死闘
第7回 死闘
「…………ハるキ」
少年の声が聞こえる。
聞きおぼえのある声だ。
そう――ケントの声だ。
「ケント!」
5人はあたりを見まわした。
「ケント! いるのか? 返事しろ!」
廊下のかどからケントが顔を出した。
「ケント! よかった、無事だったんだな」
ケントがこくりとうなずいた。
不思議なことに、ケントは顔だけを廊下のかどから出して、首から下はかくしたままだった。
「ケント。オノデラさんは? 一緒にいたんじゃないのか?」
「シんダ。おノデら、シんだ」
「死んだって……怪物に殺されたのか?」
ケントは無言のまま、うなずいた。
「オノでら、シんだ。タいゾう、シンだ」
「おまえ、タイゾウに会ったのか?」
「タイぞー、アッた。タイぞウ、コロした」
「殺した? 殺された、のまちがいだろ?」
「コロした。ころシタ。コろシた」
「あの人、何かおかしい」
涼華はポケットに手をのばすと、ケントに気づかれないように、そっと勾玉を取り出した。
「おまえ、ほんとうにケントなのか?」
シュウが金属バットをかまえる。
「ケんと、けんト、ケンと」
ケントの首がゆっくりと前にたおれ、廊下のかどから体があらわれた。
* * * *
むきだしの臓器。
つくりものの体。
クモの下半身。
あらわれたのは、ケントの顔をした人体模型の怪物だった。
「傀儡夜叉だ!」
セイヤがさけぶと同時に、傀儡夜叉が5人におそいかかってきた。
涼華は傀儡夜叉に向かって、勾玉を投げつけた。
勾玉は傀儡夜叉の顔にあたった。
そして、そのまま――
廊下に落ちた。
「そんな!」
ナナミがさけんだ。
勾玉はたしかに命中した。
だが、傀儡夜叉は灰にならない。
不死身の妖虫は大きくとびはねて、セイヤにおそいかかった。
傀儡夜叉はセイヤの首をつかんで、そのまま体を持ちあげた。
セイヤの足が床からはなれて、148センチの体が宙にうく。
「セイヤをはなせ! 模型ヤロウ」
シュウがバットをめちゃくちゃにふりまわした。
傀儡夜叉のクモの脚がシュウにおそいかかる。
胸をけられたシュウがよろめき、壁に激突した。
傀儡夜叉の指が、ぐいぐいとセイヤの首をしめつける。
このままではセイヤが殺されてしまう。
だが、あいつに勾玉は効かない。
――どうすればいいんだ?
ハルキはあせった。
あせればあせるだけ、考えが頭の中から消えてゆく。
このままでは、ほんとうにセイヤが殺されてしまう。
――こうなったら、イチかバチかだ!
ハルキは廊下に落ちた勾玉をひろった。
「うおぉぉ!」
ハルキは勾玉をにぎったまま、思いきり殴りつけた。
傀儡夜叉の心臓を。
* * * *
かたさ。
やわらかさ。
つめたさ。
生暖かさ。
そのすべてが、こぶしにつたわる。
金色の光がハルキの手からはなたれた。
心臓を殴られたのと同時に、傀儡夜叉がセイヤからうでをはなした。
その瞬間、夜叉の顔が『ケント』から本来の『人体模型』の顔に戻った。
傀儡夜叉は死んだクモがするように脚をちぢめ、のどをかきむしりながら、くるしそうに廊下を転げまわった。
「セイヤくん、しっかりして!」
見れば、ナナミと涼華がセイヤによりそっていた。
「やったな、ハルキ」
シュウがハルキの背中をたたいた。
傀儡夜叉の心臓が色をうしない、灰になりかけている。
傀儡夜叉をたおした。
だれもが、そう思った。
だが、つぎの瞬間、傀儡夜叉は自分の心臓を引きぬき、投げ捨てた。
色をうしなった心臓「だけ」が灰になって、風に流されてゆく。
心臓をうしなった傀儡夜叉がゆっくりと立ちあがった。
人体模型の顔は無表情のはずなのに、ハルキには目の前の怪物が笑っているように見えた。
* * * *
勾玉は、もうのこっていない。
子どもたちの背筋はこおりついた。
「このおぉぉ!」
ハルキはバットをふりまわしながら、傀儡夜叉に突撃した。
「みんな、いまのうちににげろ!」
ハルキは自分がおとりになり、その間にみんなをにがそうとした。
傀儡夜叉はハルキのうでをつかむと、力まかせに彼を廊下の壁にたたきつけた。
強い衝撃が全身に流れこむ。
何かが頭の中ではじけた。
それは記憶だった。
強い衝撃が、ハルキの記憶を思い出させたのだ。
自分が何歳なのか。
どこの学校にかよっているのか。
なんの学科を専攻しているのか。
なんのサークルに所属しているのか。
アルバイトは何をしているのか。
ハルキは完全にそれを思い出した。
(つづく)
次回の投稿予定は、5月14日の午後8時です。