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26 男爵令嬢VS暇人①

 エグバートとの初授業の翌日、シェリルは報告書についていくつか確認したいことがあるということで、城の魔法研究所に呼び出された。


 まさかとんでもないミスでもあったのだろうか、と青ざめたシェリルだったが、諸々のついでに伝言を伝えてくれたジャレッド曰く、「そこまで重大じゃないので、今日中なら十分間に合うそうです」とのことなので、ひとまず胸をなで下ろし、城に戻る彼の馬車に同乗して登城することになった。


「いつもお世話になっています、ジャレッド様」

「お気になさらず。むしろ、こんなに可愛らしいお嬢様のエスコートをできるのですから、俺は幸運ですよ!」

「は、はあ、そうですか……」

「あ、ご心配なく! まさか、エグバート様の大切な奥方に手を出すわけありませんからね。敬意を持って送らせていただきますよ、お嬢様」


 そう言ってジャレッドは粋にウインクをするが、話を聞いていたリンジーが「念のため」と怖い顔で彼に迫った結果、リンジーも一緒に城に行くことになった。

 どうやらジャレッドは、リンジーにはあまり信用されていないようである。


「お城の様子は、いかがでしょうか」


 道中、シェリルはジャレッドに聞いてみた。

 シェリルも魔法研究所付近にはしばしば顔を出すが、ジャレッドたち騎士やエグバートたち文官が働く場所を歩くことはほとんどない。だから、マリーアンナの世で貴族たちがどのような動きをしているかは、よく知らないのだ。


 シェリルの問いに、後頭部で手を組んで胸を反らしたジャレッドは少し考えたようだ。


「そうですね……一年前と比べると、かなり落ち着いてきた感じでしょうか。あの頃は、厄介でしたよ。今以上に、女王陛下に不満を漏らす者がいて」

「……そうなのですか」


 革命の象徴として尊敬されるマリーアンナだが、百人が百人、彼女に従っているわけではない。

 先代国王によって虐げられていた者――平民や騎士階級、反王家の貴族など――は豪快で斬新なマリーアンナの方針に賛同を示すが、先代国王におもねり甘い汁を啜っていた貴族たちは、明らかに敵視している。


(旧王国軍もまだあちこちに散っているみたいだし……太平な世になるまでは、まだ時間が掛かりそうだな)


 旧王国軍について尋ねてみると、ジャレッドは苦い顔で頷いた。


「旧王国軍も、厄介なんですよ。あいつら、王都からは追放されているけれどあちこちで悪さをしていて。こういうのは一箇所にまとめて殲滅した方がいいんですけど、なかなかいい案が思い浮かばないみたいでして。あいつら絶対エグバート様の邪魔にもなるんで、俺としてもさっさとぶちのめしたいところなんですよ」


(まるで害虫駆除の方法みたい……)


 そういえば村で暮らしていた頃、害虫被害に困っていたときも特製の餌を作って一箇所に集め、火を放って焼却処分した覚えがある。


「さすがに王城にいる連中は、表立って反抗はしません。でも腹の内では鬱陶しいことを企んでいるでしょうし、仲間内ではひそひそこそこそしあっています。お嬢様も、気を付けてくださいね。ああいうの、お嬢様みたいなお方がだーい好きで、絶対話のネタにしたがりますから」

「……分かりました。気を付けます」


 ジャレッドは軽い口調で言ったが、シェリルはそれも彼なりの優しさだろうと思い、しっかりと頷いた。











 魔法研究所への用事自体は、すぐに終わった。


「お嬢様はすごいですね……私、あの書類を見ても何のことかちっとも分からなかったです」

「あれは確かに、専門的な用語をたくさん使っているし、図式も多いからね。分からないのも仕方ないわよ」


 リンジーを伴って王城の廊下を歩きながら、おしゃべりをする。


 この廊下は使用人用で、貴族たちが使うことは滅多にない。

 そのためすれ違うのも使用人や下級官僚、見習い騎士などばかりなので、魔法研究所の紋の付いたローブ姿のシェリルは浮かないし、おしゃべりを控える必要もなかった。


「それより……今日はいい天気だし、せっかくだから少し町に寄ってから帰らない? このまえ、サムが教えてくれた新しいお菓子屋さん、リンジーも見に行きたいって言っていたでしょう?」

「いいですね。……若旦那様へのおみやげも、買えるかもしれませんね」


 シェリルの提案に、リンジーも楽しそうに乗ってくれた。


 リンジーは男爵家のメイドだが、王都の商家出身の中流平民階級だ。

 最初の頃は遊びに誘っても「お嬢様のお相手なんて、滅相もございません」と遠慮されたのだが、当時同居していたアリソンも含めた三人で過ごすうちにだんだん肩の力を抜き、散歩や買い物、遊びなどにも快く付き合ってくれるようになった。


