49 衣装の感想は……?
どきどきお披露目タイム
リンジーたちに就寝を告げ、シェリルは一足先に主寝室に向かった。
(エグバート様、なんとおっしゃってくださるかな……)
普段あまり可愛らしいドレスを着ないシェリルだが、可憐なものや愛らしいものは普通に好きだ。
ただ自分では可愛いドレスは似合わないと分かっているのであえて着ないだけで、今回は寝るときにしか身につけない寝間着であるし、これを見るのはエグバートだけなので、抵抗なく着られた。
そわそわしつつ待っていると、間もなく主寝室のドアが開いた。
風呂上がりだからか、エグバートの髪はいつもより癖が少なめで、ぺったりとしている。
肌触りのいいシャツとズボン姿のエグバートは前髪を掻き上げ、シェリルがちょこんとベッドに座っているのを見ると驚いたように青の目を見開いた。
「シェリル……もう、寝るのか?」
「はい。すみません、エグバート様。私、言葉が足らなかったようで、勘違いさせてしまったかもしれません」
「勘違い? ……あなたの新しいドレスのことか?」
やはり、彼は「もう一着」をドレスだと思っていたようだ。
隣に座ったエグバートが不思議そうに見てくるのを感じつつ、シェリルはガウンのボタンを外し、するりと肩から落とした。
そうして露わになった薄ピンク色の寝間着を見、エグバートの目が限界まで開かれた。
「そ……こ、これは……?」
「これがその新しい服――夏用の寝間着なんです。仕立屋さんに勧められて……このリボンとかが可愛くて、気に入っているんです」
ガウンを取り払って脇に置いたシェリルは、「どうですか?」と両手を広げてエグバートの方に正面から向いた。
寝間着――いわゆるネグリジェだが、膝丈のスカートの下にはきちんと下着を穿いているし、その下着も腹回りを厚めにしており、冷え対策をしている。
袖のシフォンは丈が短いので両手を顔の上に上げると全部めくれてしまうが、夏場ならこれくらいが通気性がよくていいだろう。
可愛らしいデザインで、夏用なので露出もあるが、隠すべきところや温めるべきところはきちんと布で覆っている。
これなら、夏の夜の暑さが苦手なシェリルでも、快適に寝られそうだ。それに可愛らしいデザインなので、エグバートも褒めてくれるはず。
……と、期待を込めてエグバートを見るシェリルだが、すぐにさっと笑顔を消してしまった。
エグバートは、難しい顔をしていた。
眉間に薄い皺を刻み、何か考え込むように腕を組んだ姿勢のまま、びくともしない。試しに顔の前で手を振ってみたが、まばたきをするだけで彼の眼球は動かなかった。
(……もしや、硬直している……?)
剛健で強い心を持つ彼だが、案外不意打ちには弱いらしく、たまにシェリルの肌に手が触れたりといった事件が起こると、よく固まる。今の彼は、そのときの状況によく似ていた。
しばらく黙って見ていると、くるりと彼の目が動いた。
ようやく解凍されたようだが、すぐにその頬にじわじわと赤みが差していき、真横に引き結ばれていた唇も細かく震える。
「そ、その……これは、寝間着、なのか? 下着ではなくて……?」
「えっ、そうですよ?」
確かに普段着ているドレスと比べれば防御力は低いだろうが、この寝間着の下に下着をちゃんと着ている。
そう言ったのだが、エグバートは大きな手で顔を押さえ、何度か深呼吸をした。
「……そうか、そうか……これは、私の勉強不足だった……女性の寝間着が、こんなに心許ないものだとは」
「え、えーっと……やっぱり夏は、暑いですから。それとも、もっと厚着をした方がいいですか? これ、似合っていないですか?」
「ものすごく似合っている! 似合っているが……すまない。これを着たあなたが側にいて、私は自制心を保てる自信がない」
顔を伏せたままのエグバートが絞り出すように唸り――そこでやっと、シェリルは先ほどからエグバートがおかしい理由が分かった。
自制心を保てる自信がない。
それはつまり、シェリルに触れてしまうかもしれないということで――
ぽん、と音がしそうな勢いで、シェリルの顔も熱くなった。
(も、もしや夕方頃からリンジーたちが、こっちをちらちら見てきていたのって……!?)
シェリルからすると可愛らしいデザインの寝間着、で済むこのネグリジェも、エグバートからするととんでもない色気を放つ魅惑の衣装になるのだろう。
それこそ、「恋人から」少しずつ階段を上がって行っている途中なのに、色々すっ飛ばしてしまいそうなくらい――
(え、えっと、えっと……こういうときって、どう言えばいいの!?)
