世界がこわれるとき
第9回 世界がこわれるとき
「みんなも思い出したんだね」
セイヤが、ふらふらと立ちあがった。
「ぼくたちは子どもじゃない。大人なんだ。8月11日の同窓会であつまって、それから――」
「それから、どうしたの?」
涼華がたずねる。
「ダメだ。それから先のことをおぼえていない。みんなは?」
ハルキは同窓会の記憶を思い出そうとした。
だが、ホテルで食事したこと以外は何も思い出せない。
「食事のあと、みんなでどこかに行った気がするんだけど……ダメだ。あとは何も思い出せない」
「わたしも。タイゾウが父親のことを自慢してたのしかおぼえてない」
「そういや、傀儡夜叉がいってたよな。『タイゾウを殺した』って。けっきょく、あいつもアキフミも怪物にやられたんだな」
「これも因果応報なのかな……」
因果応報――自分のおこないは、かならず自分にかえってくる。
ハルキはそれを痛感していた。
いじめられているカズマサを助けてやれなかった。
だから、自分はカズマサに呪い殺されようとしている。
「わたしたち、カズマサくんに呪いをかけられて、タイムスリップしちゃったのかな?」
「タイムスリップかはわからないけど、ここが現実じゃないことだけはたしかだ」
そのとき、廊下のスピーカーからチャイムの音が聞こえた。
* * * *
それはまるで何かの合図だった。
チャイムがなると同時に、西校舎がグラグラと揺れはじめた。
「なんだ? 地震か?」
シュウが頭に手をのせ、その場にしゃがむ。
ナナミは涼華をだいて、廊下にすわりこんだ。
地震は5秒ほどでおさまった。
さいわい、だれもケガはしなかったが、チャイムにあわせておきた地震に5人は得体の知れない不安をおぼえた。
「あ……」
何かを見つけた涼華が資料室にとびこんだ。
資料室は20年前まで使われていた旧6年1組の教室で、生徒数がへった現在では歴代6年生がつくった作文集や資料集を保管するのに使われている。
「さっきの、12時のチャイムだったんだ」
ナナミが資料室の床に落ちた時計を見て、いった。
時計の針は12時をさしていた。
「運動場がわれてる」
涼華が運動場をゆびさした。
黄土色の地面が三方向にわれて、そこからむらさき色の煙が、もうもうと噴き出している。
煙はあっというまに広がり、あらゆる命をうばった。
ソテツ、イヌマキ、ケヤキ、そして花壇のチューリップ。
煙に触れた植物は命を吸われるように、一瞬にして枯れてしまった。
「ヤバイ。ここにいたら、おれたちまで煙にやられちまう。早くにげるぞ」
シュウを先頭に、5人は廊下に飛び出した。
紫煙――いや、死煙はあけはなしたドアから侵入して、すでに西校舎の1階まで広がっていた。
「1階はダメだ。屋上へにげるぞ!」
5人はUターンして、屋上にあがった。
死煙がこないように屋上のドアをしっかりと閉める。
だが、それはみずからの手で、にげ道をなくす行為でもあった。
「世界がこわれてゆく」
死煙におおわれた運動場を見て、涼華がそんな言葉をつぶやいた。
「世界がこわれる……」
その言葉をハルキはどこかで聞いたような気がした。
こたえは涼華が教えてくれた。
「3つの槍が天を刺すとき、世界はこわれ、闇の泉に真実への道があらわれる」
涼華がノートに書かれていた暗号文をつぶやいた。
3つの槍。
こわれる世界。
闇の泉。
真実への道。
カズマサはこの暗号で、いったい、何をつたえようとしているのだろう?
ハルキは視線を運動場から東校舎にうつした。
絶望ばかり見ていても仕方ない。
いまはすこしでも助かる方法をさがさなくては。
東第1校舎の大時計を見たとき、ハルキはあることに気づいた。
地震がおきてから、もう5分はたつのに、大時計の針は12時をさしたままだった。
ハルキは大時計をじっと見つめた。
意識を目に集中させ、そこから得た情報を暗号文にむすびつける。
「そうか! 3つの槍だ!」
ハルキが急にさけんだ。
「3つの槍は時計の針のことだったんだ」
5人の目が大時計を見入る。
時計についた長針、短針、秒秒の3つの針が数字の12をさしていた。
「3つの槍が天を刺すとき――3つの針が真上を向くのは12時だけだ。つまり、天を刺すってのは、12時をさすってことだったんだ」
「そうか。12時になったから、運動場がわれて『世界がこわれた』んだね」
セイヤが運動場をゆびさしていった。
「それなら『闇の泉』は? 暗号文に『闇の泉に真実への道があらわれる』ってあったでしょ。もしかしたら、わたしたち『真実への道』を通って、元の世界に戻れるんじゃない?」
元の世界に戻れる保証なんてどこにもない。
それでもハルキは――いや4人はナナミの言葉を信じることにした。
どうせ、このまま殺されるなら、最後まであがいてやろう。
あがいて、あがいて、あがきまくって、最後まで希望に向かって走り続けてやろう。
「『闇の泉』だ。『闇の泉』が、なんなのか考えるんだ」
5人は『闇の泉』の正体について考えはじめた。
