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56 旧王国軍の企み①

 夜が、更けていく。


「いやー、いい夜ですねぇ、お嬢様」

「……」

「あ、まだ何も口にされていないんですか? だめですよ、お嬢様。ほら、そこのメイドのお姉さんも、何か食べてくださいよ」

「結構ですっ!」

「つれないなぁ。俺、お姉さんみたいな強気なメイドさんがタイプなんで、こういう場じゃなければ口説いたんですけどねぇ」

「誘拐犯に口説かれる趣味はありません!」


 ジャレッドとリンジーが不毛なやり取りをしているのを、シェリルはベッドに寝転がった状態で聞いていた。


 ジャレッドが持ってきた食べ物には意地でも手を付けていないが、正直空腹なのはしんどい。

 めまいがして倒れるほどではないが、無駄な体力を使わないためにも、シェリルはジャレッドの挑発するような言葉には一切返事をせず、ただぐったりと寝ていた。


 鎖は外されているが、相変わらずチョーカーによって魔力が抑えられており、魔法を使って逃げることはできそうにない。


(……ジャレッド様の言うとおりになったなら、この後エグバート様たちよりも前に、「お客さん」が来る――)


 おそらくは、旧王国軍が。


 先ほどやっと思い出したのだが、以前アリソンから、ジャレッドが郊外の屋敷を買ったという噂を聞いていたのだった。

 その屋敷がここのことなら、今シェリルたちがいるのは郊外――城下町の外だ。つまり、やろうと思えば簡単に旧王国軍の者たちがここに押しかけられるのだ。


 ジャレッドの狙いは、そこだろう。

 今の王家に反旗を翻す者たちを集めて、駆けつけてきたエグバートたちに捕縛させる。


(でも……どうして私が囮になれるんだろう?)


 シェリルの立場はあくまでもエグバートの妻で、それ以上の価値はない。


 もちろん、シェリルを助けるためにエグバートが駆けつけるから、というのもありそうだが、ジャレッドの言い方からすると――まるで旧王国軍の狙いがシェリルであるかのように感じられるのだ。


 エグバート第一主義らしいジャレッドが、シェリルを囮に旧王国軍を釣り、遅れてエグバートたちに駆けつけさせる。

 その裏には――もっと重大な何かが潜んでいるように思われた。


(なんだろう。ジャレッド様が……ただ単に私の誘拐事件ということだけでなく、もっとまずいものに足を踏み入れているような……)


 だがジャレッドに問うても、「これ以上は言えないですねー」とはぐらかされるのは目に見えているし、彼と話をしていると疲れてくるので、何も聞かないことにしていた。

 どうせ、事態が動かない限り、ジャレッドはこれ以上の話をしてくれないだろう。


 だがリンジーはずっと元気で、何も言わなくなったシェリルの代わりにジャレッドに噛みついていた。


「本当に、品のない人! あ、あああ! お嬢様に近づかないでっ!」

「心配しなくても、俺は人妻には手を出さない主義なんで。……というわけで、お嬢様もメイドお姉さんも、俺がお嬢様に一切触れていないことをちゃんと伝えてくださいね? 誘拐犯はともかく、強姦魔の称号を得るのは勘弁願いたいので」

「減らず口を――」


 あけすけな言葉にリンジーがさっと頬を赤らめて叫ぶが――


「……黙って。客が、来たようです」


 それまでのへらへらした態度から一転、さっと真顔になったジャレッドがリンジーを制し、シェリルにも起きるように指示を出した。


 彼に命じられてシェリルが身を起こしたところで、部屋のドアがノックされた。入ってきたのはこれまでシェリルやリンジーの補助をしてくれたローブ姿の女性だった。


「ジャレッド様。お客様・・・が多数おいでの様子です」

「ああ、想定どおりの時間だ。……っと、お嬢様、メイドお姉さん。この女性は一応俺の部下ですが、魔力も戦う力もありません。彼女は別室に行かせますので――どうか、彼女のことだけは、エグバート様に助命を頼んでもらえませんか」

「この……!」

「待って、リンジー。……確かにそちらの方には丁寧にお世話をしてもらえたから、お願いを聞いてもいいです。でも、あなたはどうするつもりですか?」


 シェリルが冷静に問うと、ジャレッドはばたばたと騒がしくなった床の下の方を見つつ、「ああ」と返事をした。


「別に俺のことはいいですよ。この屋敷にも未練はないので、そのチョーカーも外してもらえて色々終わった後で、遠慮なくこの屋敷をぶっ飛ばしてください。ただ、これから先のやり取りだけは、よーく聞いていてくださいね」

「……あなた、死ぬかもしれませんよ?」

「そうですね。それじゃあ……」


 ジャレッドがローブの女性の背を押して別室に行かせ、荒い足音が近づいてきたところで――ジャレッドはゆっくりとシェリルに歩み寄ると、いつも彼が見せてくれた華やかな笑みを浮かべた。


「俺が死んだら、墓に一輪だけでいいから花を放ってください。それだけで、俺は報われますんで」


 そうしてシェリルが息を呑んだ隙に、彼は「……失礼します」と断ると同時に、ベッドに座るシェリルを背後から抱き込んだ。


 エグバート以外の若い男に抱きしめられ、シェリルはひゅっと息を呑み、リンジーが怒りの声を上げ――


「……ここにいたか、キャラハンの生き残り!」


 開け放たれたままのドアから武装した男たちが飛びこんできて、シェリルはぎょっとして口元を手で覆った。

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