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53 急変

「嬉しそうね、エグバート」


 落ち着いた女性の声に、エグバートはゆっくり振り返った。


 今、彼がいるのは女王の執務室。他の侍従や書記官たちが少し離れたところで書類を書いたりしている中、女王のための資料を探していたエグバートは少し眉根を寄せ、主君を見る。


「……失礼しました。職務中に、無礼な振る舞いをしていたようで」

「ああ、そういうことじゃないの。……無礼というほどではないけれど、三ヶ月ほど前に比べるとあなたの足取りは軽いし、ちょっとした動作からも楽しそうな雰囲気が伝わってくるのよ」

「……」


 デスクに頬杖をつく女王にそう言われ、エグバートはなんと言おうかと言葉に窮した。


 マリーアンナは、エグバートが忠誠を誓うにふさわしい女性だと思う。剣の腕っ節が強く、やや強引に物事を進めるところはあるが――彼女には、人を惹き付ける魅力がある。


 いくら頭がよかったり、戦術に優れていたりしたとしても、人の信頼を集められるような人格者でなければ王としてはやっていけない。


 エグバートの父や兄はまさにそれで、彼らにこびへつらう者は多くいたが、心からの忠誠を誓っている者ははたしてどれくらいいたのだろうか、と疑問に思う。

 少なくとも、彼らの首が落とされるとなった瞬間に手の平を返して「国王にそそのかされた」「第一王子に命じられて、渋々従っていた」と女王に泣きついた者たちには、忠誠心はなかったはずだ。


 マリーアンナは、エグバートにとっては少し取っつきにくい相手ではある。

 だが彼女はシェリルのことを気にしているようだし、エグバートが補佐として相応の働きをしてみせれば、きちんと人として扱ってくれる。どこぞの貴族たちとは大違いだ。


「……それは、妻のおかげです」


 悩んだ末にエグバートが言うと、書記官から書類を受け取ったマリーアンナはおかしそうに笑いだした。


「はは、それもそうね! まさか、シェリルとの結婚がここまでうまくいくとは思っていなかったけれど……まんざらでもなさそうなら、話を持ちかけた甲斐があったというものよ。ディーンとも、うまくやっているみたいだし。彼、この前の式典の後でテレンスと呑んだみたいだけれど、シェリルだけでなくてあなたのことも言っていたそうよ。とてもいい婿だ、って」

「……」


 エグバートは、考え込んだ。


 確かにシェリルとの結婚当初よりはディーンとの距離も縮んでいると思うが、まさか「とてもいい婿」とまで思われているとは思っていなかった。


 少なくともエグバートを前にしたときのディーンはたいてい、険しい顔をしている。というか、険しくないディーンの顔を見ること自体が滅多にない。


「……そう、なのですね」

「ディーンも、もう少しにこやかにすればいいのにね。彼、革命軍にいた頃から――」


 言葉途中で、マリーアンナは口を閉ざした。執務室のドアが、せわしなくノックされたからだ。


「……カミラが体調を崩したのかしら」


 魔力量が不安定でしばしば体調を崩す第一王女の名を呟いた後、マリーアンナは入出を許可した。

 だが入ってきたのはいつもカミラの面倒を見る女性魔法薬師でも、仕事を持ってくる大臣や貴族でもなく、若い騎士で――彼は一礼した後、マリーアンナではなくエグバートを見てきた。


「執務中、失礼します。エグバート様に至急、お伝えしたいことがございます」

「よろしい、申しなさい」


 エグバートではなくマリーアンナがすぐに応える。

 若い騎士の顔には隠しようのない焦りの色が見られ――どくん、とエグバートの胸が不安を訴えた。


「……シェリル・ウォルフェンデン様のことで、ご報告です」

「妻が、どうかしたのか」


 声が、掠れる。

 今日は午後から魔法研究所に行った後、城下町を散策してから帰ると言っていたはずだ。


 もしや、もしや。


「……奥様に付いていた従者からの連絡です。奥様がお付きのメイド共々、城下町にて行方不明になられました――!」











 がた、という物音に、シェリルはぼんやりと覚醒した。


(……あれ? 私、何をしているんだっけ……?)


 脳は覚醒したがまだまぶたを開けるのは億劫で、ごろんと寝返りをしながらぼうっと考える。


 確か、昼から魔法研究所に行き、その帰りにエグバートと一緒に食べる菓子を買おうと、リンジーたちを連れて城下町の菓子屋に行ったのだ。


 無事においしそうな焼き菓子を買い、従者に預けた。

 そうしてもう少し町を見て回ろうと思ってリンジーと一緒に歩きだしたら、声を掛けられて――


「あ、お目覚めですか?」


 若い男の声に、シェリルはまぶたをゆっくり開く。

 そう、シェリルはこの男の声に、呼ばれて――


「すみませんね、いきなり。でも、こうするしかなくて」

「……」


 シェリルはごろんと転がった。そこでやっと、自分は知らない部屋の知らないベッドに寝かされていたことに気付く。


 仰向けになると、自分を見下ろす男を真正面から見上げることになった。

 粋な髪型に整えた茶色の髪に、いたずらっ子のように輝く目。「よっ」と言いたそうに片手を挙げる様はまさに、頼りがいのある兄貴分のようで――


「……ジャレッド、さま――」

「ええ、俺です。……ようこそ、俺の屋敷へ。エグバート様の寵愛するお嬢様を……たっぷりもてなして、可愛がって差し上げますね」


 エグバートの部下であるジャレッドはそう言い、心底楽しそうに笑ったのだった。

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