57 旧王国軍の企み②
決して広いとは言えない部屋になだれ込んできたのは、約十人の男たち。皆、壊れかけた鎧や脛当てのようなものを身につけており、全体的に薄汚い雰囲気だ。
泥のような汗のような臭いにシェリルがさっと口元を手で覆うと、その上からジャレッドの大きな手の平が重なった。
「おやおや、大勢おいでのようで。……でも、男女の情事の真っ最中に乱入するなんて、そういう趣味があるのかと思われるんじゃねぇのか?」
シェリルの背後でジャレッドが挑発するようにせせら笑うが――部屋の隅にはメイドが転がっているし、どちらの服も乱れていないし、情事なんて起きていないのは明らかだった。
直接的な言葉に、シェリルは頬を熱くしつつジャレッドを横目で睨むだけだったが――「来客」たちはとたんにさっと色めき立った。
「……やはりこのガキ、この女を――」
「ならば、ご命令のとおりここで殺さねば」
「おいおい、若い女性がいる場所で、物騒なことを言うんじゃねぇよ?」
殺気立つ男たちだが、ジャレッドはあくまでも自分のペースだ。
彼はシェリルを引っ張って立たせると片腕でその身を拘束したまま、にやりと笑ってみせた。
「ま、エグバート様のご寵愛深いお嬢様に、よその男の子を生まれちゃ困るもんな。……旧王国軍の皆さんは、シェリル様が産んだエグバート様のお子様が、ほしいんだもんなー?」
「……え?」
シェリルは振り返るが、ジャレッドは真意の読めない笑みを侵入者たちに向けるだけだった。
じりじりとその間は詰められているが、ジャレッドはあまり動こうとしない。
そしてシェリルの耳に唇を近づけ、「よく聞いていてください」と囁くと、あはは、と快活に笑った。
「なあ、せっかくだからお嬢様を殺す前に、姑に会わせてやってくれよ。あの人だって、最後に一度くらい、生きている状態の嫁を見たがっているんじゃないのか?」
ジャレッドの言葉に、男たちの間に動揺が走る。
だが、彼らが何かを話し合う間もなく――ぱたぱたと軽い足音が、この階まで上がってきた。
そうして部屋に顔を覗かせたのは――
「ミルワード夫人……」
「……シェリル」
力なく呼んだシェリルに返されたのは、憎しみを込めた低いうなり声だった、
元妾妃――ミルワード夫人は、いつもの華やかなドレスとは違う、夜色の衣装を纏っていた。髪もまとめており、変装用なのかいつもとは雰囲気の違う化粧をしているが、シェリルにはすぐに分かった。
彼女は男たちをかき分けるとこつんこつんと歩み寄り、ベッドの上でジャレッドに後ろから抱きつかれるシェリルを見ると、つっと眉を上げ――
「この……役立たずめ!」
右手に持っていた扇子を、思いっきり投げつけてきた。
それはシェリルの顔に届く前にジャレッドによって叩き落とされたが、それがまた気に入らなかったようで、ミルワード夫人はいつもの淑やかな笑みをかなぐり捨てた凄まじい形相で、シェリルに詰め寄ってくる。
「この……! 優しくしてやったというのに、使えない、ろくでもない、淫乱な女め……! あれほど言ってやったというのに、エグバート以外の男に抱かれるなんて、ああ、なんて、恐ろしい! 汚らしい!」
「な、に、を……」
「おまえは大人しく、エグバートの子を産んでくれればよかった! 男でも女でもいい! ストックデイル家の容姿を持つ子さえ生めば、一生可愛がってやったというのに……おまえはやすやすとその汚い男に捕まり、身を差し出したというのね!? おまえの腹には、エグバート以外の男の子が宿っているかもしれないのでしょう!?」
ミルワード夫人は今にも掴みかかってきそうだが、ジャレッドがうまく手を叩き、シェリルに触れられないようにしてくれた。
……ずっと、妙な人だとは思っていた。
優しいようだけれど、優しくないようにも思われる。
シェリルやエグバートを愛しているようだが、愛していないようにも思われる。
何も考えていないようだけれど、何か企んでいるようにも思われる。
今のミルワード夫人は、ここ三ヶ月ほどの間にシェリルに見せていた一切の仮面を捨て、憤怒の形相で暴言をまき散らしている。
それはきっと、彼女の計画が崩されてしまったから。
シェリルがごくっと唾を呑んで黙っていると、ふっと真顔になったミルワード夫人は後退し、「死ね」と呟いた。
「もう、おまえに用はない。エグバートも、生かす必要はない。……せめてもの情けで、おまえたち夫婦は同じ墓に入れさせてあげましょう」
「あー、悪いんですけど。別にあなたの情けなんてなくても、エグバート様とお嬢様は死ぬまでずっと一緒ですよ?」
「黙れっ、汚らしい狗め! シェリルを穢したおまえの首も、刎ねてやる!」
「うーわ、顔はきれいだけど本当に、ろくでもないおばさんだ……まあ、首を刎ねられるのは、あんたたちですけど?」
そう言うと、ジャレッドはシェリルをひょいっと抱え、窓辺まで後退した。
ちょうどこの付近にはリンジーもおり、彼女の絶望に染まった目と視線が合う。
(……私は、殺される……?)
そんなの嫌だ、と心が訴えるが、魔法を封じられ、体もジャレッドに拘束され、リンジーという動けない味方もいる以上、シェリルには何もできない。
せめてもの抵抗心でぐっとジャレッドのシャツを掴んでやると、彼は苦笑し、肘だけで器用に背後の窓を開けた。
「……大丈夫ですよ、お嬢様。あなたとメイドお姉さんは、今聞かれたことをしっかり覚えておいてください」
「ジャレッ――」
「それじゃ……エグバート様に、よろしくお伝えください!」
そう言うなり、ジャレッドはシェリルを抱えると――ぽいっと、開け放たれた窓から放り投げた。
「え?」
「おまえ――」
「お嬢さっ――!」
ミルワード夫人の、リンジーの悲鳴を遠くに聞きながら、シェリルの体は夜の空気の中に放り出された。




