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18 嫁と姑の会話①

 シェリルは、玄関前の姿見に映る自分を見つめた。


 ドレスの色は艶を消した赤色で、布地をよく見ると織り目に細やかな装飾が施されていることが分かるが、遠目では非常に落ち着いた柄に見える。


 袖は二の腕付近を少し膨らませて手首できゅっと詰めたビショップスリーブで、袖口からはほんの少しのレースが覗いている。


 スカートはベル型で、靴のつま先が見えるか見えないかという長さ。

 喉元も詰め襟でしっかり隠されており、淡い赤紫色の宝石が付いたペンダントトップが慎ましい胸元を飾ってくれている。


 髪はきっちり結い、ツバの大きな帽子を被る。ふわふわの羽根飾りが付いた帽子はドレスより少し濃い赤色で、少しツバ部分が反り返っているのが今の流行はやりらしい。


 これまでは流行とは無縁の服装で過ごしてきたシェリルは、今のエンフィールドの流行をふんだんに取り入れた衣装を纏って鏡に映る自分を、新鮮な気持ちで見ていた。


 二十歳となればもう少し明るい色合いの服を着るものだが、シェリルは既婚者だ。

 だから、これくらい控えめでありながら、細部にこそこだわったドレスの方が魅力的に見えるのだと、着替えを手伝ってくれたリンジーも言っていた。


「……いい感じ、かな?」

「もっと胸を張ってください、お嬢様。若旦那様の見立ては、間違いありませんもの!」


 シェリルの呟きに、リンジーが鼻息も荒く答えてくれた。


 このドレスも帽子もペンダントトップも、全てエグバートが贈ってくれたものだ。一式を準備したエグバートは、「きっとミルワード夫人も、シェリルの慎ましい美に圧倒されるだろう」と自信満々に言っていたものだ。


 そう、今からシェリルは夫から贈られたこの衣装を防具として、ミルワード夫人のお茶会という名の戦場に行くのだ。


 夫人からお茶会の招待状が届いたのは、三日前のこと。いつか来るだろう、ということでシェリルはエグバートと共に早めに準備をしていたので、夫が注文してくれていたこのドレスも一昨日の夜に届いたのだ。


 招待状にはやはり、「男性陣のいない場所でゆっくり話しましょう」とあったし、エグバートは仕事がある。そのためシェリルはリンジーだけをお供に、夫人の屋敷に行くことになった。


 夫人がどんな人なのか、今の段階ではまだ決められない。だがリンジーは「いつ戦闘になってもいいようにしましょう」と言っているし、今朝出勤する際のエグバートも、「もし戦闘になれば、すぐに私を呼んでくれ。いつでも駆けつける」ときりっとして言って頬にキスしてくれた。


 リンジーにしてもエグバートにしても、「戦闘」というのは比喩だろうがそれにしても、ミルワード夫人の屋敷をどのように認識しているのだろうか。


(……でも確かに、備えておくに越したことはないよね)


 相手に隙を見せず、常に一歩先を見据えて行動する。


 シェリルは社交経験には浅いが、お茶会は見方を考えれば戦闘とも同じようなものではないか。

 戦闘なら革命戦争で経験があるので、シェリルにも勝機があるはずだ。


「……よし! いざ行かん、戦場へ!」

「ええ、このリンジー、どこまでもお供します!」


 淑女らしい装いで拳を固めるシェリルに、リンジーも頼もしく応えた。


 本人は全く分かっていないが、ウォルフェンデン男爵家の者は皆、わりと好戦的なのであった。












 男爵邸からミルワード邸まで、馬車で十分ほどだった。

 大通り経由ならばもう少し時間が掛かってしまうのだが、男爵家で雇っている御者は王都の地理をよく理解しており、狭い道をすいすいと縫うように進み、最短距離の最速で馬を走らせてくれた。


「お嬢様、どうぞ」

「ええ、ありがとう」


 馬車の中でも最終作戦会議をし、シェリルはリンジーに手を取られて堂々と馬車から降りた。


 ミルワード邸は、王家から追放された元妾妃が住まうためだけに与えられた屋敷で、元々はどこかの下級貴族が使っていた屋敷だったそうだ。

 だがその貴族は革命で国王軍についていたため家財を没収され、それでもなお見苦しく抵抗したため、「王都に一生立ち入らないか、死かを選べ」と女王に問われ、王都追放処分を選んだそうだ。