アリソンによればこういうときこそ、「自制心なんて保たなくていい」「あなたの好きにして」と男前な返事をするべきらしいが、そんなこと口が裂けても言えそうにない。
エグバートと一緒に寝て、優しいキスをして、愛していると囁きあうだけでいっぱいいっぱいで心が満たされる今のシェリルには、まだ早すぎた。
そしておそらくエグバートも、逡巡している。
今の間に少しずつ彼は顔を上げてきていたがまだ口元を覆っているし目尻は赤く、シェリルの方を見ないよう必死に視線を逸らしていた。これでは、彼も寝られないだろう。
「……す、すみません! あの、私としては、ただ可愛いだけの寝間着だと思ったんですが……」
「いや、その、本当によく似合っているし、とても可愛らしい。可愛いのだが……寝ているときにあなたの服に手を引っかけて破いてしまったり、変なところに手を入れてしまったりしそうなんだ」
これだけのことを言うのに、エグバートはどれだけの勇気を振り絞ったことだろうか。
シェリルはエグバートの妻なのだから、彼の手がシェリルに触れたとしても、驚きこそすれ怒るいわれはない。
……とはいえ、「たくさん触ってください」と言う勇気は湧いてこないし、エグバートも「触りたい」と言いだしそうな雰囲気でもない。
「……分かり、ました。あの、ではやっぱり、普通のに着替えてきます……」
「待ってくれ。……その、先ほど言ったようなことにはならないように、気を付ける。だから……このままでいてくれ」
シェリルはすぐに立ち上がって自分の部屋に戻るつもりだったのだが、エグバートに熱を込めて言われ、さっと横を見た。
エグバートはまだ頬や耳こそ赤いが、もう手で顔を隠すことなくしっかりとシェリルを見てきている。
「こんなに可愛らしいあなたと一緒に寝られるのなら……私は、幸せだ。繊細な布地を破いたり、手悪さなどをしたりしないように気を付けるから……その寝間着のままで、一緒に寝てくれないか?」
「……え、あの。でも、そんなの気を付けていたら、エグバート様はゆっくり眠れませんよ?」
「あなたは気にしなくていい。だから……頼む」
真剣な顔で言われると、シェリルの気持ちも落ち着いてきた。
そのまますとんとベッドに座ると、明らかにほっとしたような吐息が横から聞こえ、大きな手がシェリルの肩を抱き寄せた。
「……本当に、あなたはとても可愛らしい。正直、こんなに色気のある衣装は目に毒だが……私だけしか見ないのならば、それもよいものだと思う」
「もちろんですよ! これを見たのはリンジーくらいで……他の人には絶対に、見せません!」
「そうしてくれ。……色々騒いで、すまなかった。そろそろ寝ようか」
「私こそ、ちゃんとお話ししなくてすみませんでした」
シェリルも謝ると、エグバートはぎこちなくも笑ってくれた。そうして彼はシェリルをベッドに寝かせ、自分もその隣に寝転がった。
なんとなく足元が心許なくて、シェリルはもぞもぞと太ももを擦り合わせた。
「寒いか?」
「いいえ、この季節だからこれくらいがちょうどいいです」
「そうか。……やはり夏は、あなたを抱きしめて寝たら暑苦しいか?」
遠慮がちに問われ、シェリルは困ったような顔のエグバートを見てくすっと笑った。
「そんなこと思いませんよ。むしろ私は汗掻きなので、エグバート様が不快にならないかの方が心配です」
「あなたの汗なら、不快に思うはずもない。唇を当てれば、きっととても甘い味がするだろう」
「間違いなくしょっぱいので、舐めないでくださいね?」
「……了解した」
め、とエグバートの唇に人差し指を当ててわざと怒った顔をすると、彼はすんっと素直になって頷いた。
そうしているとどちらからともなくくすくす笑い始め、二人は子猫がじゃれているかのように抱きあった。
エグバートが腕を伸ばしてベッドサイドの明かりに蓋を被せると、寝室は淡い闇に包まれる。
「……式典は、三日後か」
「そうですね。緊張しますが……頑張ります」
「無理だけはしないように。……あなたのドレス姿、とても楽しみにしている」
「ええ、期待していてくださいね」
薄闇の中で微笑みあい、ちゅ、と微かな音を立ててキスをする。
「おやすみ、シェリル」
「おやすみなさい、エグバート様」
囁きあい、目を閉じる。
シェリルの腰を抱くエグバートの手は、いつもよりは遠慮がちな気がしたが、その手つきさえ愛おしくて、シェリルは穏やかな眠りに落ちていった。




