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27. ハートのチョコレートを渡しました

「ふああー、よく寝たぁ」


 大きく伸びをしてから目に映ったのはパステルピンクの割と大きめな紙袋。

 あれ、なんだっけ……ぼんやりと私は昨日のことを思い出す。





 寮の自室で推しキャラが出るガチャを引いて……案の定死にかけていると。

 唐突に部屋のドアが開いて、リーフとアリスが駆け込んできた。


「明日はパステルデーだっていうのに何してるの!」

「……パス、なんだって?」


 馴染みのない言葉に顔を歪めると、リーフとアリスは顔を見合わせた。


「知らないの!?」


 あまりの息のぴったりさに驚き半分、疑問半分私は大きく首を傾げた。




「……つまりそのパステルデーっていうのは大切な人にお菓子を贈る日なんだね」


 パステルデー……ど田舎に住んでいた私には全く縁のない話で、都会の風習怖いなあなんて思ってしまう。でもお菓子がタダで貰えるなんて素晴らしい日だ。


「じゃ、早速作るよ!」

「ささ、立って立ってー!」


 2人に腕を引っ張られて立ち上がる。


『ハート型にしちゃおっと!』

『明日が楽しみ……』


 2人の浮ついた声に、女友達って本当に素敵だなあなんてほっこりしながら準備を始めた。

 とりあえず……ガチャの爆死は忘れよう、うん。





 ……というわけで完成したのがこのパステルピンクの紙袋に小分けされて入っているお菓子たちだ。

 料理が特技のリーフに、おしゃれなアリスのおかげでとっても可愛らしいお菓子が仕上がった。


「本当に綺麗なハート型だなあ」


 そう改めて2人の器用さに感心していると、そろそろ学園へ向かわないといけないことに気がつく。

 ハート型のチョコをやたら大量生産したのだけど……みんな喜んでくれるかな。





 学園内はいつもよりも浮ついた甘ったるい雰囲気で、そこら中でお菓子を渡す生徒たちを見かける。この学園は先生も美形だからか、すごい数のお菓子を抱えて歩いている姿をよく見かける。


