59 野望の女②
「……ストックデイル家の名は、もう二度と王家の家系図に刻まれるべきではない。もし私とシェリルの子が生まれたとしても、その子に禍根を残させるようなことをしてはならない。……ストックデイル家は、滅ぶべくして滅びた。今はもう、女王陛下、アディンセル家の時代だ」
「……許せない! そんなの、あの女に、全てを……!」
ミルワード夫人はなおも喚いていたがふらつき、近くにいた旧王国軍の者に支えられていた。
その者も顔色が悪そうで、自分たちの敗北を悟っているようだ。
「……わたくしが国母となるはずだったのに! それなのにウォーレスは殺され、エグバートも役に立たず、どうしろというの! これ以上、わたくしを辱め、あの女はわたくしをどれほど嘲笑えば気が済むというのよ!」
「お黙りください。……女王陛下は少なくとも、あなたを嘲笑なさったりはしない。あなたの処遇について悩まれている様子でしたが……あなたが蟄居命令を大人しく受け入れその生を全うしていれば、このようなことにはならなかったはず。己の身に余ることを願った結果だと思っていただきたい」
「おまえこそ、お黙り! 役立たずのくせに――」
「その役立たずの嘆願により、処刑ではなく蟄居で済んだというのに……」
「黙れぇっ!」
自分を支える男をどんと跳ね飛ばし、ミルワード夫人はさっと手を挙げた。
とたん、魔法の粒子が舞うのが見え――シェリルはぎくっとした。
(魔法を使う気だ!)
慌てて魔法壁を作りだそうとして――まだ自分の首にチョーカーが付いているのだと思い出し、愕然とする。
(私じゃ、エグバート様を守れない……?)
「エグバート様、下がって!」
「シェリル!」
夫の胸を突き飛ばし、その前に立ちはだかる。
シェリルは魔法への耐性があるから、一発くらいならぎりぎり耐えられるだろう。
その間にエグバートが剣を抜くことも、周りにいる魔道士たちが魔法を発動させることもできる。
自分が盾になることで、少しでも時間稼ぎができるなら。
そう思い両手を広げたシェリルだが、大きな手が肩に乗り、ぐっと引き寄せられた。
「あっ……」
「シェリル、伏せなさい!」
エグバートが叫ぶとほぼ同時に、夫人の放った燃えさかる炎の玉が飛び――間一髪のところで味方の魔道士が発動させた壁にぶつかり、派手な火花が夜空に舞った。
火の粉が飛び交う中、夫人は次の魔法を組み立てていた。周りの男たちが「もうおやめください!」と止めようとするのも意に介さず、目を血走らせた魔女が青白い炎を手の平に集める――が。
シェリルを抱き寄せるエグバートの方が、早かった。
彼が真剣な眼差しで練り上げた魔法の素が姿を変え、鋭い氷の刃となって彼の手の平から放たれた。
それは、魔道士であれば子どもできるような、ごく初級の魔法だった。魔力量も弱いので、青白い氷の刃は長さが手の平くらいしかない。
だが、魔力が低い分努力を重ね、威力が弱くとも正確な魔法を放てるように練習したエグバートは、小さいが強靱な氷の刃を作り出していた。
舞い散る火の粉を浴びても青い光は一切揺れることなく突き進み、完全に油断していたミルワード夫人の左肩に突き刺さった。
夫人が目を見開き、悲鳴を上げて倒れる。痛みとしては、針に刺されたものくらいだろう。
だが――魔法を使えない、「不良品」だとばかり思っていたエグバートが魔法を使って攻撃してきたことが、夫人にとって何よりの衝撃だったことがその眼差しで分かった。
夫人や旧王国軍の者だけでなく、味方の騎士や魔道士たちもがざわつく中、夫人の震える声が聞こえる。
「どう……して……? おまえは、役立たずの、魔力なしでは……」
「それは、過去の私です。……あなたのご友人が私のことを馬鹿にしてきたのでずっと目覚められなかった力を――妻が、引き出してくれました」
そう呟いたエグバートがさっと右手の平を上に向けると、そこに小さな氷の針が浮き上がった。
相変わらずそれらは細くて短いが、きらきらと美しく輝いているし――きっと、灼熱の炎の中でも決して溶けないだろう、エグバートの強い決意と努力が感じられる。
氷の針をさっとかき消したエグバートは、目を細めて夫人や旧王国軍の者たちを見た。
「……もしかすると、国内にはまだそなたらの仲間がいるのかもしれないが。アディンセル家を滅亡させようというそなたらの企みは、潰えた。……女王陛下に剣を向けたそなたらが、今後この国で生きていける術はない」
「エグバートっ……!」
「義母上――いえ、マーガレット・ミルワード。あなたも獄中で、己が何をしでかそうとしたのか、よく考えていただきたい。それから、私はもうあなたたちには怯えないし、私も、私の子も、あなたたちに利用させたりはしない」
エグバートはそう言うと、「捕らえろ」と周りの者たちに命じた。
(エグバート様……)
そうっと横顔を見上げると、視線を感じたのか彼はこちらを見、ほんのり微笑んだ。
「……私の魔法はどうだったかな、先生」
「……とてもよく、できました。本当に……よかったです……」
夫の顔を見ていると一気に緊張が抜け、シェリルはぎゅっとエグバートの胸に抱きついた。
どく、どく、と心臓付近から血潮の流れが感じられ――本当に良かった、と心の底から思えた。
……だが。
「……あの、エグバート様」
「分かっているよ。……ウォルフェンデン男爵にも宣言したからな。あいつをこってりと絞めなければ」




