真実
第8回 真実
傀儡夜叉のうでがハルキの首にのびる。
「この模型ヤロウ!」
シュウは夜叉の横腹めがけて、金属バットをフルスイングした。
バットが夜叉の横腹にあたり、模型の体にひびが入る。
傀儡夜叉が、ヨロヨロとこわれた壁のほうへよろめいた。
このままいけば、壁にあいた穴から、つきおとせるかもしれない。
「チンパンジー、なめんなよ!」
シュウは夜叉の体を思いきりつきとばした。
傀儡夜叉がうでをバタバタさせながら、後退する。
壁の穴まで、あと1メートル。
――もうすこしだ!
シュウはもう一度、傀儡夜叉をつきとばそうとした。
だが、夜叉のふるったうでがシュウの胸にあたった。
ハンマーでたたかれたような衝撃に、シュウは胸を押さえて廊下にたおれた。
「うう……」
ダメージが大きすぎて、シュウは動くことができない。
ハルキもセイヤも戦える状態ではない。
心臓をうしなったことで、傀儡夜叉はかなり弱っているようだ。
だが、このままでは全員やられてしまう。
そのとき、とつぜん、ナナミと涼華が走り出した。
そして――
「わたしだって、超獣なんだから!」
ナナミが傀儡夜叉の体を押した。
夜叉の体がうしろへさがる。
涼華も無言で夜叉の体を押した。
小さな彼女の一体どこに、これほどの力があったのだろう。
傀儡夜叉の体は大きくのけぞり、駐車場へ落ちていった。
* * * *
「やったのか?」
シュウはやっとの思いで立ちあがり、壁にあいた穴から駐車場を見おろした。
駐車場には、こわれた人体模型のパーツがバラバラに飛び散っていた。クモの下半身だけはどこにも見当たらなかったが……。
「やったな、超獣」
「あんたもね、チンパンジー」
ふたりはこぶしをこつんとあてて、勝利のよろこびを分かち合った。
「でも、おどろいた。まさか、涼華ちゃんにあんな力があるなんて」
「みんなを守らなきゃって思ったの。そしたら、自分でも信じられないくらい力が出て……あの、ほんとうにわたしが傀儡夜叉を落としたの?」
涼華はまばたきしながら、ふたりにたずねた。
ふたりとも笑いながら、うなずいた。
「火事場のフルバーストってやつだよ。そうだ、ハルキたちはだいじょうぶか?」
「そうだ! ハル!」
ナナミはハルキに駆けよった。
「ハル、だいじょうぶ?」
「……思い出した」
「え?」
「思い出した。おれは――いや、おれたちは小学生じゃない。大学生なんだ。ナナミもシュウも、それからセイヤも大学生なんだ」
「ハル、何をいってるの?」
ハルキはナナミの肩を押さえて、顔を見つめた。
興奮しているのか、彼の指はブルブルふるえている。
「ナナミは地元の女子大で栄養学をまなんでるんだ。大学の文化祭で100種類のわたあめを売ったのおぼえてないか?」
つぎにハルキはシュウを見た。
「シュウはS県の自動車大学にかよってる。将来は車の整備師になりたいって、同窓会で話してくれたじゃないか」
「ハ、ハルキ。おまえ、だいじょうか?」
「さっき、壁にぶつけられたときに思い出したんだ。おれたち、体は小学生だけど、ほんとうは大学生なんだ。西暦だって2072年なんかじゃない。いまは2081年だ」
「2081年?」
「そうだ。2072年はおれたちが小6だったときの西暦だ。それから9年たったんだ。成人式の日にみんなであつまって、飲んだのおぼえてないか? おまえ、酒が飲めないからって、抹茶オレばっか飲んでたじゃないか」
「抹茶オレ……ちょいまち!」
シュウがひとさし指でこめかみをたたきはじめた。
「抹茶オレ……そうだ、抹茶オレだ。ハルキ、なんでもいいからいってくれ。何かを思い出しそうなんだ」
「ええと……たしかカノジョにフラれて、いまは一人身だっていってた。成人式でも、地元の女子に手あたりしだいに声をかけてたと思う」
「さいってい!」
ナナミがシュウをにらみつけた。
「あとは……あとは……そうだ、『デュエルキングダム』だ。金にこまってレアカードを売ったっていってた」
「まさか! おれがそんなことするはず――『デュエルキングダム』!」
シュウが、バンと手をたたいた。
「思い出したぞ! ケントだ。ヴァルス・ベインをぬすんだのはケントだ」
シュウがハルキに向かってさけんだ。
「おれ、体育館で話したよな? おれがファミレスで抹茶オレを飲みながら、知らない大人と『デュエルキングダム』の話をしてたって」
「ああ。たしか、その大人がレアカードをぬすんだ犯人なんだよな?」
「その犯人がケントなんだよ。おれ、同窓会に参加するためにK県に戻ってきたんだ。そんで、高校で一緒だったケントにたのんで、1日だけあいつの家に泊めてもらうことにしたんだよ。ファミレスでいろいろ話してるうちに、小学生のときの話になってさ。それで、おれ、あいつにいったんだ。『おれのヴァルス・ベインをぬすんだの、おまえだろ?』って」
「じゃあ、シュウが見えない壁に頭をぶつけて、思い出した記憶って……」
「ああ。大人になってからの記憶だ」
ふたりの会話をナナミは信じることができなかった。
自分はまだ12歳の小学6年生だ。
大学生であるはずがない。
しかし、ハルキもシュウもぜったいにウソはついていない。それはふたりの態度でわかった。
「ええと、ええと……」
ナナミも何か思い出そうとした。
しかし、大学生の記憶なんて思い出せるわけがない。
自分は子どもなのだから。
「野菜の絵……」
涼華がつぶやいた。
「おねえちゃん、いってた。給食室のシャッターに野菜の絵が描かれていたって。それ、もしかしたら、大人になってからの記憶かも」
野菜の絵。
それこそが引き金だった。ナナミは大学生の記憶を取り戻した。
「そうよ! だって、あれ、わたしが描いたんだもん。大学のボランティア活動でここに描きにきたの。だから、わたし、野菜の絵のことを知ってたんだ」
「ナナミも思い出したんだな?」
「うん!」
「涼華ちゃんも何か思い出した?」
涼華は悲しそうに首をふった。
「わたしは何も思い出せない」
それから、涼華は自分の手をじっと見つめた。
「わたしは、みんなより子どもだから」
(つづく)
次回の投稿予定は、5月15日の午後8時です。