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20. ウィンターホリデー4日目 夢みたいです

「こんにちは。シオン。さあ行こうか」

「は、はい……」


 リムジンのような大きな車から現れたのはスーツを着たアルト。青い髪もいつもよりもさらさらで、隣に並ぶと私の酷さが際立ってしまう。


 それにしても、花柄ワンピースなんかでよかったのかな……いや、まともな服はこれともう1着ぐらいなのだけど。



 車に乗せられて向かったのはオーケストラなどのイベントが行なわれている会場だ。1番前の席に座らされて、場違いさに震える。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」


 アルトは優しく微笑んで、私はなんとか気持ちを落ち着けることにした。



 会場が暗転して、始まったのはピアノの演奏。

 楽器は全く才能がない私からしたら、どれも素敵に聞こえる。


 時折、アルトの手が手すりの上で重なってその度に飛び退いてしまいそうになる。

 また重なってしまった、と謝りながら手を引っ込めようとする。


「そのままでいて」


 アルトは私の手をそっと握り返す。


 なにこれなにこれ、パニックと手汗でどうにかなってしまいそう!


 それに心の声も聞こえてしまう、と思っていると案の定聞こえてきた。


『あの音はドよりもファの方がいいだろうに』


 聞こえてきた声はいつも通り冷静で、少し期待外れだと思ってしまった。私はこんなにドキドキしているのに。


「絶対音感、あるんですね」

「え、あ、そうだよ」


 少しむっとしたのでさらっと言ってみた。アルトは私に絶対音感があることなど話していないから驚くはず……


「もしかして呟いてしまっていたかな。普段から音を言ってしまうのが癖になっていて……」


 アルトは全く気にも留めない様子でそう言う。

 まあ、美少年は女性のエスコートぐらい慣れているだろうし、私なんぞにいちいち驚いたりはしないのか。


「すごいですね。音楽の才能があって羨ましいなあ」


 開き直ってそう言うと、アルトは少し眉を下げた。


「そんなにいいものでもないけれどね……でも君がそう言ってくれるといいものに思えるよ」


 そう言ってから、アルトはパッと手を離した。

 それと同時に拍手が響き渡って、次の演奏が最後であることを伝える。


 するとアルトはその場で立ち上がり、なんと壇上へ登っていく。拍手に混じって黄色い声が聞こえるが、私の目は点のままだ。

 そんな中、アルトがマイクに唇を当てた。


「今日はお集まりいただきありがとうございます。本日最後の演奏は僕が務めさせていただきます。今から演奏する曲は僕が大切な人を思って作った曲です」


 そう言いながら、アルトは私に向かって微笑みかけた。

 後ろの方からは陶酔する女性たちの声が聞こえるが……

 大切な人って、私のこと? と胸が高鳴ってしまう。


「では、お聞きください」


 アルトは優雅に礼をして、ピアノと向かい合う。目をゆっくりと瞑って、綺麗なメロディが流れ出す。

 ドキドキと、アルトの美しさで私はすっかり演奏に引き込まれ、気がつけば演奏は終了していた。


 私は思わず立ち上がって拍手を贈る。会場の至る所から聞こえる拍手にアルトは嬉しそうに微笑んだ。




「すごかったです! 曲も、アルト先輩も本当に綺麗で……!」


 会場から出て並んで歩きながら、ひたすらに魅力を語り続ける。

「分かったから……」とアルトは照れる。


「そう言ってもらえて嬉しい。それに、あれは君を思ってひいた曲なんだから」

「え……!?」


 本当に私だったのか、と爆発する勢いで赤くなっていると、アルトはふふっと満足そうに微笑んだ。


 色々尋ねたいこともあるけれど、今は恥ずかしくてアルトの方を見られる気がしない。それでもお礼を伝えようと口を開くと。

 アルトはパチっと指を鳴らして、こちらを見た。

 アルトの異能で周りの音が聞こえなくなってしまった。


「わざわざ異能を使わなくても……!」

「でも君の綺麗な声が聞こえないと思って」


 無自覚でキザなセリフを言われて、恥ずかしさは限界値に達した。続きを待つアルトを見てから、私は大きく息を吸う。


「あの、私のために作ってくれたなんてとても嬉しいです! 本当に夢みたいです……アルト先輩と過ごせてとても楽しかったです」


 そう言い切って、ばっと視線を下げた。


「ありがとう。僕も夢みたいだった」


 そう言ってアルトは目を細める。

 なにその顔、反則すぎるでしょ!