 味方する者や弱い立場の者には非常に愛情深く接するが、刃向かう者には容赦しないのが、「革命女王」ことマリーアンナの方針である。 


 ということで、家主を失った屋敷は一旦国に返された後、元妾妃に与えられた。処分を受け入れた彼女はわずかな使用人だけを連れて王城を去り、ここで大人しく暮らしているそうだ。


(とはいえ、城にはまだ元妾妃派の貴婦人が結構いるそうなんだよね……)


 これは先日遊びに来た際にアリソンに教えてもらったのだが、マリーアンナのやり方に反抗心を抱く者はそれなりにいるそうだ。


 特に貴族の奥方に多く、夫は今後のことを見据えてマリーアンナに投降したものの妻はそれを不満に思い、「なぜあんな残虐で無骨な女が」と仲間内で文句を垂れているそうだ。


 だが、文句を垂れても何にもならない。

 もう既にエンフィールド王国はマリーアンナのもので、しかも先代国王よりもずっとよい政治を行っているため、女王の人気はこの一年で破格の伸びを見せている。


 彼女が一般市民に資金援助をすると貴族たちが顔を真っ赤にして怒ったが、半年もすれば城下町に活気が戻り、商売も活発になった。その結果高級な宝飾品や衣類、新鮮な食材や異国の珍しい品などがたくさん輸入されたため、貴族たちはぐうの音も出なくなったとか。


 元妾妃派の鬱陶しいところは、もらえる恩恵だけはもらい、言える文句だけは存分に言っている点だ。

 女王の即位から一年経ち、もうそろそろ多くの貴族たちが女王の力量を認めつつあるというのに文句を垂れる元妾妃派は、城でもかなり浮いているものの捕らえるほどの動きはしていないそうだ。


(ミルワード夫人もそれを知っているはずだけど、野放しらしいし……)


 リンジーがドアベルを鳴らして使用人と話をしている間、シェリルは屋敷を眺めながら考えていたのだが、「こちらへどうぞ」と呼ばれて意識を集中させた。


 使用人によって案内された先は、日当たりのいいテラスだった。

 暖かな春の日差しが降り注ぐ中、ガーデンチェアに座っていた貴婦人がシェリルを見ると、立ち上がった。


「ようこそいらっしゃいました、シェリル様」

「お初にお目に掛かります、ミルワード夫人。シェリル・ウォルフェンデンでございます」


 礼儀に則った挨拶をしたシェリルは、自分の前方に立つ夫人を無礼にならない程度に観察した。


 緩く結った髪は青みがかった黒という少し珍しい色合いで、ぱっちりとした目は茶色だ。

 もう四十代半ばくらいだったと思うが、実年齢よりは若く見える質らしく、深いブルーのドレスは華やかで、間違いなく今シェリルが着ているものよりも可愛らしいデザインだ。


 下級侍女の身分だったがその美貌と魔法の才能、そして明るい性格が先代国王の心を射止め、王子を産んだことで妾妃の座に納まった女性。

 もし、マリーアンナが革命を起こさずに息子が即位していれば、国母となっていた女性。


 全身にぴりっと警戒を張らせるシェリルとは対照的に、ミルワード夫人ことマーガレット・ミルワードはにこにこと無邪気に笑ってシェリルを茶の席に呼んだ。


「あなたに会えて、とても嬉しいわ! エグバートがとても素敵なお嫁さんをもらったとは聞いていたけれど、こんなに可愛らしいお嬢さんだったなんて!」

「嬉しいお言葉に、感謝します」


(……随分テンションの高い方だな)


 あくまでも落ち着いて応対するシェリルだが、ミルワード夫人は傍らにいた使用人に茶の仕度を命じると、「あっ」と口元に手を当てた。

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― 新着の感想 ―
[一言] とりあえずテンションは高いみたいですね(笑)
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