 私も誰かに渡したいなあ、とキョロキョロしていると。


「シオンおはよー! 持ってきたー?」


 そう手を振って駆け寄ってきたのはリーフだ。


「うん、みんなの分ちゃんと持ってきた! 早く渡さないとね」


 紙袋の中を覗き込みながら、私は渡す人数を確認する。

 いつも一緒にいるみんなに、部活のメンバーに、生徒会の皆さんに、それに先生たちにも渡したいなあ。


 そんな風に思っていると、スカイがすごい勢いでこちらへやってきた。

「おはよ!」と言いながらそわそわしているスカイにお菓子目当てかー、と紙袋を漁る。

 すると一足早くリーフがスカイに大きな紙袋を手渡す。


「ありがと! もうリーフ大好き!」

「ふふ、私も!」


 朝から繰り広げられるいちゃいちゃを満足げに眺める。

 そういえば、みんなにはハートだけど……なんでスカイのだけ星形なんだろう? リーフに言われて作っただけだからなあ……

 そう不思議に思って尋ねると、スカイが目を爛々とさせる。


「やっぱシオンにも好きな奴がいるんだな! 俺応援するよー!」

「え、好きな人なんていないけど……?」


 突然何を言っているんだ、と首を傾げる。


「照れないでいいって! だってハート型は……」

「ハート型は可愛いからだもんね、ね!」


 スカイの口にチョコレートを押し込んでリーフはニッコリと笑う。

 結局そのまま2人は行ってしまい、スカイが何を言おうとしたのかは分からず仕舞いだった。




 今日の最初の授業は……異能史にしようかな。

 ここだったらアルトがいるはずだと私は教室を見回す。

 すると目をひく青い髪を見つけて私はそこへ向かう。


「アルト先輩! おはようございます! よかったらこれどうぞ!」


 パッとハートのチョコが入った小袋を差し出した。


「おはよう、シオン。これを、僕にくれるのかい?」


 アルトはそう私を見上げる。大きく頷くとアルトはそれを受け取る。


「ありがとう。君の手作りだなんて嬉しいな」


 ふわっと笑った顔に悶えながら、なんとかお礼を言う。

 なんて罪深い笑顔なんだ。


「じゃあ、僕も君に」


 アルトはそう言うと傍に置いてあった紙袋から何やら高級そうな箱を取り出す。受け取ろうとして手が触れた。


『すっごく悩んだのだけれど……大丈夫だろうか』


 悩んでくれたんだ……とびっくりしてアルトを見ると心配そうに私を見つめている。すぐ開けて食べてあげたら喜ぶかな。


 そう思い、箱を恐る恐る開けると、ふわっと大人なチョコの香りが広がった。こんなお高いものなかなか食べられない。


 私は思い切って一つ掴んで口に入れた。


「すっごい美味しい……! 幸せになれる味ですね……! さすがアルト先輩です!」

「そ、そうかな。そこまで言ってもらえるなんて、僕こそ嬉しいよ」


 ほんわかした気持ちになりながら箱を丁寧にしまう。これは1日一個ぐらいのペースで大事に食べよう。




 部活のメンバーに一通り丸いチョコを配ってきて、ランチで賑わう広間で休憩していると。


「シオン、チョコ配りは順調?」

「僕もシオンのチョコ欲しいなあー」


 アリスが笑いかけてきた後ろで、そうチョコをねだってきたのはレイ。

 シスコンだなんだと言いつつ仲のいい2人を見てほっこりしながら紙袋を漁る。


「どうぞ! アリスと一緒に作ったんですよー!」


 レイは笑顔で受け取り、そして険しい顔になる。


「これってどういう……」

「え、もしかして苦手でした!? そういうことは早く言ってよ、アリスー」

「ううん、むしろチョコは好きだよ。ありがとう」


 レイは一瞬アリスをじとりと見てから私に王子様スマイルを見せた。気を使わせているのなら申し訳ない。


「じゃあ素敵なチョコのお返しに、僕からも」

「こ、これって購買に売ってる超絶高いプレミアムケーキじゃないですか!?」


 目の前に差し出されたのは、いちごやらメロンやら高級フルーツでのみ出来上がった購買特製ケーキだ。誰も買えないのでは、と噂されていたあのケーキが目の前にあるなんて……


「いや、でもこんなすごいものもらえませんよ……!」

「んー、じゃあ僕も一口食べたいからあーんしてくれるってのはどう?」


 恥ずかしすぎる……しかもこんな有名美形モデルにあーんだなんてしたら、私明日死体になって発見されますよ?


