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46 魔道士になれなかったわけ

 ぺらり、と書類を捲る音が、狭い部屋に響く。


「……なるほど。エグバート殿は、魔道士として順調に成長しているようだね」

「はい。魔力量は別として、エグバート様はとても熱心に集中して取り組まれるので、コントロール力は抜群だと思います」

「確かに」


 シェリルの言葉にテレンスは満足そうに頷き、書類を置いた。


 今日、シェリルは定期報告のために魔法研究所を訪れたついでに、エグバートの魔法の練習結果についてテレンスに報告していた。


「君とエグバート殿が結婚して三ヶ月、魔法の訓練を始めて二ヶ月――それでこれだけの成長なら、十分だ。彼のことを、しっかり褒めているか?」

「はい。最近はエグバート様も、私に甘えてくださるようになったので」

「それはいいことだね」


 テレンスはおっとり笑った後、表情を引き締めた。


「……私もいくつか仮説を立てていたのだが、君とエグバート殿の報告を聞いて、確信が持てるようになった。エグバート殿がこれまで魔道士として目覚められなかったのは――彼の才能の問題ではない。周囲の環境が原因だろう」

「……」

「まだ類似例が多くないので詳しいことは私も分からないがね。……多くの魔道士は、だいたい五歳から十歳の間に最初の芽生えを感じ、魔道士としての訓練を受け始める。だがその頃、エグバート殿は前王妃を亡くし、たった一人で辛い立場に置かれていた」


 ……そう、いつぞやの三色ドレスのように、「魔道士であることが、王族の条件」と謳う者たちに囲まれ、エグバートは成長した。


「当時の王宮事情を振り返ると――第一王子ウォルターは妾妃の子でエグバート殿より五歳年長であり、魔道士の素質があった。第二王子エグバートは王妃の子だが魔道士の素質がなく、後ろ盾にも乏しかった」


 ミルワード夫人は書類上はエグバートの養母だが、彼女はエグバートのために何もしなかった。いわゆる元妾妃派たちのような攻撃はしないけれど、かといって守ってやったわけでもない。


 ウォルターも、エグバートに嫌がらせをしていたようだ。となると当時の王宮では、「どちらが王太子になるのか」というのが噂になっていただろう。


 そこまで考え、シェリルははっとした。


「……エグバート様がもし魔道士の素質を発揮したら、もっと大きな継承問題になっていた……?」

「きっとそうだろう。もしエグバート殿が魔道士だったなら、第二王子とはいえ王妃の子である彼を支持する者も出てきたはず。そうなると……現実以上に、王宮は荒れていただろう。もしかすると、過激な者たちがエグバート王子を暗殺しようと動いていたかもしれない」


 シェリルは、ぎゅっと拳を握った。


 もし、テレンスの予想が正しいのならば。

 エグバートは周りの圧力の中――無意識のうちに、自分の才能を封じ込めていたのかもしれない。


 魔法を使えるようになったら、城が荒れる。自分の命が狙われるかもしれない。

 それくらいなら、魔法は使えないままの方がいい。


「エグバート殿本人が無意識のうちに自分に念じていたのかもしれないし……周りの者たちが『おまえは魔道士になってはならない』と、圧力を掛けていたというのもあるだろう。何にしても、エグバート殿が才能を持ちながら二十四歳になるまで発揮できなかったのは、あの膿んだ王宮の空気が原因だ」

「……あの、では、それでもエグバート様が魔法を使えるようになったのは――」

「君のおかげだろう」


 そこでテレンスは表情を緩め、優しい眼差しでシェリルを見てきた。


「魔法の才覚は、本人の精神力に大きく左右される。……自分を束縛するものがなくなり、君との生活に幸福を見出していた彼だから、魔法の粒子が見えるようになった。そして君に励まされ、寄り添ってもらえるようになったから、彼は遅ればせながら魔道士として育つことができた。間違いなく、君の影響だよ」

「……私の」


 テレンスは言うものの、シェリルとしては特別なことをした覚えはない。


 ただ、女王の命令とはいえエグバートとの結婚生活を無味無臭のものにしたくなくて、「恋人から始めましょう」と提案した。

 彼のことが知りたくて、歩み寄ってみた。


 その結果、彼は自分の過去から立ち直れただけだ。


「魔道士であることが、全てではない。……だが、全てではないと分かっているエグバート殿だからこそ、彼はこれからきっと、自分の力を正しく使っていけると、私は思っている」

