52 恋の戸惑い
今日も、いつもどおりの朝がやってきて、いつもどおりエグバートと一緒に目覚められた。
相変わらず彼は朝に鍛錬をしており、シェリルには「もう一度寝ていなさい」と言ってベッドから起きる。
だがなんとなく彼のことが気になり、シェリルは寝たふりをしてエグバートを送り出し――その後、こそこそと起きて廊下に出た。
この廊下の窓を開けると、裏庭が見える。
そうして息を潜めて待っていると、練習用の剣を担いだエグバートが現れた。
彼がシェリルにはよく分からない体操のような動きをし、素振りをするのを、シェリルはうっとりと見下ろしていた。
だが勘のいい彼は間もなく、上階から自分を見下ろすシェリルに気付いて振り返り、目を細めた。
(わっ、ばれた!)
慌てて寝室に戻ってベッドに飛びこんだシェリルだが、すぐに駆け上がってきたエグバートに毛布ごと抱きしめられてしまった。
「盗み見かな、奥さん?」
「す、すみません! あの、エグバート様が鍛錬している姿、見てみたくて……」
「謝ることではないよ。でも、まだあなたが起きる時間には早いのだから、寝不足になってしまうよ」
「で、でも、毎晩エグバート様も一緒に寝ているじゃないですか……」
相変わらずシェリルたちはおしゃべりをした後に抱きあって寝るだけなのだが、シェリルとエグバートが眠りに落ちる時間にはほとんど差がないはず。
それなのに、エグバートの方が早く起きて鍛錬するということは……シェリルの方がだらだら寝ているということではないか。
「私は昔から、睡眠時間が短めなんだ。……ほら、今日はリンジーを連れて、城に行く日だろう? 無理に早起きすると、昼になって眠くなってしまうよ?」
「うう……」
「朝食までまだ一時間以上あるはずだから、あなたはもう一度寝なさい」
「でも……」
「ああ、それとももしかして、シェリルも私と一緒に朝の運動をしたいのかな? それならせっかくだから、ここでシェリルを可愛がって……」
「寝ます! おやすみなさい、エグバート様!」
毛布の中でもじもじしていたシェリルがごろんと仰向けになって宣言すると、エグバートは苦笑しながら離れてくれた。
「……そこまで潔く切り替えなくても。可愛がるといっても、やましいことはしないのに」
「エグバート様、私をくすぐったりするんですもの……」
毛布から目だけを出してシェリルが恨みがましく言ってやるが、エグバートはどこ吹く風で立ち上がった。
「ベッドで可愛がる」となるとたいていの場合は別の意味になるだろうが、仲よし恋人状態を継続しているシェリルたちがそんなことをするのは、まだ早い。
だが少しずつスキンシップは増えていき、最近ではエグバートのいたずらな手がシェリルの腹や脇などをくすぐってきたりするのだ。
シェリルも負けじとお返しするのだが、どうやらエグバートは脇などには強いらしく、けろっとして二倍返しにされてしまう。そもそも彼にそっと押し倒されるとシェリルではじたばたもがくしかできないので、敗北は目に見えているのだ。
(くーっ……! いつか、エグバート様の弱点を探ってやる!)
朝食を食べたら、出勤するエグバートを見送る。
「今日は、夕方から女王陛下が会議に参加なさるので、私は城の食堂で夕食を食べてから帰宅する。紅茶でも飲んでから寝るくらいの時間には帰ってこられると思うから、あなたも夕食を済ませて待っていてほしい」
「分かりました。……あ、それじゃあ今日お城から帰るとき、お茶に合いそうなお菓子を探してみますね!」
「ありがとう。ただ、リンジーや護衛の者たちからは離れないように。知らない人にも、付いていかないように」
「私は子どもじゃないです。あなたの奥さんですよっ!」
しかもよしよしと頭を撫でながら言われるものだから、シェリルがむっとして言い返すと、エグバートはからりと笑ってから出ていった。
(……もし子どもが生まれても、エグバート様ならたくさんの愛情を注いでくださりそうだな……)
彼は体がとてもがっしりしているから、子どもが大きくなっても楽に持ち上げられるだろうし、一度に二、三人くらいならひょいっと抱えてしまうかもしれない。
エグバートがたくさんの子どもと一緒に遊んでいる風景を想像し――はっと我に返ったシェリルは、熱くなった頬に手を当てた。
(って、まだまだそんな段階じゃないのに! ……段階じゃない、けど)
時折、エグバートからの熱い視線を感じる。
それは風呂に入る前だったり、寝るときだったり、朝起きたときだったり。
何か言いたいことでもあるのか、と問うたけれど、彼は微笑んで言葉を濁すばかり。
だから、今すぐ彼が何かをしたいわけではないのだろうけれど……その眼差しに射すくめられたり、熱い指先で触れられたりすると、期待してしまう自分がいた。
(私は、エグバート様のことが、大好き)
彼とのふれあいはまだ緊張するし、どきどきする。
しかし……もし彼にもっと先を求められたのならきっと、戸惑いつつも頷くだろう。
(……私、こんなにエグバート様に溺れてしまっていたんだな)
はあ、と熱っぽいため息をついたシェリルは、きびすを返した。
今日は午後から、魔法研究所に行く。まだまとめきれていない報告書があるので、気持ちを切り替えてそれに取り組むことにした。




