17. ウィンターホリデー1日目 なんだかほわほわします
今日からウィンターホリデー。
私は寮の自室でにまにましている。手には楽しみにしていたホラーテイストのパズルゲームがある。前作を魅力的なキャラに惹かれて衝動買いして……ずっと続きを待っていた。早くやりたいなあ。
そうそわそわしていると、部屋のドアがノックされた。
「いらっしゃい、エース! 待ってたんだよー」
ドアを開けるとエースがいつもの調子で笑って立っている。両手にはぎっちぎちにお菓子が詰まったビニール袋を提げている。
「おー、お菓子も買ってきたし、さっそくやろーぜ」
「うん! 一緒にクリアしよう!」
私はそう意気込んでゲームをセットし、私のお気に入りばかりのお菓子たちを開封し所定位置のソファに腰掛けた。
「おー、さすがエース! 今のは神回避だった!」
「だろー!? てか、シオンの勘が当たりすぎててやばい!」
私たちはお菓子を絶えず口に運びながら大騒ぎでゲームを進めていく。
ふっ、長年ゲームをやっているだけあって勘が冴え渡ってる…… それにしてもエースもかなり上手い。
そうぼんやりとコントローラーを握るエースを眺めていると。
「うああ、こいつ本当にしつこいって……!」
「ああ! そこはその棚に隠れるんだよ!」
そう叫んだのも遅く、画面には「ゲームオーバー」という文字が浮かんでしまう。
「残念だったね……次私がやるよー」
よほどショックだったのか固まってしまったエースに声をかける。エースからコントローラーを取ろうとすると、エースがこちらを向いた。
「シオンは俺といるの、楽しい?」
急にどうしたんだ、と私はぽかんとしてしまう。でもそんなの決まってる。
「楽しいよ! エースとこうやってゲームできて本当に嬉しい」
満面の笑みを浮かべると、エースは私をじっと見てからゆっくり言葉を選ぶように言う。
「俺、ずっとシオンに謝りたかったんだ。異能のことも、学校でのことも知ってたのに、俺何もできなかったから……」
「……そんなことずっと思ってくれてたの?」
エースはコクコクと頷いた。いつもの明るいエースが、申し訳なさげに俯いている。その真面目な様子に私はどうしたら伝えられるかとゆっくり、目を見て話す。
「私、エースとまた会えて本当に嬉しかったの。もちろん異能のことはバレるのはいけないから、バラされるかも! とか思ったりしたけど……でもエースはいつも私のこと助けてくれて。一緒にいると楽しくて」
上手い表現がなかなか見つからない。「これからも仲良くしてね」いや、「またピンチになったら助けてね」何だかどれもしっくりこない。
エースは少し戸惑うような、複雑そうな表情を浮かべたまま、斜め下に目線を落とす。
「俺、シオンといると楽しいよ。せっかくまた友達になれたんだから、今度は辛い思いをさせたくないっていうか……あー、何て言えばいいんだろ」
エースはうーんと唸りながら天井を仰いでから「だから!」とくわっと大きな声で、
「もっと俺を頼ってほしいってこと!」
と言い切って、黙り込む。
私は目を瞬かせて、その様子を眺める。
エースがこんなに私のことを気にかけてくれているのが、素直に嬉しくて、小っ恥ずかしくて、私は思わず声を上げて笑ってしまう。
「急にどうしちゃったの……」
「いいだろ、別にー! 言いたくなったから言ったってだけ!」
エースはむうっと拗ねた子供のようにそっぽを向いてしまう。
「もうたくさん助けられてるよ……でもこれからも頼らせてほしいな……」
ぽろっと口から出てきた言葉は伝えたかった上手い表現な気がした。これなら、素敵に聞こえる気がする。
エースは一瞬キョトンとした顔をこちらに向けると、一緒になって笑い出した。
「まー、言いたいことも言えたし! ゲーム再開しよーぜー!」
