしまった。


 不快感が拭えないのは、私が狭量なのだろうか。

 いやしかし、これまでの自分を捨てて入った会社で、初日からそんな話を聞かされたんだから、叫ぶくらいは許してほしい。

 否、ちゃんと家に帰ってから叫んだのだから、褒めてもらってもいいかもしれない。


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