27 男爵令嬢VS暇人②
青ドレスと緑ドレスが「かわいそう」「お辛かったでしょうね」と言う傍ら、赤ドレスがどこか哀れむようにシェリルを見つめてきた。
「わたくしたち、マーガレット様からエグバート様のお話を常々伺っておりましたの。王族でありながら魔力を持たずにお生まれになったエグバート様はマーガレット様になかなか懐かず、教育にも苦労なさったとか」
「せっかく、冷遇されていた立場からマーガレット様に助けていただいたのに、むごいことをなさいますわよね」
「ですから、シェリルさんもそんなエグバート様にひどい扱いをされているのではないかと……わたくしたち、心配でして」
そうして三人は顔を見合わせるとくすくす笑い、「『廃品』ですものね」「おかわいそうな、シェリルさん」「女王陛下も、無理な命令をなさること」と、好き勝手に言い始めた。
(……なるほど。この方たちはいわゆる、元妾妃派なのね)
噂には聞いていたが、ここまで堂々としているとは思わなかった。むしろ、どこからこの、堂々としていても大丈夫だという自信が湧いてくるのかが疑問だ。
ミルワード夫人のことは、完全に信頼するには至っていない。それどころか今、赤ドレスの話を聞き、ますますあのぽややんとした女性を信用しようという気が失せてきた。
(なかなか懐かなくて、教育にも苦労した? エグバート様はそんなこと、一言もおっしゃらなかった)
エグバートの言葉と赤ドレスの言葉、どちらを信頼するかと問われれば、夫の方だと即答できる。
ミルワード夫人は取り巻きには、「養子を頑張って育てようとしたけれど、反抗された」のように嘯いていたのかもしれない。
こうしてわざわざ使用人用廊下をうろついてまでしてシェリルに接近してくる彼女らの意図はよく分からないが、お触り禁止案件だということはよく分かった。
「……そうですか。当時は私も田舎におりましたので、そのようなことは存じておりませんでした」
シェリルがしれっとして言うと、明らかに赤ドレスがむっとした。
もしかすると、夫の過去を聞いてショックを受けるなり、戸惑うなりすると期待したのかもしれない。
(……なんだか、すごく嫌)
エグバート自身も気にしている、魔力を持たないがゆえに冷遇されたことをわざわざ指摘したり、ミルワード夫人とエグバートの仲がよくなかったことをエグバートのせいにしたり。
(……やられっぱなしは、嫌だ)
シェリルは胸に手を当てるとすうっと息を吸い、「釣り針」を差し出すことにした。
「私、まだまだ不勉強でして。夫が魔力を持たないことは存じておりますが……それほどまで重大なことなのでしょうか?」
田舎から出たばかりの無知な小娘を装いシェリルが問うと、青ドレスはにやりと笑い、緑ドレスはくすりと笑い、赤ドレスは自信満々に頷いた。
「ええ! 魔道士であることが、王族の条件。その点、マーガレット様のご子息であられたウォーレス殿下は素晴らしいお方で……」
――引っかかった。
「まあっ! なりませんよ!」
赤ドレスの言葉を遮り、シェリルは声を上げた。
廊下のあちこちからこちらの様子を窺っていた使用人たちが、シェリルの方に注目する。
(……エグバート様を馬鹿にしたこと、後悔すればいい!)
