6. 美少年に教えてもらいました
私は今、最高に困っていた。
黒板を見つめて固まったままだ。
なぜかというと……早速授業がわからない!!
先程まで受けていた授業は異能史。
正直最初から何を言っているのかさっぱりだった。
ビビーデバビーディ王が何をしたって……?
私はもう1時間異能史を受けることを決めた。
一緒に受けていたリーフにそう伝えて、別の授業に向かうリーフと別れる。
それにしても、本当に素敵な友達ができてよかった。
うふふ、と上機嫌でいると、授業が開始した。
さっぱり分からない……!
2回目の授業が終わっても私の脳みそははてなマークで埋まっていた。
私は机に突っ伏して己の理解力のなさを呪う。
「あのー、大丈夫ですか?」
低音なのに透き通るような綺麗な声に私は顔を上げた。
目の前には私を心配そうに覗き込む美少年がいた。
というよりかは、美少女にも近い。
さらさらとした青い髪を見ていると、この美少年を見かけたことがあることを思い出した。
すると、美少年も「あっ」と声を上げた。
「君、この前映画部に来て追い出されてた子だよね」
「ポップコーン食べたいとか言ってて面白いと思ったんだ」と美少年に笑われて思わず赤くなる。
「その節は、ご迷惑をおかけしました……」
私が縮こまると美少年はふふっと笑う。
「で、大丈夫? ずっとそうしているから心配していたのだけれど」
どうやら机に突っ伏しているのを、具合が悪いと思われているらしい。私は急いで首を横に振った。
「授業が、分からなすぎて困ってるんです……」
恥を捨てて思い切ってそう言うと美少年は「そういうことか」と納得した。
そしておもむろに私の隣に座るとニッコリ微笑んだ。
「僕は2年A組のアルト・ファルセット。僕は異能史がとても好きだから、君の分からないところも教えてあげられる」
アルト先輩か、と先輩という響きに少し嬉しくなりつつ、
「1年B組のシオン・アリシアです。よろしくお願いします!」
とペコリと頭を下げた。
そうして勉強し始めてすぐ、わらわらと人が教室に集まってきた。
「……ちょっと騒がしいね」
アルトはそうため息をつくと、「ちょっとごめんね」と私に言う。
何がだ? と不思議に思っていると。
『女性に近づきすぎるのははしたないことだけれど……勉強のためだから』
声が聞こえて、驚くとアルトがかなり至近距離でくっついていた。
美少年とくっついてる! と恥ずかしさが限界値に達しそうになっていると、私はあることに気がついた。
「騒がしくなくなった……?」
そう呟いて辺りを見回す。みんな先程までのように喋っているはずなのに、声は聞こえない。
「これは僕の異能。急に近づいたりしてごめんね。僕の音を操る異能は、僕の周りにしか効果がないものだから」
アルトは「驚かせてごめんね」と微笑む。
「音を操る……すごいですね」
そう返答しつつ、私はそろそろ密着の恥ずかしさと声の心地よさに気絶しそうだ。
そして、ゴングが鳴り響く。
スポットライトが照らすのは豪華な椅子に腰掛ける私。
私は深く息を吸い込むと、叫んだ。
『顔がいいーー!!』
そこからの私はとても饒舌だった。
『いや、顔美しいし、声も良すぎるし、なんかいい匂いするし、こんな見ず知らずの女にまで優しいとか、もうどうなってるのかな!?』
ひとしきり目の前にいる美少年を褒め称える。
『というか、もう女の子より美しいんじゃないかってぐらい美しいよね……もう美少女じゃん……女やめたい……』
自分の顔を覆って虚しさに暮れていると、私の妄想を割り込む人物が現れた。
『まーた固まってんのー? 全くー。すみません先輩、こいついつもこんな感じで』
イケメンが増えてしまった。エースはイケメンだけれど、圧倒的学生感がなんとも言えない……
さすがにエースは見慣れたと思う。どんなにイケメンでも、どうしても近所のガキンチョエースは私の記憶にしっかり刻み込まれている。
なんとなく、興ざめしたのが否めないが、スポットライトは消えた――
「あ、起きた」
エースがヘラヘラっと笑う。エースはそのままアルトの方へ視線を送る。
「いやあ、こいつに勉強教えてくれてありがとうございますー! それにしても、先輩、めっちゃ女子っぽいっていうか、最初見たときシオンに女友達できたんだーってほっこりしちゃいましたよ」
エースがそう言うので私は「リーフちゃんっていう友達ができましたー!」とむすっとしながら言う。
どんだけ私のこと馬鹿にしてるんだ、エースめ……
「女、だって……?」
さっきまでの心地よい声が一変して私はびっくりしてアルトを見る。
そして、エースをチラリと見る。
「地雷踏んだ感じ……?」
エースはそう呟く。
「僕は女と見間違われるのが本当に嫌いなんだ!!」
アルトがきいいと声を上げた。
瞬発力のあるエースはすぐに走り出す。アルトはそれを般若のような顔で追いかけていく。
1人取り残された私は、アルトには間違っても「美少女ですね!」と口を滑らせないようにしようと固く誓った。