〈閑話〉ご都合主義ハプニング!
モブと媚薬が出てきます。苦手な人はご注意を!
これは数日前の非常にご都合主義なお話――
私は朝、学園への道のりを歩いている。
すごくいい天気で、いい一日になりそうだとニコニコしていると。
背中に何かがぶつかった衝撃がした。
『やばっ!』と声が聞こえたと思ったら、私の横をフードをかぶった人がすごい速さで過ぎ去っていく。
「ちょっと、危ない……って、聞いてないな」
妙に肩が重い感じにため息を吐きながらその背を眺める。
この時はまだこれがハプニングのトリガーになっているなんて思いもしなかった……
「おはよう、シオン!」
「リーフおはよう! 朝からお花のお世話なんて偉いね」
偶然通りかかった植物園に立ち寄る。リーフはニコニコと笑いながら水を与えていて、私もそれを見守っている。
すると――突然植物が私に向かって伸びてきた。
「え!? どうなってるの!?」
すっかりツルに巻き付かれて身動きが取れなくなってしまい、そう騒ぐとリーフもオロオロと私のツルを異能で解いていく。
「急に異能が暴走して……ごめん私の不注意で!」
リーフがあまりにも申し訳なさそうなので、私もあまり気にはせず「そんなこともあるよー」と笑った。
そうリーフと連れ立って植物園から出ると急に雨に降られてびしょびしょになってしまった。
今度はなんだ! とキッと目を向けるとそこには顔を歪めるスカイがいた。
「ごめん、ちょっと頼まれてこの辺りに雨を……」
「まさか誰かいたなんて思わなかったんだよー!」と言いつつも謝り倒されて、ついでにお日様を出してもらっていくらか乾いたので許すことにした。
「そんなこんなで朝から大変だったんだよー」
「そんなことあるのねー」
異能科学の授業中、偶然一緒になったアリスと今日は異能薬を作っている。手元をかちゃかちゃと動かしながら液体を適量ずつ入れていく。
失敗すると大変だから――と思っていたその瞬間、アリスが手を滑らせて試験管ごと液体を投入してしまった。
「うわああ! そうだわ! 異能で元に戻す!」
「アリス早く!」
そう叫んだものの一足遅く――爆発したそれは私の頭にもろ直撃してしまった。
そして被ったそれがとても厄介なものだったのだ。
「みんな匂いを嗅いじゃダメだ! 媚薬の作用が効いてしまう!」
そうノーマン先生が叫ぶ。
び、媚薬……? あのご都合主義設定でよく見るあれですか……?
聞けば、どうやらアリスが大量に投入した液体がそれに近い成分だったらしく、それがちょうど良いバランスで反応を起こしてしまい……いわゆる媚薬のようなものが発生してしまったらしい。
「ごめんなさい!」とすがりつく勢いのアリスに「大丈夫」と言いながらノーマン先生を見る。
「効果は1時間ほどで薄れるだろうけど……君も授業があるだろう? 即効性のある薬を作るから少し保健室で休んでいなさい」
私はコクコクと頷くとあまり人が通らないような道を通って保健室へと向かった。
ベッドに横たわったものの……体が熱くて休まらない。
私はキョロキョロと見回す。幸いなことに、保健室の先生も見当たらない。
私はシャツのボタンを外していく。上から3つぐらい開けてようやく涼しくなってきたと思っていると。
「シオン! 変な薬被ったって聞いたけどだいじょ……ってど、どうしたのそんな格好!」
「ふぇ……?」
飛び込んできたリッカはすぐに私から慌てて目線を逸らす。
頭が朦朧として、何を言われているのかよく分からない。
「……もしかして誘ってる?」
リッカはフラフラと近寄ってくると、私に覆いかぶさるようにベッドに手をついた。
そこで――ようやく思考が追いついた。
「……うわ! ご、ごめんなさいー!」
私は咄嗟にリッカを跳ね除けて、というよりかは隙間から潜り抜けて保健室を飛び出した。
すっごい上気した顔だった……この媚薬のせいなんだろうか。
「うう……保健室にいてって言われたけど戻りづらいしなあ……」
そうとぼとぼと曲がり角を曲がる。しかし私の足はなぜかもつれて大きく体制を崩す。
「わ! あ、危ない!」
綺麗な低音と同時にお腹辺りに人の肌の感触。
どうやら誰かの腕に支えられたようで私の体はその腕にもたれかかっている。
「シオン、大丈夫?」
聴き慣れた声に顔を上げるとアルトが眉を下げて私を見下ろしていた。
『すごい柔らかい……いけない、僕はなんてことを考えてるんだ!』
そう恥じらう声が聞こえてきて私は自分のお腹がおもいっきり触れていることに気がつく。かああっと赤くなって、すぐさま飛び退いた。
「なんだか顔が赤いようだけど……大丈夫?」
「だ、大丈夫です! もう少しで治ります!」
心配するアルトを避けて私は駆け出す。
人気のない廊下で壁にもたれかかっていると、向こうから手をひらひら振っているレイの姿が見えた。
