10. 仲を取りもちました
「アルト先輩ー!」
ぶんぶんと手を振って駆け寄っていくと、美少年は顔をゆっくりあげる。
「やあ、シオンか」
すっかりアルトとは異能史友達だ。頭が良いアルトはおばかな私の勉強によく付き合ってくれている。
「昨日先輩が教えてくれたところ本当に分かりやすくて! もう毎日お願いしたいくらいです……!」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。君は熱心だからすぐに身につくはずだよ」
アルトはそう言って微笑み、隣の席へと促す。
私は顔が綻びそうになりながら、座る。
今日はただ先輩に勉強を教えてもらいにきたのではない……
「先輩に、もう一つ頼みたいことがあって……」
不思議そうに続きの言葉を待つアルトをよそに私は教室の入り口に向かって合図を出す。
「……いくら後輩のためでも却下だよ」
アルトは分かりやすく顔を歪める。
「うわあん、そんな風に酷く言わなくても良いじゃないかー!」
そうめそめそ泣くのを装って入ってきたのはレイ・クリエート。プロのモデルだ。
そう、今日は以前レイに頼まれた「アルト先輩と仲良くなろう大作戦」実行日なのである。
目的はなぜかアルトに嫌われているレイがアルトと仲良くできるようにすること……なのだけれど。
まさかこうも完全拒否されるとは……一体何をしてしまったんだ。
冷たい目でレイを見つめてから私は取り繕うように笑顔を作る。
「2人が仲良くしてくれると嬉しいなあ、と思いまして……」
「君がレイと仲がいいことに僕は驚いているよ」
吐き捨てるように言われて私は大きくため息をつく。
これは、難敵だな……!
やはりプランA「雰囲気的にそのまま」なんていう安易な考えは間違っていた。ここはプランBに変更しなければ。
私はレイにプラン変更の合図を出すと、レイも大きく頷いた。
「そんなに嫌われているのなら仕方ない。僕は1人で前の席に移るよ……」
肩を落としてモデルとしてはアウトなとぼとぼ歩きを披露しながら、レイは前の席に着席する。
ゴングが鳴り続ける部屋にスポットライトがつく。
私はその明かりに照らされて、いかにもなメガネをくいっとあげる。
『私の推測では、真面目優等生なアルト先輩はモデルとはいえ授業にろくに出ず、キラキラオーラ、つまり遊び人オーラを醸し出しているレイ先輩が苦手なのではないかと思います。ならば……優等生らしく振る舞えば良いのです』
ふっ、完璧すぎるわ。脳内妄想もショートカットされてしまうほど簡潔すぎたわ。
呟くと同時にスポットライトは、瞬時に消える。
そうしてそんな策謀を内に秘めた私たちなどつゆ知らず、授業がスタートした。
優等生らしい振る舞い。積極的な発言。ずっと背筋よく正された姿勢。これはさすがモデル、というべきか、後ろ姿は本当に目を引くほど綺麗だ。
私は横目でアルトを見る。珍しく黒板以外に視線が向いており、やはりレイを気にしているのだろうと思う。
「先輩はどうしてレイ先輩が苦手なんですか?」
「……今は授業中だよ」
言いたくなさげに顔を背けられる。
かくなる上は……と心の中で謝りつつ私はアルトに気付かれない程度に触れた。
『どうしてこんなにも差があるのだろうか』
それを聞いて、私の推測はほぼ間違いであることに気づく。
何度も聞いた。人間に一番多い声。
これは、羨むときの声色だ。
おそらくアルトはレイを嫌っているのではない。むしろ性格も才能も認めている。
そして、差を感じている。
「アルト先輩」
授業が終わってそうアルト先輩の手を取る。
「私はアルト先輩すごいと思います。だって私みたいなおばかにも勉強付き合ってくれて本当に分かりやすくて!」
「僕は、すごくなんてないよ」
アルトはそう言って俯く。その視線の先にはこちらを真剣な眼差しで見つめるレイの姿。
『僕もレイも名家の息子だ。なのにレイはもう一人前で、僕は努力したってすごくはなれない』
