カズマサ
第6回 カズマサ
「そうだ。タイゾウのこと、すっかりわすれてた」
シュウのすっとんきょうな声で、ほかの4人もやっとタイゾウのことを思い出した。
「そういや、おれたちタイゾウをさがしてたんだな。おい、早く東校舎に戻ろうぜ」
これ以上、教室にいる意味もないだろう。
5人は教室を出ることにした。
「あれ?」
不意にセイヤが足をとめた。
「セイヤ、どうかしたのか?」
シュウが声をかける。
「ちょっと待ってね」
セイヤは机の数をかぞえはじめた。
「18、19、20……おかしい、机が20個ある」
「ああ、そのことか。おれたちが目をさましたときから、なんでかわかんねぇけど、机の数がふえてたんだよ」
もし、このとき、ふえた机について、もっと考える時間があれば、5人は自分たちが夜の学校にいることを思い出し、真実にたどりつけていたかもしれない。
* * * *
その恐怖は最初『音』でやってきた。
ミシミシという音とともに教室が揺れ、電子黒板と壁にヒビが入る。
「なんだ!?」
シュウが金属バットをかまえる。
つぎの瞬間、壁をこわして、となりの教室から巨大なイモムシがあらわれた。
「千貫入道!」
セイヤがさけんだ。
イモムシの頭についた5つの仮面の口から、うめき声があがった。
まゆをひそめた男面
のっぺりとした女面
怒りくるった鬼神面
悲し気に泣く、おばあさんの老女面
不気味に笑う、おじいさんの翁面
5つのうめき声は、声の大きさも高さもバラバラなのに、ひとつの音のようにかさなって聞こえた。
「にげろ!」
5人は教室を飛び出した。
廊下を走る!
とにかく走る!!
うしろからは千貫入道が校舎の壁をこわしながらせまってくる。まるで戦車におわれているようだった。
「あっ!」
バランスをくずした涼華がたおれた。
「涼華ちゃん!」
ハルキは体を反転させて、涼華に駆けよろうとした。
だが、ハルキよりも先に、セイヤが涼華を助けに向かった。
「うおぉぉ!」
セイヤはさけびながら、千貫入道の頭についた翁面をバットでたたいた。
千貫入道の巨体がぶるんとふるえ、5つの仮面が悲鳴をあげる。
千貫入道は廊下の壁にもたれかかり、そのまま壁をこわして駐車場に落ちていった。
* * * *
5人は壁にあいた大きな穴から、駐車場を見おろした。
駐車場にはイモムシの形をした巨大な灰の山ができていた。
「思い出したんだ。おじいさんの仮面が、あいつの弱点だってことを」
セイヤが肩で息をしながら、説明した。
「弱点? そんなことノートには書かれてなかったぞ。なんで、おまえが弱点のことを知ってんだ?」
「それは……」
セイヤはシュウの質問にこたえられなかった。
なぜ、千貫入道の弱点を知っていたのか。
それは、セイヤ自身わからない。
セイヤは深呼吸すると、弱点のことを思い出そうとした。
「うう……」
頭が痛む。神経がしびれて、意識がとびそうだ。
それでもセイヤはなんとか思い出そうとした。
自分だけが怪物の弱点を知っていた。ハルキたちを救うには、ほかの怪物の弱点も思い出さなければならない。
――思い出すんだ。
記憶の闇を溶かすように、ぼんやりと頭の中に人の顔がうかんだ。
それはセイヤとおなじぐらいの歳の少年だった。
――この子のことを思い出せば、怪物の弱点について何かわかるかもしれない。
心臓が破裂しそうなほどふくれあがり、足がガクガクとふるえる。
汗まみれの顔とは反対に、口の中はカラカラにかわいていた。
――なんでもいい! この子のことを思い出すんだ。
少年の顔がハッキリとしてくる。
うねった髪、青白い肌、黒色のフレームのめがね。
そうだ、ぼくはこの子のことを知っている。
保育園のころから、いつも一緒に遊んでいた子だ。
この子の名前は……。
「カズマサくん」
アキヤマ・カズマサの存在を思い出したとき、はじけるようにして頭の中に、ある光景がうかんだ。
それは放課後の教室で、セイヤとカズマサが怪物のノートを一緒に見ている光景だった。
「それじゃあ、千貫入道だけ弱点をつけるね」
「うん! でも、すごいなぁ。これ、ぜんぶ、カズマサくんがひとりで考えたんでしょ? 何か物語でもつくるの?」
「物語をつくるわけじゃないんだ。ほら、現実ではタイゾウに復讐することができないだろ。だから、怪物を考えて、想像の中であいつに復讐してやるんだ」
そして、カズマサは真剣な顔でセイヤにいった。
「セイヤくん、タイゾウに復讐しよう。タイゾウだけじゃない。ぼくらがいじめられているとき、助けてくれなかったやつら全員に復讐しよう」
復讐しよう。あいつらに復讐しよう。
カズマサの声が耳をおおいつくす。
「ダメだ……そんなことできないよ」
セイヤは必死に反対した。
カズマサの声が一段と大きくなった。
復讐しよう。あいつら全員に!
