22 陽気な騎士について
ジャレッドはエグバートへの報告を終えると、帰っていった。
食事もまだらしいので、これから夜勤だというのでせっかくだから夕食でも、と誘ったのだが、「俺、そこまで無粋じゃないですよ」と笑って断られた。
(ジャレッド様、とても明るい方だな……)
冷遇されているとはいえ王妃の息子という身分のエグバートに対し、ジャレッドは臣下としての立場は貫いていても、とても気さくな友人のような態度で接している。
夕食の席で、シェリルはジャレッドのことを話題に出してみることにした。
「ジャレッド様は、エグバート様ととても仲がよろしいのですね」
「まあ、そうだな。彼とは、生まれたときからの仲と言ってもいいんだ」
「生まれたときから? ……でも確か、お二人は寄宿舎学校時代からの仲だと伺っていましたが」
確か以前、ジャレッド本人がそのように言っていたはずだ。
シェリルの問いに、エグバートはゆっくり頷いた。
「ああ。……私の母が隣国からエンフィールドに嫁ぐ際、数名の使用人を連れていた。その侍女の一人が、ジャレッドの母なのだ」
侍女は、主君である王妃とほぼ同時期にキャラハン侯爵家の子息と結婚することになった。
奇しくも主君と同じく、夫婦の間に愛情があるから成立した婚姻ではなく、王妃の祖国からやってきた者を取り込んでしまおうという策略によって、半ば強制的に嫁入りさせられたという。
だが国王に愛されなかった王妃と違い、侍女は夫にそれなりに大切にされ、ジャレッドの兄にあたる息子たちを次々に出産した。なかなか子を産めなくて悩んでいた王妃もその頃にやっと懐妊し、「子どもが生まれたら、あなたを乳母にしたい」と元侍女に言っていたという。
だが元侍女の侯爵夫人はジャレッドを生んで間もなく、産褥死した。
侯爵と兄二人は侯爵夫人の命を奪ったということでジャレッドに冷たく当たった上、エグバートが魔道士の素質を持たなかったということで王妃をも見捨てて国王派に乗り換えたのだ。
そういうことで、何事もなければ乳兄弟になっていたはずのエグバートとジャレッドは会う機会がなく、二人とも「家族から離れるため」という同じ理由で騎士団の寄宿舎学校に入学した際に、やっと知り合うことができたという。
「ジャレッドは侯爵夫人付きだったメイドから、私のことをよく聞かされていたそうだし、私もキャラハン侯爵夫人のことは聞いていた。……自分と似たような境遇になってしまったジャレッドを、私は学友として迎えた。以降も積極的に側に置いてきたからか、彼は今でも私のことを一番に行動しているのだ」
エグバートの説明に、なるほど、とシェリルは二人の関係性に納得した。
(主従にしては気さくだし、かといって馴れ馴れしいほどではないし、って思っていたけれど、そういう過去があったんだ)
「だからジャレッド様は父様の部下になっても、よくエグバート様に会いに来られているのですね」
「そのようだ。ウォルフェンデン男爵も、婿になった私の監視係としても優秀だと思って、ジャレッドを使っているそうだ」
「なるほど……。では、ジャレッド様は三男ということでご実家を継ぐこともないので、これからも父様の部下として働かれるのですね」
「……そのことだが。実はもう、キャラハン侯爵家は存在しない」
「えっ?」
「キャラハン侯爵家は、女王陛下によって取り潰し処分を受けた貴族の一つなのだ」
キャラハン侯爵とその息子二人は、革命戦争時も先代国王に荷担した。
国王に味方し、この革命を乗りきればきっと今以上に目を掛けてもらえる。そう狙った彼らは領民から凄まじい額の税を巻き上げ、兵力として領民を動員させ、革命戦争に参加した。
だが結果は、国王軍の敗北。幸か不幸かマリーアンナの戦闘方針により領民の戦死者数は抑えられたが、目先の利益に眩んで領民を虐げた侯爵がこれから先もやっていけるはずがない。
当時、ジャレッドだけは国王派ではなくエグバート個人に従っていたし、無力ではあったが父や兄たちが領民を虐げているときにも反対の声を上げていた。
そういうことでマリーアンナは侯爵と二人の兄たちだけ処分してキャラハン侯爵家を取り潰し、「ただのジャレッド・エマニュエル・キャラハン」として彼をディーンの部下とすることにしたのだという。
(……そんな過去があったなんて)
あの明るく気さくな青年騎士の壮絶な過去や家族関係を知ってシェリルは口を閉ざしてしまったが、エグバートが柔かい声で名を呼んだので顔を上げる。
「ジャレッドは、実家の取り潰しも自分への処分も、全て甘んじて受け入れた。そして今も男爵の部下として働くことに、一切後悔をしていない」
「……」
「だからそんな彼を、私も受け入れているんだ。……少々自分の幸福に鈍感なところがあるが、女王陛下の治世が長く続けばいずれ彼も、過去から完全に立ち直ってくれると思う」
「……そう、ですね。それならそのためにも、エグバート様が幸せにならないといけません」
「私が? ……いや、なるほど、確かにそうだな」
エグバートはシェリルの言葉に一瞬不意打ちを受けたように声を裏返らせたが、納得がいったように微笑んだ。
「彼は……今でも私のことを主君として見てくれる。ならば、私こそ彼の先に立って模範を示さなければならないな」
「あはは……そういうことですね」
シェリルが考えていたものとは少し違う形だが、これはこれでエグバートらしい解釈だから、いいと思う。
正面には、穏やかな表情をするエグバートが。
彼を見ていると、ほんの少し胸の奥がうずうずして、妙に緊張してくる。
(なんだろう、この感覚……)
これまでの二十年間の人生で、こんな気持ちになったことはない。しいて言うなら、革命戦争の最後に王城に乗り込む仲間たちを見送ったときの緊張と似ているかもしれないが。
(……くすぐったくて、なんだか幸せだな)
シェリルは、微笑んだ。
向かいの席で夕食を食べる手を再開させていたエグバートはシェリルを見るとまばたきし、そしてぎこちないながらも柔らかい笑みを返してくれた。
食事を終えた後、シェリルは魔法研究の報告書を書き、エグバートも「書きものがある」ということなので、解散することになったのだが。
「……ん?」
「どうかなさいましたか?」
シェリルは一階の奥にある研究部屋へ、エグバートは二階にある自室へ向かう途中の、階段の手前。
何気なくシェリルの研究部屋の方を見やったエグバートが声を上げたので振り返ると、彼は顎に手を当て、「いや」と呟いた。
「あなたの研究部屋の方から、光が漏れている気がした。明かりを点けっぱなしにしていたのか?」
「えっ? いえ、今日は日が落ちてからは使っていないので、明かりは点いていませんが……」
「そうか? ……それなら私の気のせいだろうな」
エグバートは肩をすくめると、「集中するのはいいが、休憩もするんだよ」と優しく言ってから、階段を上がっていった。
(……明かり?)
シェリルは腕を組み、研究部屋の方を見やった。
先ほど言ったように、明かりは点いていない。
(……え? もしかして――)