そういうことか。だから差を感じて……
私はパッと手を離すと、ふうっと息を吐く。
「アルト先輩にはアルト先輩の、もちろんレイ先輩にはレイ先輩のそれぞれ良いところがあると思うんです。聞きましたよ、先輩がいつも学年トップの成績だってこと。それは先輩の努力なんでしょう?」
アルト先輩は一瞬目を見張る。
「それにレイ先輩はキラキラした見た目だけど、真面目だと思うんです。この前私とエースを助けてくれた時もとってもカッコよかったですから」
私はレイ先輩に笑いかけると、2人を交互に見る。
「私、2人は気が合うと思うんです。2人とも違う形かもしれないけれど努力していることは間違いないですから!」
「レイ先輩、アルト先輩と仲良くなりたいってもうすごくって」と付け加えて笑う。
するとアルトは照れたように顔を背けると、ぽつりと呟いた。
「仲良くなっても……いい」
その言葉に私とレイは顔を輝かせる。
「それとその色々、ごめんなさい……」
アルトは頭を下げる。本当に優しい先輩だな。
「シオンー、ほんっとうにありがとう! お礼にこれをあげる」
レイは目をゆっくり閉じる。すると、レイの手からポンっと音がした。
その手には真っ赤なバラが握られている。
「ええ! すごい! 綺麗なバラですね!」
「ふふ、そうでしょ? これは僕の異能なんだ。空想を具現化する異能。なかなかイケてるでしょ?」
私が大きく頷きながら受け取ろうとするが――私の手は空ぶる。しかもそのままレイは立ち上がる。私は思わず呆気に取られてしまう。
「シオンー! 次授業一緒に行こー!」
私に駆け寄ってきたのはアリス。しかし笑顔は一変、うげえと顔を歪める。
「アリスーー! 友達できたんだねぇ!」
そう叫んだのはレイ。抱きつかんばかりのレイをアリスはなんとか引き剥がそうとしている。
え? レイが彼氏なの? とぽかんとしていると、アリスが叫んだ。
「もうやめてよ、お兄ちゃん!」
「…………え?」
聞けば、アリスは有名な兄の妹だとバレると厄介だから、と名字をなるべく名乗らないでいたらしい。
そして……レイは重度のシスコンだった。
「こうなるから学園ではなるべく会いたくなかったのに……まさかシオンと仲が良いとは思ってもみなかったわ」
アリスがはあっとため息をつく。
なんか失礼な気もしたけれど……まあいいや。
「アリスー、お兄ちゃんと一緒に次の授業行こう、ね?」
「もう、今から仕事でしょ! グダグダ言ってないでさっさと行く!」
なんというか、もう引いてしまうくらいシスコンだ。
私は冷ややかな目でレイを眺める。
「シオン! 行こう!」
アリスはレイから顔を背けると私に教室から出るように促す。
アリスは、レイのシスコンさに引いているようだ。
教室から出て行こうとすると、グイッと手を引かれた。
振り返ると、アルトが私の目をまっすぐに見ている。
「どうしたんですか?」
そう尋ねると、アルトは少し俯き気味に、
「ありがとう。君の言葉、すごく嬉しかった」
と消えいるような声で言う。
別にそんな改まることでもないのに、と不思議に思いつつ、微笑んだ。
「どういたしまして! 先輩の役に立ててよかったです」
アルトの「声」にはもう羨むような感情は感じなかった。
「シオン! アリス!」
呼び掛けられて振り向くとリーフが駆け寄ってきた。
リーフは私のリュックに視線を落とすと、不思議そうな顔で尋ねる。
「そのバラ、どうしたの?」
「え? バラ?」
リュックを下ろしてみると、はみ出るように真っ赤なバラが刺さっていた。
「うわ、お兄ちゃん本当こういうとこ無理……」
アリスがバラをぐしゃっと掴んで引っこ抜く。
「え、どういうこと?」
「気にしないでー」
私とアリスのやりとりをリーフが不思議そうな顔で眺めている。
それから、廊下中に「アリスってあのレイの妹なの!?」とリーフの声が響き渡るまであと数秒……




