24. 大事になってしまいました
「エル先輩、いますか!?」
勢いよく2-Bの教室のドアを開け放つと、ちょうど授業の準備をしていたエルと目があった。
「ど、どうしたの?」
驚いた様子で駆け寄ってきたエルに私はこれまでのことを説明した。
ここにきたのは、エルにネクのことを聞きにきたからだ。異能陣取り合戦のエルの対応を思い出して、何か知っているのではないか、と思ったのだ。
「それで、ネクを探してるんだね」
「そのネク先輩とはどういう関係なんですか……?」
少し寂しそうに呟いたエルに私はおずおずと尋ねた。
「幼なじみみたいなものかな。小学校から一緒なの」
「そう、なんですね。じゃあ、先輩の異能とか知ってたりしませんか……?」
「それは、あまり言わないでほしいと言われているの」
エルは「ごめんね」と眉を下げる。
「でもね、聞けばきっと教えてくれるよ。ネクは優しいから」
優しく微笑んだエルから、そのネクという人は悪い人ではないと思えた。
私はエルにお礼を言って、ネクがいるという生徒会室へと向かう。
ここが、生徒会室……
同じ学園内とは思えない静けさに息を飲む。
私は大きく息を吸って緊張しながら扉をノックする。
「どうぞ」
中から声が聞こえて、恐る恐る扉を開けた。
「待ってたよ、シオン・アリシアさん」
そう微笑んだのは赤みがかった茶髪の美青年。奥にある椅子に腰掛けて私を見つめている。確か、生徒会長のルカ。
そんな彼に付き添うように立っているのが白髪の美青年――ネク。
「……なんで私のことを知っているのですか?」
思わずそう尋ねた。どうして生徒会の方々が私なんぞを知っているのだろうか。
「知っているも何も……君には聞こえなかったの? あの鈴の音」
「鈴の音……?」
呟いて、首を傾げながら思い返す。確か、生徒会の方々と会ったのは、あの廊下ですれ違った時だけ……
「……聞こえた気がします」
確かに聞こえていた。かすかな音だったけれど。
「あれはね。特殊異能を持つ者たちにだけ聞こえる音なんだ。……これがどういう意味かわかる?」
ルカが立ち上がってこちらへ近づいてくる。
特殊異能を持つ者に聞こえる音……?
そう頭をフル回転させて、ハッとした。
「あなたも、特殊異能者なんですね……?」
ルカはふふっと微笑んだ。いつのまにか目の前で、私を見下ろしている。
初めてだ。私以外に特殊異能を持つ人に会うのは。
「僕は生徒会長のルカ・アヴニール。こっちは副会長のネク・ヴォイドだ」
ネクが無表情のままだけれど、しっかりと目を見て頭を下げる。ルカはすっと手を差し出した。
触れれば、彼らが何を考えているか分かるかもしれない……
「私は1年のシオン・アリシアです。ところで……眠りに関する異能を奪ったのは、先輩たちですか?」
上手く話を誘導して、そちらに思考が向いたところで手に触れる。
「ああ、あれはね……」
ルカがそう呟いたのを見計らって私は手を握った。
しかし、思わぬ事態に私は目を見開いた。
声が、聞こえない。
「なるほどね。君は相手に触れることで異能を発揮するわけか。思考を読む……といったところかな?」
ルカがうふふ、と先ほどと変わらぬ笑みを浮かべる。
図星すぎて私は目を丸くしたまま尋ねる。
「……私の異能も奪ったんですか?」
「いやだなあ。そんなわけないだろう。ね、ネク」
ルカはパッと手を離すと睨みつける私から視線を逸らした。すると話を振られたネクが口を開く。
「……俺の異能は異能無効化。目を見て、俺が解除するまで君の異能は使えなくなる」
「異能無効化……?」
そんな異能があるのか、と驚きながらも異能がなくなったわけではないと分かって安堵する。
「じゃあ、先ほど異能をなくした人たちの異能も無事なんですね」
ネクが頷いて、私はほっと胸を撫で下ろした。
これで事件は解決したけれど……疑問が次々と湧き出てくる。
「ちなみに、ネクの異能は特殊異能ではないんだよ。特殊異能者は僕。それに、僕は君を陥れたいわけでもない」
「ルカの話を聞いてほしい。それから君の異能を返そう」
ルカとネクの顔は真剣で、私を傷つけようという感じではなさそうだった。
それに……性なのか、イケメンの頼みとなれば断れない。
「分かりました。異能、返してくださいよ」
承諾すると、ルカとネクは嬉しそうに微笑んだ。
「未来が見える異能……」
「そう、それも夢の中限定でね」
ルカがため息まじりに呟いた。
ルカの異能は眠って夢を見た時のみ未来が見える異能らしい。
私の異能も伝えた。ルカは興味深そうに私の話を聞くと、「いい異能だね」と呟く。
「会長の異能だって十分いい異能だと思いますよ。未来が見えるなんて便利で素敵じゃないですか」
「……そんなに素敵なことでもないよ」
向けられた鋭い目つきに私は一瞬うろたえた。
何か抱えたような瞳は、あまり見慣れないものだった。
こういう時、異能があれば……
「未来が見れたところで僕には何も変えることができない。そんなにいいものじゃないんだよ、異能は」
とても寂しそうに笑うルカに何も言うことが出来ない。
自分がいかに異能に頼っているか実感する。
「ルカ、早く本題に入ったら?」
「え、ああ、そうだね」
ネクに促されて、ルカは私をじっと見つめる。
「僕は今、ある夢に悩まされていてね」
「……どんな夢ですか?」
「影が、近づいてくるんだ。顔も見えなければ何も発しない。ただ毎日少しずつ近づいてくるんだよ」
そう言うルカは少し震えていて、私はゴクリと息を飲む。
「怖いんだ。この影が一体何者なのか、僕に何をしようとしているのか……でも僕はその未来を知ることが怖い」
「……もしかしてそれが理由で眠りに関する異能を無効化していたんですか?」
私がネクに目をやると、コクリと頷いてから、言った。
「でも、ただ無効化しようとしていたわけではない。君に気付かせることが目的だったんだ」
「……私に?」
全く理解できない私にルカが手を取って微笑んだ。
「君の異能を聞いて、決めたよ。シオン・アリシア……君に生徒会に入って僕に協力してほしい」
目の前でイケメンに手を握られて、ほわほわしながら頷く。
ん、待てよ……生徒会? 協力?
「……今なんて言いました?」
我に返って聞き返す。
そしてすぐさま大事になってしまったと、喚いた。