 しかしそんなことは気にしないのか、口を開けて待っているレイに半ばやけくそになってケーキを運ぶ。


「美味しいね。じゃあ僕からも」


 イケメンにあーんされるという夢のようなシチュエーションに抗うことは出来ず……口の中には甘いクリームの味が広がる。


「こんなすごいケーキ食べれて本当に幸せです……ありがとうございます、レイ先輩」


 優しいケーキの味に顔を綻ばせながら言うと、レイは嬉しそうに微笑んだ。そしておもむろに私の手を取る。


『すっごい可愛い笑顔』 


 そう甘い声が聞こえて私の顔が!? と驚いていると、手の甲に柔らかい感触とリップ音が聞こえてきた。


「どういたしまして」


 わなわなと恥ずかしさに震えていると、レイは颯爽と去っていった。


「じゃあ、シオン残りも配るの頑張ってねー!」


 手を振りながらレイについていくアリスはなんだか上機嫌だった。それにしても、手の甲にキスとか、もうやること全てが乙女ゲームだわ。




 それから私は生徒会室に向かった。部屋にはルカ、ネク、リラそれにエルもいてまったりティータイムを過ごしているところだった。


「今日はみなさんにこれからよろしくお願いしますの気持ちを込めて……クッキーを焼いてきたんです」


「みなさんの好みがわからなかったので甘さ控えめなプレーンクッキーですけどね」と寮に一度戻ってとってきた出来立てクッキーを広げる。


「すっごい美味しいよ! シオンすごいね!」

「うふふ、シオンのクッキーが食べれるなんて嬉しいわね。ね、アミ、レミ」


 エルとリラがクッキーを頬張ってそう言う。リラの肩に座ってクッキーを食べるアミとレミもとっても可愛い。


「悪くないな」

「クッキーが作れるんだね。ちょっと意外だったかも」

「ちょっと会長、バカにしてるんですかー、私だってクッキーぐらい作れますよ」


 私が頬を膨らませるとルカはふふっと笑って「冗談だよ」と言う。ネクもなんだかんだでけっこう食べてくれている。

 これで少しは生徒会のメンバーらしくなれた……かな?





「エースとリッカに会えていないなあ……」


 紙袋に残るチョコは後2つ。私は大きくため息を吐いて放課後の廊下を歩いている。


「シオン! やっと見つけたー!」


 後ろから声がして振り向くとそこには笑顔のリッカがいた。手には大きなハート形のキャンディが握られている。


「今日はパステルデーだからね、これ」

「ありがとう! 私もこれを渡したかったの」


 キャンディを受け取ってチョコを差し出した。

 中身を見て、リッカは固まる。

 やっぱ何かダメなのかな……と眉を下げていると。


「これって……そういうことでいいの?」

「……え!?」


 リッカはそう確認するように尋ねると、私を壁へと追い込んだ。

 パニックになっている私にリッカの眼差しが刺さる。


「ど、どうしたの……何か変なものでも食べた……?」


 そうオロオロと様子を伺っていると。

 奥から誰かが走ってくるのが見えたと思ったら……リッカをすごい勢いで押し除けた。


 目を点にしていると、それが最後のチョコを渡す相手だと気がつく。


「エース! やっと会えた!」

「シオン! 今日1日会えなくてびっくりしたわ!」


 エースはガサッと紙袋を突き出した。中には溢れんばかりのお菓子。


「色々探したけど、シオンはこういうやつの方が好きだろ?」


 私が愛してやまないスナック菓子達、しかも私の好みの味を選ぶエースはさすがだ。


「じゃあ、私も!」


 そうハート型のチョコを差し出す。

 するとエースはぶふっと吹き出して、顔を手で覆った。


「だ、大丈夫?」

「あー、いや、うん……みんなにこれ配ったのか?」


 コクコクと頷くと、エースははあとため息をついた。


「来年からは、ハート型はやめろよー」


 首を傾げていると、エースは「まあいいけど」とにっと笑って、私の頭に手を伸ばす。

 しかし、私の頭の上でぴたっと動きを止めると耳元で囁く。


「今心読まれたらやばいから……これで勘弁な」


 エースはそう言うとハート型のチョコを取り出してチュッとキスをすると、パクッと口に運ぶ。


「おいし」


 へへっと嬉しそうに笑うエースに私はキャパオーバーしてしまう。


「じゃあ、えっと2人ともありがとう! また明日ね!」


 そうカチコチになって言うと足早にその場から離れた。

 パステルデー……なんてやばいイベントなんだ……!





「エース……めっちゃキザなことするじゃん」

「はあ? お前だって何するつもりだったんだよ」


 エースがそう怒り気味に言うと「体が勝手に」とリッカは笑う。


「それにしても……あいつ意味絶対知らないだろ……」

「リーフとアリスが楽しんでる、に一票」


 エースは大きくため息をつくと、そのままへなへなと崩れる。


 パステルデーでハートのチョコレートを渡す――それは「あなたのことが好きです」の意味だ。


 きっとそんなことは知らないんだろうなと思いながら、2人はハート型のチョコを真っ赤な顔で見つめていた。


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