シェリルは首を傾げると扇で口元を覆い、「なんということでしょう」と首を横に振った。
「今のお言葉では……マリーアンナ陛下が女王にふさわしくない、ということになってしまいます」
「えっ」
赤ドレスが、絶句した。
緑ドレスと青ドレスも遅れてその意味に気付いたようで、それまでの腹立たしい笑みを消してさっと青ざめる。
そう、マリーアンナは剣術によって革命を起こした革命女王であり、彼女は魔道士ではない。
カミラ王女を始めとした三人の王子王女たちは皆魔道士だが、それは王配テレンスの遺伝だろうと言われている。
魔道士であることが王族の条件、という言葉。
それは――女王を貶したに等しい発言だ。
案の定、陰から話を聞いていた使用人たちもさっと色めきだち、数名が足早に去っていく。
緑ドレスと青ドレスが「なっ! あいつら!」「召使いの分際で、告げ口を!?」と甲高い悲鳴を上げる中、赤ドレスはわなわなと震え、憎しみの籠もった眼差しでシェリルを睨んできた。
「このっ……! よくもわたくしを嵌めたわね!?」
「な、何をおっしゃるのですか?」
「おまえが余計なことを言って、わたくしの口を割らせたのでしょう!」
「えっ……でしたら私が嵌めたのではなく、ご自分が普段から思ってらっしゃることを口になさっただけでは……?」
シェリルが無邪気を装ってとどめを刺すと、赤ドレスは今度こそ言葉を失い、肩を震わせて壁に寄り掛かってしまったのだった。
上級官僚らしい貴族たちに詰問されても、赤ドレスたちはきゃんきゃん喚いて己の無実を訴え、泣きつき、あまつさえ「あの泥臭い平民女が、魔法でわたくしたちに思ってもないことを言わせた」と責任転嫁する始末。
だが官僚が自白に近い効果のある魔法薬を飲ませたところ、彼女らはあっさりと自分たちの非を認めただけでなく、「マーガレット様のためになると思った」と言いだしたという。
ちなみにその魔法薬は日常でも使用され、基本的には「気持ちを大きくし、素直になる」という効果がある。自白魔法と違って違法ではないので、医術でもよく使われていたし、普通に店で買える品だ。
その効果は想像以上だったがおそらく、「本人たちも自分が失態をかましたと分かっているから油断し、効果が大きめに出たのだろう」と、城仕えの魔法薬師は説明したそうだ。普通なら、君主への不敬な気持ちを抱いていても、魔法薬ごときで自白できるはずがなかった。
そういうことで三色ドレスたちは女王への不敬罪ということで処分を受け、彼女らの父親にもきつい「おしおき」が下されたという。
さらに、彼女らにとってとどめになったのが――
(まさか、ミルワード夫人が叱責なさるとは……)
すっかりあたりが暗くなった頃、馬車に揺られながらシェリルは思う。
話を聞いたらしいミルワード夫人の使者が城を訪れ、「夫人は、ご子息エグバート様とその奥方であるシェリル様に無礼な口を利いた者について、お怒りでらっしゃいます」と告げたのだった。
まさか敬愛していた元妾妃からも見放されるとは思っていなかったようで、三色ドレスたちはついに泣き崩れ、父親に引きずられるようにして城を後にした。
(どうも彼女らは、戦死したウォーレス王子の妃候補だったそうだけど……こんな手を使って私たちを貶しても、何にもなるはずないのに)
もしかすると、シェリルやエグバートを馬鹿にして悲しませることで、ミルワード夫人に褒められるとでも勘違いしたのかもしれない。そうでなければ、あんな高圧的な態度で迫ってきたりしないだろう。
馬車は夕方の城下町を抜け、ウォルフェンデン男爵邸の前に停まった。
「すっかり遅くなっちゃったわね。連れ回してごめんなさい、リンジー」
「いえ、私は一向に構いません。それより……あのときお嬢様のお助けになれなかったことが、心苦しくて」
真面目なメイドが痛みを堪えるような表情で言うので、シェリルは笑顔で首を横に振った。
「それは違うわよ。あなたが前に出ないように指示したのは、私だもの」
それに、結果として喧嘩はシェリルの勝ちになったが、勝利が確約されていたから喧嘩を買ったわけではない。シェリルにも、反省する点は大いにあるのだ。
「……お叱りなら、後でエグバート様から受けるわ」
「お嬢様……」
「あなたは、気にしないで。私の我が儘だから、ね?」
リンジーを励まして一緒に屋敷に入るシェリルだが、内心かなり緊張していた。
エグバートからは、一通の手紙が届いている。
そこには、「今日、帰ったら話をさせてくれ」という短い一文だけが書かれていたのだった。