これ以上人に会うとどうにかなってしまいそうだ……と私は気づかないフリをしようとする。
「ちょっとなんで逃げるのー」
「うわあ!」
すごい速さで前に回り込まれて飛び上がった。
「そうだ、なんか疲れてる様子だし……これ自分に買ったやつだけどよかったら飲んで」
レイはそう言って炭酸ジュースを差し出す。それに一瞬悪い予感がして遠慮すると。
「しょうがないなあ、飲ませてあげるから」
レイはそう笑いながらキャップをひねる。
すると、すごい勢いで中身が飛び出し――それは見事に私のシャツへと飛び散った。
「嘘でしょ、ごめん!」
そう謝りながらもレイの目線はある一点を見つめている。レイの目線を追うとそこはびしょびしょになって透けてしまった私の下着。
「きゃああ! もうタオル出してください! 異能で!」
そう大声で叫ぶとレイはパッとタオルを差し出した。
私はタオルを奪い取ると胸元を覆ってズンズン歩き出す。
「ごめんねー!」と謝る声が聞こえたけど……許さないという怒りの半分お見苦しいものを見せてしまった申し訳なさでいっぱいだった。
「というか……こんな連続でトラブルって起きるものなの?」
そうぶつぶつと呟きながら私は噴水がある広場を歩いている。
そして、また事件は起こる。
「そこ歩いてる人気をつけてー!」
後ろが何やら騒がしい。今度は何だと振り返るとそこには予想を超えてくるハプニングが起きていた。
飼育されている牛や馬がすごい勢いでこちらへ突進してくるのだ。
どうやら暴走してしまったらしい動物たちに私は一心不乱で走る。
そしてしばらく走っていると、見覚えのある後ろ姿が目に映った。ものすごい地響きに目を丸くした彼――エースは私に向かって叫ぶ。
「何が起きてるんだー!? お前、何したの!?」
「違う! 何もしてない! いや、ハプニングばっかだし、媚薬被ってるせいかもしれないけど!」
「はあ!? 媚薬ぅ!?」
そうぎゃいぎゃい言い合いながらなんとか並走する。
「ああー! もう追いつかれる! シオン捕まれ!」
エースが手を差し出して私は藁をも掴む思いで必死に腕を掴む。その瞬間、体がふわりと宙に浮く。
「はあ、助かった……」
未だ土埃がすごい地面を見下ろし息をつく。そしてすぐに聞こえてくるのはエースの声。
『なんか、こいつの雰囲気エロくね? え? 俺ついにおかしくなったんかな……なんかいい匂いするし柔らか、え? いやちょっと待て俺、全部聞かれてるぞ』
エースが真っ赤な顔をこちらに向けて苦笑いする。
「全部……聞こえてるけど……」
「いや! その! 悪い!」
心の声も実際もどちらも慌てふためくエースに思わず吹き出してしまう。
「つか、媚薬って……誰に盛られた?」
「え?」
聞き返し、答えようとしたとき、急に突風が吹いた。
手を離しそうになって、一瞬浮力を失った。
「離すなって!」
エースはそう叫ぶと私をぐいっと抱き寄せた。
『待って待って恥ずい恥ずいって! ああー、無理!』
「無理ってひどくない!?」
心の声に反論しながら、なんとか動物たちからは逃げ切ることができたのだった。
「はああ……全く散々な1日でしたよ……」
媚薬の効果もすっかり抜けて、ノーマン先生にしこたま怒られて私は生徒会室へと逃げ込んでいた。
思い出すだけで恥ずかしい。みんな媚薬に当てられておかしくなっちゃってたし……
「ねえ……それ本当に偶然だとか思ってるの?」
「どういうことですか?」
ルカの質問が理解できず首を傾げる。
「後ろ、見てみなよ。首筋にマークがついてる。おそらくこれは何かの異能だ」
「異能!? なんの!?」
目を丸くしてリラに手鏡を貸してもらい首の辺りを見る。確かに丸いピンクのマークが付いている。
「おそらく、ハプニングを起こす異能を持つ生徒がいたな……嫌だったら無効化するけど」
「ぜひお願いします!」
ネクは首元に触れる。鏡で確認すると、マークは消えていた。ルカは何やら書類を持ってきて私に写真を見せる。
「この人だよ。危険そうな異能者はリストアップしているからね……」
怪しく笑ったルカに苦笑いを浮かべながら写真を見る。
紫のフードを顔まで被ったその人物には見覚えがあった。
「この人朝ぶつかりました……!」
そう声を上げると、部屋のドアが勢い良く開いた。
「その話聞かせてもらいましたよ!」
そう叫んだのはエース。隣にはリッカ、アルト、レイもいる。
「僕たちを、いやシオンをこんな目に合わせたやつは成敗しないとだね」
「というか、もっと早く気づいたらよかった……」
「その写真ください!」
アルト、レイ、リッカと次々に言い、リッカが写真を受け取る。
そして4人はばっと去っていった。
「君のお友達だよね? 面白いね」
ルカはそう呑気に笑っているけれど……なんだか嫌な予感しかしなかった。
その後、学園内では半ベソで走らされているフードの生徒がいたとか……