 笑顔に悶えていると迎えの車がやってきて、私は助かった……と胸を撫で下ろした。




 ***




 今日は僕も演奏するコンサートがある。

 女子寮に向かう車の中で、僕、アルト・ファルセットは今から迎えに行く相手に思いを馳せていた。


 シオン・アリシア。異能史の授業で出会った面白い後輩だ。勉強を教えるたび、嬉しそうに聞いてくれて、まるで子犬と戯れあっているように思える。


 でも、彼女は間違いなく劣等感に埋れていた僕を助けてくれた大切な人だ。


 有名な音楽一家に生まれた僕は厳しく育てられてきた。周りにはちやほやされて生きてきたという自覚はあるし、優遇された人生だと思っている。


 でも学園に入ってから気がついた。

 僕は所詮、親の力で生きてきたような人間で、周りを見れば僕よりすごい人なんてたくさんいることに。

 モデルであるレイもその1人だ。

 僕は悔しさからか、いつしか人と距離を置いて接するようになっていた。


 努力しても、何をしてもファルセット家のご子息、というしがらみから抜けられない。

 僕は無力だ、と感じていたときに現れたのが、シオンだ。


 彼女は勉強熱心で、こんな僕にも尊敬の眼差しを向けてくれる。それがどんなに心地良かったか。

 彼女が僕を褒めてくれて、レイとも仲良くなることができた。

 僕が少し歩み寄るだけで、こんなに明るい世界になるんだと、彼女のおかげで知ることができた。



 そうして、気がつけば楽譜が仕上がっていた。

 間違いなく彼女を思って作ったものだった。


 彼女が喜んでくれると、僕も嬉しいけれど……



 そう考えていると、彼女が窓に映った。

 花柄のワンピースがよく似合っていて、制服ではないのは新鮮で得した気分になる。


 演奏を聞いている彼女の表情はころころ変わってとても面白い。悲しい曲調の時は眉を下げ、明るい曲のときは口角を上げて肩まで揺らす。

 時折感じる彼女の手の温もりを離したくなくて、僕は思わず手を重ねていた。


「絶対音感、あるんですね」


 そう言う彼女はどこか不機嫌そうで、僕は日頃の癖が出てしまったのか、と申し訳なくなる。


「音楽の才能があって羨ましい」と彼女は笑う。

 親の力だけで成り立っていると思った時は音楽なんてやめたいと思った。だけど、やっぱり僕には音楽しかない。

 それに……彼女が喜んでくれる演奏ができるなら、僕の才能だっていいものに思える気がする。



 そう少し顔を綻ばせて、僕は壇上に上がった。

 壇上からは、僕に注がれる視線がよく分かる。目を点にしている彼女が面白くて、僕は彼女に笑いかける。


 僕は白と黒の鍵盤に手を置いた。

 いつもなら無心になれる演奏も、今日だけは違く感じる。

 やはり、彼女が見ているからなのだろうか。

 胸が高鳴る。彼女に触れていれば、もっといい音楽が作れる気がするのは、なぜだろう。


 真っ先に立ち上がって拍手を贈る彼女を見つめながら、湧き出てくる不思議な感情でいっぱいになっていた。




 彼女が熱心に僕の演奏を褒めてくれるのはなんだか照れくさい。

 僕は「君のために作ったんだよ」ともう一度念を押すと、彼女の顔はみるみる赤くなっていく。

 何かを言いたげに口を開いたのを見計らって、いじわるではないけれど、少し面白がって異能を使った。


「あの、私のために作ってくれたなんてとても嬉しいです! 本当に夢みたいです……アルト先輩と過ごせてとても楽しかったです」


 頬を赤く染めて言う彼女が可愛らしくて、僕は思わず顔を背けた。


「ありがとう。僕も夢みたいだった」


 なんで、こんなに心音がうるさいんだろう。

 僕はこの感情を何というのか知らない。


 だけれど、もっと彼女といたいと無性に思ってしまうのは、なぜだろうか。


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