「ダメだ! そんなのダメだ!」
セイヤは頭をふった。
カズマサの顔がグニャリとゆがんで、頭がまっしろになる。
何も考えられない。
手足に力が入らない。
セイヤはくずれるようにして、廊下にたおれた。
* * * *
「セイヤ、だいじょうぶか。おい、セイヤ」
シュウがセイヤの体を揺さぶった。
光をうしなった目が無限の闇を見つめている。
セイヤはたましいがぬけたように、ぼうっとしていた。
「セイヤ、ちょっと痛いけど、おまえのためだ。うらむなよ」
シュウはセイヤのほほをたたいた。
その瞬間、セイヤはハッとして我にかえった。
「カズマサくん……カズマサくんだよ! あの怪物を考えたのはカズマサくんだよ。カズマサくんはノートに怪物を書いて、想像の中でタイゾウたちに復讐しようとしていたんだ。でも、授業中にノートのことが先生にバレて取りあげられた。だから、ノートが先生の机の中にあったんだ」
セイヤは必死に説明するが、4人にはなんのことかわからない。
「なぁ、セイヤ。カズマサって、だれだ?」
「クラスメイトだよ。おなじ6年1組のアキヤマ・カズマサくんだよ。思い出して!」
セイヤがシュウの肩をはげしく揺さぶった。
「みんな、お願いだから、思い出して」
アキヤマ・カズマサ。
どこかで聞いたような気がするし、はじめて聞くような気もする。顔は思い出せない。
「ぼくの親友だったんだ。いつも、タイゾウにいじめられていたんだ。思い出して」
ハルキもシュウも、そしてナナミもカズマサという子のことをなんとか思い出そうとした。
だが、はげしい頭痛にジャマされて、集中力が続かない。
それでもハルキはカズマサのことを思い出そうとした。
カズマサにかかわる記憶をつかもうとして、大きな『手』をイメージした。
自分の意識は大きな『手』だ。
あらゆる記憶の中から、知りたい記憶だけをつかみ取ることのできる巨大な『手』なのだ。
ハルキはその『手』でカズマサにかかわる記憶をつかもうとした。
深い泥沼の底から一粒のダイヤを取り出すように、ハルキは『手』を記憶の奥へと、もぐりこませた。
「うぐ……」
頭痛と吐き気で『手』のイメージが消えてゆく。
だが、消える寸前、『手』の指先がダイヤに触れた。
ハルキはかすかにカズマサにかかわる記憶を思い出した。
「遠足……?」
それは3年生のときの遠足の記憶だった。
3年生のとき、ハルキはとなり町にある自然公園へ遠足で出かけた。
そこでハルキ、シュウ、ナナミの3人はカズマサと一緒に弁当を食べたのだ。
カズマサの弁当は、たったひとつのコンビニおにぎりだった。母親がこれしか買ってくれなかったのだとカズマサは悲しそうに話してくれた。
「これ、あげるよ」
ハルキは弁当箱のフタにミートボールを置くと、それをカズマサにわたした。
「じゃあ、おれはウインナーやるよ」
「わたしはハンバーグあげるね」
肉だらけの弁当を受け取ると、カズマサは3人に何度も礼をいった。
それがハルキの思い出したカズマサの記憶だった。
「そうだ。このあと、4人でおかしを食べたんだ。カズマサがおかしを持ってないからって、おれたちの分もわけて、4人で食べたんだ」
ハルキは横目でシュウをうかがった。
シュウは汗を流しながら、ひとりごとをつぶやいていた。
「誕生日パーティーだ。だれかの……だれかの誕生日パーティーだ」
「ナナミのだ! ナナミの誕生日パーティーだ!」
ハルキはシュウによびかけた。
「シュウ、思い出せ。ナナミの誕生日パーティーにカズマサもきてくれたんだ。ナナミの9歳の誕生日パーティーだ」
ハルキの言葉で、シュウの顔が変わった。