「……はい、私もです」


 魔法が使えなくて辛い思いをしたから、周りから心ない言葉を掛けられて傷ついたから、彼は優しくなれる。

 エグバートはそういう人だと、シェリルも知っている。


 だから、シェリルはこれからも彼の側にいたい。

 あの大きな手を取り、隣を歩いていきたいと思えるのだ。













 魔法研究所を後にしたシェリルは、控え室で待ってくれていたリンジーを伴い帰宅することになったが、道中で休憩時間らしいアリソンを見かけた。


「あっ、アリソン」

「……ああ、シェリルか。今日も魔法研究所に顔を出したのか?」

「うん、報告書を出そうと思って」


 ……そう言ってアリソンの方に歩み寄るが、テレンスのことは話題に出さない。魔道士として順調に成長しているエグバートだが、そのことを知っているのはディーンと男爵家の使用人だけにしているのだ。


 騎士団服姿のアリソンは「そうか」と笑うと、ふと、自分の背後の方を親指で示した。


「……見てみろ、シェリル。あの連中、君を見て尻尾を巻いて逃げていったぞ」

「へえ……」


 彼女の肩越しに見やれば、こちらの方を伺いながらこそこそ逃げていく男女が。男性も女性もそれほど華美でない服装なので、何かの用事で城に来た際、立ち話でもしていた下級貴族だろう。


 そして、彼らがシェリルを見て逃げていったとなれば。


「私たちの悪口でも言っていたのかな」

「ああ、まさにそうだ。不敬罪に当たることであれば突き出してやろうとここで聞いていたのだが――まったく。逃げるくらいなら、こんなところで話さなければいいものを」


 アリソンはやれやれと肩を落とすが、シェリルは笑ってしまった。


「そりゃあ、後ろ暗いことを話題にしているのなら逃げるでしょう」

「……シェリル、君、随分あっけらかんとするようになったな」

「だって、陰口に心を病ませる必要はないって分かったのだもの」


 前にジャレッドも言っていたが、エグバートは最近、悪口を言う者に正攻法で立ち向かうようになったそうだ。


「不良品」も「廃品」も、今や彼を縛る鎖ではなくなっている。

 ならば、シェリルだって堂々とし、もし悪口を言われても鼻で笑ってやればいい。突っかかってこられたら、シェリルだって反撃するつもりでいる。


 もしそれでもしつこい者がいればアリソンたちが忠告するだろうし、最終的にはディーンの剣の錆になると分かってもらえれば、皆諦めるはず。


(ちょっと前なら、父様たちに頼るのは情けないって思ったかもしれないけど……それは違うな)


 頼るべきときには、頼ればいいのだ。

 ディーンだって最近はエグバートのことを認めてくれているようなので、もし婿がいわれなき中傷を受けているのなら、彼は剣を取るくらいするだろう。


「父様もアリソンもジャレッド様も、私たちの仲間だから。皆の協力を仰ぎながら、私たちはやっていきたいと思っている」

「ああ、それでいいだろう。だが……あのジャレッドとかいう男は、信頼できるのか?」

「アリソンは、信頼していない?」


 シェリルが問うと、アリソンは少し困った顔になった。


「そういうわけではない。エグバート殿に対する忠誠心は素晴らしいと思うし、彼が裏切るはずもないと思う。だが……少々危なっかしい気がするし、なんというか、得体が知れない」

「……ま、まあ確かに、秘密主義っぽいところはあるね」


 シェリルもジャレッドが「少々危なっかしい」というところには、おおむね賛成だ。

 あけすけにしゃべっていながら自分の本心は隠していそうなところもあるので、アリソンが警戒する気持ちも分からなくもない。


「でも、普通にいい方だし、気さくで情報通なんだよ」

「そのようだな。……そういえばそのジャレッド殿、恋人でもいるのではと噂になっているな」

「えっ、そうなの?」


 ジャレッド本人はそんなことを言っていなかったのでシェリルが問うと、アリソンは首を捻った。


「あくまでも噂だ。非番の日に見かけたとか、城下町の外で屋敷を買ったらしいとか、そういう程度のことだ。それらを見て、ジャレッド殿が一般市民の娘との恋に落ち、彼女と一緒に住む屋敷を買ったのでは、と思われているそうだ」

「噂の一人歩き状態だね……」


 だがもしその噂が本当だとすれば――それはジャレッドにとって、いいことだろうと思う。

 エグバートだって、もしジャレッドが結婚して城下町の外で暮らすということになっても、笑顔で祝福するだろう。彼も、昔なじみのジャレッドのことを気にしている様子なのだ。


(みんなが幸せになれる道があればいいな)


 そうは思うのだが――まだ今のエンフィールドは絶対に平和とは言えないのは、確かだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ジャレッド…いい人だと思いたいねぇ… 下手するとホントに人間不信に為りかねん… ま、シェリルがいるから大丈夫だとは思うけど…
[一言] ジャレッドが旧王国軍と繋がっていたら嫌だな~と思う今日この頃。 エグバートの心の平安の為にもね。
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