その間にも死煙は大地から噴き出し、ふえ続けている。
「くっそぉ! 『闇の泉』ってなんなんだよ。おれの頭でもわかるような暗号にしろよー!」
「静かにして! みんな、必死に考えてるんだから」
怒ったナナミがシュウの尻をたたいた。
「プール!」
さけんだのは涼華だった。
「プールなら水がある」
「そうだ、プールだ。だれもいないのにプールに水がたまっていたのは泉を再現するためだったんだ。『闇の泉』って夜のプールのことだったんだよ!」
セイヤが興奮しながら、説明した。
「でも、プールドームまで、どうやって行くの?」
ナナミがはるか向こうにあるプールドームに目を向ける。
プールドームは体育館の裏にあるので、西校舎から行くには1階におりて、そこから庭をつきぬけるか、体育館へ行き、そこから2階の空中わたり廊下を通って入るしかない。
だが、いま、西校舎の1階は死煙に埋めつくされている。
空をとばないかぎり、プールドームへは、どうやってもたどりつけない。
「せっかく『闇の泉』がわかったのに……」
ナナミが床に手をついて、うなだれた。
「わたしたち、このまま煙に飲みこまれて死んじゃうの?」
「死ぬもんか」
ハルキはナナミの手をつかんで立ちあがらせた。
「ぜったい、死ぬもんか」
「ハル……」
ハルキには考えがあった。
そして、その考えを理解してくれる人物が、この場にもうひとりいることもわかっていた。
「シュウ」
ハルキはナナミの手をにぎったまま、シュウをふりかえった。
シュウはスリルにみちたゲームを楽しむように、不敵な笑みをうかべている。
「おぼえてるよな? 4年のときのこと」
「もちろん。わすれてたら、いまごろ、ナナミとおなじこといってるよ」
「ふたりとも、なんの話をしてるの?」
ナナミがふたりの顔を交互に見比べる。
「みんな、ここからプールドームに行くぞ」
「でも、ここからじゃ、どうやってもドームには行けないでしょ?」
「それが行けるんだよな」
シュウはフェンスまで行って、そこから1階のわたり廊下を見おろした。
「よし、煙はまだ屋根まできてないな。みんな、ここから排水管をつたって、わたり廊下の屋根におりるぞ」
* * * *
ナナミはシュウの言葉が信じられなかった。
「排水管をつたってって……そんなこと、ほんとうにできるの?」
「心配ご無用。成功させたやつが、ここにふたりもいるんだ。それが何よりの証拠さ」
「……ハルもやったの?」
ナナミがハルキをふりかえった。
「4年のときに忍者のアクションゲームにハマッてさ。つい、マネしたくなったんだよ」
ハルキがてれくさそうに笑った。
しかし、すぐにまじめな顔に変わった。
「みんな、聞いてくれ。おれとシュウは4年のころ、ここから排水管をつたって、1階のわたり廊下の屋根におりたことがあるんだ。そして、そこから体育館の屋根にあがったんだ」
「体育館の屋根に? どうやって?」
「それは走ってたらわかるよ。もたもたしてるヒマはない。行こう」
「先頭はおれが行く。みんなはおれのマネをしながらついてこい」
シュウはフェンスをのぼって、屋上の際に立った。
小学校といえど、校舎の高さは10メートルもある。
経験者であるシュウでさえ一瞬、目がくらみそうになった。
校舎の壁につけられた排水管は地震対策のためにセラミックでできている。子どもの体重でこわれる心配はない。
「行くぞ!」
シュウは本物のチンパンジーのようにスルスルと排水管をおりはじめた。
シュウは自分のマネをしろといったが、ナナミやセイヤにはとてもそんなことできない。
それでも助かる方法はこれしかない。
ナナミはできるだけ下を見ないようにして、一歩一歩、排水管の固定具に足をかけ、下へおりていった。
「ここから、屋根にとびうつるぞ!」
5人は排水管から、わたり廊下の屋根にとびうつると、体育館に向かって走り出した。
走り慣れない屋根の上で、ナナミは何度も転びそうになった。
けど、そのたびにハルキが手をさしのべてくれた。
見えない壁のせいで死煙が校外に出ないので、煙がどんどん敷地内にたまってゆく。
5人のいるわたり廊下の屋根にも、もうすぐとどきそうだ。
シュウがわたり廊下の屋根から、体育館の入り口の雨よけ屋根にとびうつった。
つぎにハルキが、そして、ナナミ、セイヤ、涼華がとびうつる。
「ここからあがるぞ」
シュウが体育館の壁につけられたタラップ(かべつきハシゴ)に手をかけた。
「そうか! これなら子どもでも屋根の上にあがれる!」
セイヤが感心して、シュウにガッツポーズをおくった。
タラップは体育館の屋根につけられたソーラーパネルを点検する際に、作業員が使うものだ。
だから、子どもがのぼらないように、わざわざ体育館の入り口の上に取りつけられている。
「いそごう。煙がそこまできてる」
ハルキがシュウをいそがせた。
死煙はすでに運動場の植物をすべて枯らして、5人の足元にせまっていた。
(つづく)
次回の投稿予定は、5月16日の午後8時です。