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61 忠義の盾②

 エグバートの瞳が揺れ、彼の大きな拳がダン、と床板を殴りつけた。

 いつも穏やかな彼のそんな荒れた様を見るのが初めてでシェリルは目を丸くするが、ジャレッドはからから笑うだけだった。


「ちょっとちょっと、エグバート様。この屋敷、格安だったんですから。ぶっ壊すのはもうちょっと後にしてくださいよ」

「ジャレッド」

「というわけで、俺、さっくり裁判を受けてきますね。まあ女王陛下も、今後のことを考えれば俺にゲロらせるのが一番だって分かられるはずです」

「ジャレッド!」

「そう声を荒らげないでください。お嬢様がびっくりしていますし……それに、俺はきっと、しぶとく生き延びますよ」


 ねえ、とシェリルに振られたので、シェリルは戸惑いつつ頷いた。


「……自白魔法によって精神が崩壊すると言いますが、それは被術者が告白を拒否した場合に起こる確率が高くなるのです」


 つまり、ジャレッドのようにすんなりと罪を受け入れ、全てを打ち明けるつもりで魔法を受けた者は、精神が崩壊する可能性が低いのだ。


 低いとはいえ、確率がゼロというわけではない。

 ジャレッドは魔法への耐性がないはずだから、弱めの自白魔法で素直に告白したとしてもその後、後遺症が出て精神を病む可能性も十分ある。


 シェリルの説明を聞いたエグバートはぐっと眉根を寄せ、唇を噛みしめた。


「……私は、こんなことをさせるつもりで、君を側に置いたのではない」

「分かってますよ。でも……これが俺の性分なんです。それに、こうして俺を側に置いてくださったあなたを守れるのなら、それが俺が示せる忠義。俺は、全く悔いがないんです」

「少しは悔いろっ!」

「あはは、すみません。……俺、ずっとあなたの幸せそうな顔を見たかったんです」


 ジャレッドの眦が下がり、ゆっくりとまぶたが下ろされた。


「……ガキの頃から、あなたに会いたいって思っていました。寄宿舎学校に入って、やっとあなたに会えて……あなたはキャラハン家の爪弾き者である俺にも優しくしてくれて、信頼してくれて、本当に嬉しかった。だから、こんな俺でも、できることをしたい。辛い立場でも凛として立っているあなたを守る盾になりたいって、思っていたんです」

「……ならば、このようなことをするべきではなかった。私は、誰よりも頼りになる盾を失うことになるんだ」

「いえ、もう盾の役目は終わったんです。……未来のことは分かりませんが、きっと、エンフィールドは平和になります。そうすれば、もうあなたは俺を盾にする必要もなく、お嬢様と一緒に幸せに歩いていけるんです」

「……」

「たとえ俺が尋問の末にも精神を保てたとしても、もう俺は騎士団長の部下として生きていくことはできないでしょうし、王都にもいられないでしょう。……でも、あなたやお嬢様、そしてお二人のお子様をこの手で守れたのなら……俺は、悔いません」

「……」


 エグバートが、俯く。

 ふと、その頬にわずかな光が当たっているように思われ、シェリルは顔を上げ――開け放たれた窓から見える空が、明るくなりつつあることに気付いた。


 慌ただしい夜が過ぎ、朝がやってきていた。


「……君の行いは、一生許せない。自分を犠牲にしたことも、理由があったとはいえシェリルたちを誘拐したことも……許せない」

「はは、すみません、不肖の部下で」

「……だが、私たちのことをいつでも考えてくれた末の決断であることは認めるし……そんな君の友であれたことは、私の永遠の誇りだ」


 ジャレッドが、まぶたを開く。


 エグバートがそっと腕を伸ばし、シェリルの肩を抱いた。

 夫の胸元に寄り添い、シェリルはぽかんとした顔のジャレッドを見つめた。


「……私からも。ジャレッド様、エグバート様のために行動してくださり……ありがとうございました」

「……。……は、はは……本当に、お人好しの夫婦です。すっごく、お似合いですよ」


 ぐしゃぐしゃと前髪を掻き上げたジャレッドは笑うが……そのときさりげなく目元を擦ったことに、シェリルは気付いていた。


 エグバートもそれに気付いただろうが何も言わず、静かに元部下の名を呼ぶ。


「君の身柄を、騎士団に引き渡す。そうして――尋問を受けさせる」

「はい、よろしくお願いします」

「だが、何があろうと死だけは選ぶな。……それが、私が君にできる最後の命令だ、ジャレッド」


 静かなエグバートの言葉に、ジャレッドはまばたきする。

 そして彼は幼子のようにくしゃりと顔を歪め、笑顔で頭を垂れた。


「……はい、エグバート様の仰せのままに」












 夜が明けた後、旧王国軍と元妾妃・マーガレットは捕縛され、王城に連行された。

 彼らの罪はつまびらかにされ、女王やアディンセル家の転覆を狙っていた者の中心人物たちは皆、投獄された。


 これにより、終戦後一年間国内に散っていた旧王国軍の勢いは削がれ、現王国軍による掃討作戦が一気に進み、国から追われることになった。


 また、ディーン・ウォルフェンデン男爵の娘を誘拐したとして、ジャレッド・エマニュエル・キャラハンの尋問も行われた。


 女王の許可により自白魔法が使用され、ジャレッドはこの件で見聞きしたことを全て告白した。

 これにより、男爵令嬢シェリルは強姦などを受けておらず、軟禁中もジャレッドによって丁寧に扱われていたことが判明し、男爵令嬢夫妻に対する風評被害を抑えることができた。


 なお、ジャレッドはその後しばらく寝込んだが回復した後、名前や身分や財産を全て剥奪された上で国外追放処分となった。


 その後の彼の行方は知れないが、彼が王都を離れてしばらく経った頃、エンフィールド国境付近でならず者たちを討伐する謎の剣士の噂が流れるようになる。


 それがジャレッドだった、という噂もあるが、定かではない。

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― 新着の感想 ―
[一言] ジャレッド、もしかしたら何処かでミハイルに出会っているかもですね。 彼が幸せであることを願いたいです。
[一言] 夫婦が国外まで旅に出られるようになったら、どこかで再会出来たら、嬉しいです。
[一言] 他にやりようはあったんじゃないかと思ってしまうのと 命が助かってよかったというには 余りにも辛いジャレッド「だった人」の事を思うと 何と言っていいかわからなくなります。 案外、国境でならず…
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