エースがとても嬉しそうなので私もつられて嬉しくなる。
「次は私の番だからね!」と言いながら、何だかほわほわしたあったかさで心の中がいっぱいになった感じがした。
***
俺、エース・ソアリンはチラリと隣に目をやる。
隣にはコントローラーを握りしめて敵から大騒ぎで逃げている友達の姿がある。
その友達――シオン・アリシアとは、昔近所でとても仲が良かった。小学校くらいまでほぼ毎日遊んでいてとても楽しかったなあと今でも思う。
シオンは俺が何を考えているか当てるのがとてもうまかった。異能を持つ身として、彼女も異能を持つことはなんとなく勘付いていた。
そんな明るいシオンが、急に閉じこもるようになった。
前よりも元気がなくなったように思えてクラスを訪ねるとシオンのクラスメイトに「心を読まれるから近づかない方がいい」と声をかけられた。
彼女が異能のせいでいじめられていることは明白で、俺はそう言ってきたやつを軽く殴ってから、急いでシオンの家へと向かった。
『エース……? どうしたの?』
ドアを開けたシオンは何だか疲れているように見えて、俺は思わず口をつぐんだ。
『シオンが、少し心配で』
やっとそう言うと、シオンはいじめなんてないんじゃないか、というくらいの笑顔を見せた。
『大丈夫。心配してくれてありがとうね』
あの時、俺はそのまま安心し切ってしまった。程なくしてシオンは何も言わずに引っ越して、俺は全く連絡を取れなくなってしまった。
ずっと、後悔していたんだ。あの時助けられなかったこと。
……なんて考え込んでいたら、敵にいつの間にか襲われていて、ゲームオーバーになってしまった。
そして思わず尋ねてしまった。
シオンは何もできなかった俺を嫌ってるんじゃないかとか、考えだすと止まらなくなる。
でもシオンはまっすぐに俺を見て「楽しいよ」と言った。それがとても嬉しくて、俺は自然と口を開いていた。
また仲良くなれた。だから、辛い思いをしてほしくない。だけど、なんて言ったら伝わるんだろう。
俺が守る。
……いやいや、これだとラブラブなカップルみたいじゃん!
俺は天井を仰いで考えた結果、恥ずかしさを隠すように声を上げていた。
「もっと俺を頼ってほしいってこと!」
これも十分恥ずかしかったけど、この言葉が1番近い気がした。
するとシオンは、少し潤んだ瞳で笑った。
「もうたくさん助けられてるよ……でもこれからも頼らせてほしいな……」
その笑顔に、思わず胸が高鳴った。
……まただ。最近シオンといると調子が狂う。
久しぶりに再会したシオンは、俺が知っている頃のシオンとまた少し違うけれど、明るくて、少しぬけていて、一緒にいると思わず楽しくなってしまう。
ゲームが大好きなのも、俺がオススメした漫画を喜んでくれるのも、俺を頼ってくれるのも、全部嬉しくて、キラキラして見える。
それと同時に、シオンの周りにいる男子たちが無性に俺をイラつかせる。というか、人がいいシオンが色んな人たちを寄せ付けていることが……
あー、俺の気持ちが少しでも伝われば……
コントローラーを握り、画面に食いついているシオンに手を伸ばしかけていた。
慌てて手を引っ込めて、バクバクと鳴り続ける心臓に押さえつける。
俺、今、何しようとした……!?
無意識だった、完全に。
「エース、どうしたの?」
キョトンと顔を覗き込むシオンに心臓が一瞬飛び跳ねて、咄嗟に手で顔を覆う。
「今こっち見んなよ……!」
「ええ、なんで!」
ガーン、と効果音がつく勢いでそう言われて、俺は思わず笑ってしまう。
もう、ただの友達とは思えないかもしれない。
俺は、多分シオンのことが……
「早く一緒にやろ!」とニコニコしているシオンに、こっちの気もしらないで、と思いながら自然と顔は綻んでしまっていた。




