19 嫁と姑の会話②
「そうだわ。この前、エグバートに叱られたの。私、シェリル様に失礼なことをしてしまったようで……」
「え、っと……それは、髪飾りのことですか?」
「ええ、そうよ。私、息子のお嫁さんに贈り物をするのが夢で……。ウォーレスは独身のまま死んでしまったから、せめてエグバートのお嫁さんには素敵なものを差し上げて仲よくなりたいと思っていたのだけれど、迷惑だったそうで……」
「そ、そんなことはありません!」
しおしおとして言われたので、シェリルは慌てて言い返す。
エグバートのことだから、事実は言ってもわざわざミルワード夫人を責めるような言葉は使わなかったはずだ。少なくとも、「迷惑」とは言わず、やんわり遠回しに言ってくれたのではないか。
周りの使用人たちがじろりとこちらを見る気配がしたが、傍らにいたリンジーが負けずにじっと睨み返している。
シェリルはこほんと咳払いし、笑顔を心がけた。
「私はご覧のとおり、地味でぱっとしない娘です。ですので、ミルワード夫人が贈ってくださった髪飾りはあまりにも華やかすぎたのです。私の平凡な顔では、もっと……小さな花の方が似合うのでは、と夫も言っておりました」
ここまで自分の顔を卑下するのはあまり気が進まないが、ミルワード夫人が落ち込むよりはましだと思い、「髪飾りがいけないのではなく、地味顔な自分が悪いのだ」という方向に持っていくことにした。
すると夫人はまばたきし、ほっとしたように肩を落とした。
「あら……そういうことでしたのね。ごめんなさい、シェリル様。今度はもっとあなたのことを考えて贈らせてもらうわね」
「ありがとうございます」
ここで「そんなことはありません」と言わないのが、この夫人なのかもしれない。
髪飾りのことはここでひとまず解決ということにし、シェリルは使用人が淹れた茶を一口啜った。
(……あ、おいしい)
「甘くて香りがよくて、素敵なお茶ですね。果物の酸味もあるのにすっきりとしていて、後味も楽しめます」
「まあ、あなたもそう思う? このお茶は、私のお気に入りなの。少し入手が難しいものなのだけれど……もし気に入ったのなら、少し持って帰らない?」
「よろしいのですか? ありがとうございます」
シェリルが素直に茶を褒めると、夫人は嬉しそうに目を細めた。よくも悪くも素直な人みたいだ。
茶だけでなく、菓子も普通においしかった。
「療養中」とは名ばかりで追放処分の身の上の夫人なので、そこまで高級なものを普段から口にはできない。それでも与えられた金で、できる限り満ちた生活を送れるようにしているのだろう。
ひとまず茶と菓子を楽しんだところで、ふとミルワード夫人が真剣な表情になってカップを下ろした。
「……シェリル様。エグバートとは、うまくやっていけていますか?」
この手の質問は、アリソンにもされた。
シェリルはきちんと背筋を伸ばし、頷く。
「はい。エグバート様は私にも非常にお心を砕いてくださり、いつも優しいお言葉掛けをしてくださっています。私はエグバート様と結婚できて、幸せです」
「まあ、そうなのね。……そう言ってくれて、私も嬉しいわ」
そう言う夫人の目元は、少し寂しそうだ。
……思わずシェリルの心がぐらりと動きかけたがすぐに持ち直し、シェリルは夫人の言葉を待った。
「……今から二十年ほど前にフィオレッラ様が亡くなり、私はエグバート王子を引き取ったわ。でも……今思えば、私はエグバートの母失格だったわね」
「……」
「私は、ウォーレスに王になってもらいたかった。あの子は、魔道士として優秀で、お勉強もよくできた。……引き取った以上、ウォーレスもエグバートも平等に愛さなければならないのに、私はウォーレスばかり見ていていたわ」
……なんとも返事に困ることを言ってくれるものだ。
うまい相槌が分からずシェリルは黙ってしまうが、ミルワード夫人はシェリルの沈黙を気にした様子はなく、言葉を続けた。
「革命が起こり、夫と息子が討たれ……やっと分かったわ。私は、何もできていなかった。そして私は、何もかもを失ってしまったのだ、と」
「……」
「女王陛下は、私を生かしてくれたわ。でもそれには、エグバートの嘆願もあったそうなの」
「エグバート様が、女王陛下に……?」
「そう。私は所詮平民上がりで、政治の知識も人脈もない。今後エンフィールドの王政に関与する機会もないのだから、謹慎処分でいいのではないか、と言ってくれたそうなの」
(それは……知らなかった)
だがエグバートの人となりを考えれば、そういうこともあるだろうと納得する。
彼はミルワード夫人にいい思い出はないそうだが、かといって無力になった養母が重い刑を受けるのを見守る気にはなれなかったのだろう。
先ほど夫人も言ったように、ウォーレス王子が死に、エグバートも王位継承権を失った今、彼女がかつての栄光を取り戻すことはない。
さらに今も元妾妃派のやかましい連中がいるとなれば、安易に彼女に処罰を下すのは賢明ではない。
色々なことを考慮した結果、女王はエグバートの提案を受けることにしたのではないか。
(……それなら少なくとも今は、ミルワード夫人はエグバート様のことを悪くは思っていない……はずだよね?)
ちらっと様子を伺うと、夫人はおっとりと微笑んだ。
「今さらエグバートの母親面をするなんて、おこがましいことかもしれないわ。でも、やっぱり私はあの子に幸せになってもらいたいの。……これからどうなるのかと不安に思っていたけれど、あなたのようなお嫁さんがいるのなら、きっと大丈夫ね」
「そ、そうですか?」
「ええ、そうよ。……ねえ、シェリル様」
「はい」
「エグバートのこと、よろしくね。あの子のことを存分に甘やかして、あなたの方も甘えてあげてほしいの」
甘える、にシェリルは心の中で首を傾げた。
(私がエグバート様に甘える、のは分からなくもないけど……エグバート様が私に甘えるものなのかな?)
シェリルの考える「甘える」は、我がままを言ったり相手に抱きついたりする行為である。
村にいたときに面倒を見ていた近所の子どもを想像すれば、簡単だ。「おててつなぎたい」というおねだりをきいてやったり、膝に乗ってきた子をハグしてあげたりしたものだ。
だが、エグバートのおねだりなら聞いてあげたいと思うが絶対に言わないだろうし、彼が膝に乗ってきたら間違いなく、シェリルの大腿筋が粉砕する。
「甘える」について熟考していたシェリルだが、ミルワード夫人がくすりと笑う声で我に返った。
「……ふふ。あなたなら、きっと大丈夫ね」
「あ、す、すみません。あの、何のことでしょうか?」
「いいえ、気になさらないで。あなたはこのまま、エグバートと仲を深めていってくれればいいからね」
そう言う夫人の微笑みは優しいが――なぜかシェリルには、その笑みの裏にほの暗いものがあるように感じられてぶるっと身震いし、誤魔化すためにタルトを口に突っ込んだのだった。