「そうだ、ナナミの誕生日パーティーだ。おれ、カズマサが学校でいつもさびしそうにしてるから、セイヤと一緒にあいつをパーティーにさそったんだ。あいつ、うまそうにケーキ食ってたんだ。はじめてケーキ食ったみたいな顔してさ、ほんとうにうまそうにケーキを食ってたんだ。ナナミ、おまえ、おぼえてないか?」
「おぼえてる……ううん、思い出した。そうよ。わたし、ゲームでカズマサくんとペアになったもん」
ナナミがひたいの汗をぬぐった。
汗で服がぐっしょりぬれ、紺色のブラジャーがすけて見える。
ハルキはあわてて目をそらした。
「みんな、思い出したんだね。カズマサくんのこと」
3人は力強くうなずいた。
「涼華ちゃんは?」
涼華だけは首を横にふった。
彼女には、カズマサの記憶がないらしい。
「涼華ちゃん、カズマサっていうのは、ぼくたちのクラスメイトの名前なんだ。本名はアキヤマ・カズマサ。たぶん、6年1組で、だれよりもタイゾウに強いうらみを持っている子だよ」
「どういう意味?」
セイヤは説明しようとしたが、それよりも早くハルキが話しはじめた。
「カズマサの家は貧乏で、父親はあいつが小さいころに肺がんで死んでしまったんだ。だけど、母親はほかの男と遊んでばっかりで、カズマサに服すら買おうとしなかった。そんなカズマサを、タイゾウはいつもバカにしてた。もしかしたら、人として見ていなかったかもしれない」
ハルキはそこで一度、言葉を切った。
カズマサがいじめられているのを何度も見てきた。
なのに、自分は一度も助けることができなかった。
そのくやしさが、のどをつまらせた。
「タイゾウはカズマサとセイヤを特にいじめたんだ。たぶん、ふたりともそんなに力が強くないし、はむかう意気地もないと思ったんだろうな」
シュウがハルキのかわりに説明した。
「ぼくもカズマサくんもタイゾウには強いうらみを持っていた。だから、カズマサくんはノートに怪物を書いて、想像の中でタイゾウに復讐しようとした。そして、その仲間にぼくをさそった」
セイヤは千貫入道のページをひらいた。
「千貫入道の弱点を考えたのは、ぼくなんだ。カズマサくんは弱点をつけるのをいやがってたけど、弱点があったほうがリアルな生物みたいだからって、ぼくがむりやり説得したんだ。だから、ぼくはおじいさんの仮面が弱点だってことを知っていた」
「ほかの怪物の弱点は?」
涼華がたずねる。
「カズマサくんは弱点をつけるのをいやがってた。だから、ほかの怪物の弱点はわからない。もしかしたら、ないのかも……」
セイヤの声はおわりに近づくにつれ、小さく聞き取りにくくなっていった。
「カズマサくんの呪いかな?」
ナナミが暗闇に向かって、つぶやいた。
「わたし、カズマサくんが図書室で『世界の呪い』って本を借りるのを見たことがあるの。きっと、カズマサくんは、わたしたちを呪い殺すつもりなのよ」
「どうして、おねえちゃんたちが殺されるの?」
涼華がナナミの手をにぎった。
「おねえちゃんたちも、カズマサさんをいじめてたの?」
その場にいた6年生、全員が首を横にふった。
だが、言葉にして「ちがう」とは、だれもいえなかった。
「貧乏って理由であいつをバカにしたことは一度もないし、殴ったこともない。でも――」
「でも?」
「おれはカズマサがいじめられているとき、一度も助けられなかった。泣きながら助けを求めたときも、タイゾウの仕返しがこわくて、助けることができなかった」
「ハルだけじゃない。わたしたちみんながカズマサくんを助けることができなかった」
「呪われて当然かもな……」
シュウが満月に向かって、ぽつりとつぶやいた。
こわれた壁を通して、夜風が廊下に流れこんだ。
(つづく)
次回の投稿予定は、5月13日の午後8時です。