 ちなみにリンジーには年下の婚約者がおり、彼が父親の跡を継ぐ頃に結婚する予定になっていた。だが彼女はもし結婚しても男爵家のメイドを辞めるつもりはないらしく、「いずれお嬢様のお子様のお世話もします」と息巻いている。


 お嬢様のお子様――つまり、シェリルとエグバートの子ということになるが二人はまだそこまで到達していないので、リンジーが野望を叶えるまでにはまだまだ時間を要しそうだ。


(でもいつか、エグバート様と……)


 考えるだけでぽっと頬が熱くなったので、シェリルはさっと胸元から扇を取り出し、誤魔化すように扇いだ。赤くなっているかもしれない顔も隠せるので、ちょうどいい。


「そ、それじゃあ馬車を拾って、中心街あたりで降ろしてもらいましょう。確か、そのあたりにお店ができているって……」


 そこで、シェリルは口を閉ざした。

 自分たちの前方にいる使用人らしき女性たちが、慌てた様子で走り去っていったのを見たからだ。


(……どうしたんだろう?)


 廊下に変なものでも落ちていたのだろうか、と思いつつシェリルは廊下の角を曲がった――ところで。


「……あら」

「あなたは確か、ウォルフェンデン男爵のご息女ではなくて?」


 その先の廊下に転がっていたのはゴミではなく、華やかなドレスを纏った女性三人組だった。

 赤、青、緑のドレスの女性たちは、明らかに使用人階級の者ではない。


(……どこの誰か知らないけれど、貴族のお嬢様だ。どうしてわざわざ、この廊下へ――)


 そう思ったが、そういえばアリソンが、「貴族の中には『視察』と称してわざわざ使用人の通路へ行き、いちゃもんをつける者がいる」と言っていた。

 そんな者がいるのだろうか、と当時は思っていたが、いた。


 三人の中では赤ドレスの女性がリーダー格らしく、彼女は鉢合わせる形になってしまったシェリルを見ると、ほんのり微笑んだ。


「ごきげんよう。男爵のご息女が、なぜこのような場所へ?」


 それはこちらの台詞だ、と言いたくなる気持ちを堪え、シェリルはローブの裾を摘んでお辞儀をした。


「シェリル・ウォルフェンデンでございます。本日は魔法研究所に呼ばれたため、王城に参りました。お話し中のところをお邪魔して、失礼しました」

「まあ、お待ちなさいな」

「わたくしたち、一度あなたとお話がしたいと思っていましたのよ」

「今、わたくしたちの間でもあなたがたご夫婦は噂になっておりますの」


 さっさと逃げようとしたが、阻止された。暇人なのだろうか。


 だがたかが一代男爵の娘――しかも養女にすぎないシェリルが「いやです」と言えるはずもなく、彼女は困った表情のリンジーに目配せした後、女性たちに微笑みかけた。


「それは嬉しいことです。でも……申し訳ありませんが、ご存じのとおり私はしがない男爵の娘で、元は平民です。お嬢様方のお話のお相手には力不足かと存じます」

「まあ、まあ。そんなことありませんのよ」

「わたくしたちが誘ったのだから、気にしなくていいの」

「あなたにしか聞けない話も、ありますものね」


 赤、緑、青の順で言い、おほほほほ、と笑いあう。

 本当に、暇人である。


「シェリルさん……でしたっけ? あなたが一ヶ月前にエグバート様とご結婚なさったということで、わたくしたちも気になっておりましたの」

「武勲を立てた男爵のご息女と、廃嫡された元王子の結婚。これほどロマンチックな婚姻、滅多にお目に掛かれませんからね」


 シェリルからすれば別にロマンチックでも何でもないので、「そうですか」としか言えない。


(早いところ切り上げて、リンジーと一緒にお菓子を買いに行きたいのに……)


 そもそもこの女性たちは明らかに、シェリルのことを馬鹿にしている。

 普通、シェリルのことは「男爵令嬢」と呼ぶべきだ。それなのにしつこいくらい「男爵のご息女」と言うのは――おまえは厳密には貴族ですらない、というのを暗に示しているのだろう。


「エグバート様には、とてもよくしていただいています。最初は突然の結婚命令で戸惑うことも多かったのですが、今ではエグバート様と夫婦になれて、よかったと思っています」

「まあ、そうですの?」

「意外です。てっきり、愛情のない結婚だとばかり」

「わたくしたち、エグバート様を押しつけられたあなたのことを気の毒にさえ思っておりましたの」


 シェリルは当たり障りがなく、それでいてエグバートを持ち上げるように言ったのだが、どうやらその返答は令嬢たちのお気に召さなかったようだ。


(気の毒……そんなのよく、私の前で言えるな)


 間違いなくこの令嬢たちは、かつてエグバートのことを「不良品」扱いした者たちだろうと、シェリルは三人を敵認識した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 愛しのエグバートがバカにされてるぞ! さぁ!反撃だ!(笑)
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