狂気の足音
第4回 狂気の足音
「2・7・9・1……っと」
昔ながらのダイヤル式チェーンロックが、カチッと音を立ててはずれる。
「へへ、どんなもんだよ」
シュウが得意げに親指を立てた。
「あんた、いつ、体育倉庫のカギ番号なんておぼえたの?」
「おれは『秋浜ダイナソーズ』のエースピッチャーだぞ。練習場の倉庫のカギ番号ぐらい知ってるに決まってるだろ」
シュウの所属する『秋浜ダイナソーズ』は秋浜第2小学校をホームグラウンドにする少年野球チームだ。
チーム人数は10人とギリギリで、そのうち4人が1年生。試合で3点以上取ったことがなく、成績はいつも最下位。エースピッチャーの実力は説明しなくとも想像がつくだろう。
金属バットは男子が持つことになり、5人は体育館に向かった。
* * * *
体育館は静かだった。クラスメイトの声がまったく聞こえない。
その理由はすぐにわかった。
体育館にだれもいなかったからだ。
あるのは黒い液体がついたマットと、床に飛び散った黒い模様だけだった。
どの模様もおかしな形をしていて、まるでバケツに入ったペンキをぶちまけたみたいに、黒い液体がハデな飛び散り方をしている。
最初、5人はなぜ、床やマットに模様がついているのかわからなかった。
だが、液体の正体に気づいたとき、だれもいない理由がわかった。
「血だ……」
液体をよく見ると、ふちの色が完全な黒色ではなく、黒ずんだ赤色であることに気がついた。
黒い液体の正体。
それは人間の血液が酸化して、黒色に変色したものだった。
「みんな殺されたんだ……影童子に殺されたんだ」
セイヤの手から金属バットがすべり落ちた。
「ちくしょおぉぉぉ!」
シュウは体育館を飛び出すと、南校門へ走った。
「われろ! われろ! われろ!」
シュウは見えない壁を金属バットでたたいた。
何度も何度も、たたき続けた。
それでも壁はこわれなかった。
「われろ! われろ! われろ!」
痛いのは自分のほうなのに、それでもシュウはバットをふるい続けた。
4人はそんなシュウの背中を見つめることしかできなかった。
* * * *
「シュウ! みんな!」
声が聞こえたのは西校舎からだった。
西校舎の1階の窓からナガサキ・ケントとオノデラ・トモミが顔を出して、5人に手をふっていた。
「ケント! トモミ! 生きてたのか」
シュウはバットを投げ捨てて、西校舎に走った。
「よかった。おまえら無事だったんだな」
シュウがケントの手をにぎり、ぶんぶんふりまわした。
「よかった、ホントによかったよ」
うれしそうに細めたシュウの目が涙でぬれそぼっている。
それはハルキやナナミもおなじだった。
「なぁ、ケント。体育館で何がおきたんだ? やっぱり、みんな、カマキリの怪物に殺されちまったのか?」
「カマキリ?」
ケントが、まゆをひそめる。
「カマキリじゃないよ。イモムシの怪物だよ。人間より大きなイモムシが、いきなり天井からふってきたんだ。そいつがみんなを押しつぶして殺したんだよ」
「大きなイモムシ? うう……」
セイヤがうめきながら、こめかみを押さえた。
「だいじょうぶ?」
涼華が心配して、セイヤの背中をさすった。
「ありがとう。急に頭痛がしただけ。もう、痛くないから心配しないで」
「ねぇ、オノデラさん。生きのこったのって、きみたちふたりだけ?」
ハルキがトモミにたずねる。
「わたし、タイゾウとアキフミが第1扉からにげるのを見たの。あのふたり、まっさきに体育館から、にげ出したのよ」
「ふたりらしいよ」
ハルキの言葉に、みんながうなずいた。
「でも、ほっとくわけにはいかない。ふたりをさがしに行こう」
* * * *
ケントとトモミをくわえた7人は、タイゾウをさがすために東第2校舎へ向かった。
タイゾウのにげ出した扉の位置から考えて、もっとも近くにある建物が第2校舎だったからだ。
「おい、理科室にあかりがついてるぞ」
シュウが理解室の窓をゆびさした。
暗い教室の窓から、丸みをおびたオレンジ色のあかりが揺れているのが見える。
「行ってみようぜ」
あかりの正体はアルコールランプの炎だった。
だれもいない理科室の机の上で、アルコールランプが燃えていたのだ。
「なんで、アルコールランプが燃えてんだ?」
「もしかして、タイゾウがきたのかも」
「ねぇ、見て。準備室がひらいてる」
ナナミがハルキの肩をたたいた。
いつも閉まっているはずの理科準備室の扉が半分ほどひらいている。
「タイゾウ、いるのか?」
ハルキは注意しながら、足で扉をあけた。
「おれだ、ハルキだ。みんなもいる。いるなら出てこい」
返事はない。
「おい、人体模型がないぞ」
シュウがバットで部屋の奥をさした。
80年前から学校にあるといわれている人体模型がどこにもない。
そのかわり、いつもかけられているはずの、ほこりよけの布が床に落ちていた。
「いたのか?」
ケントがうしろから、たずねた。
「いないみたいだ。ほかの部屋をさがそう」
7人は理科室を出ると、となりの家庭科室をさがした。
だが、家庭科室にもタイゾウたちはいなかった。
「ねぇ、やっぱり学校から出る方法を考えましょうよ」
家庭科室を出たとき、トモミがいった。
「でも、タイゾウたちが――」
「ハルキくんは、ほんとうにあいつらを助けたいの?」
トモミの言葉には、聞く者の心にささる、するどい響きと重さがあった。
「あんな最低なやつら、助けたってしかたないじゃない。あいつらこそ怪物に殺されればよかったのよ」
「オノデラさん……」
「わたしね、ユウカとカナが殺されたって聞いたとき、内心はうれしかったの。あのふたりもタイゾウとおなじで、わたしたちを奴隷みたいにあつかってきたでしょ? そんなやつら死んだってしかたないのよ。因果応報よ」
「インガオウホウって、どういう意味?」
涼華がたずねる。
「いいことも悪いことも、自分のしたことは、かならず自分にかえってくるって意味よ」
トモミは仲間の顔を見まわした。
彼女の目には、タイゾウやユウカをうらむ涙があふれていた。
「あんなやつら、さがす義理なんてないわ。だから、わたしたちだけでここから出る方法を考えましょうよ」
トモミの言葉はあきらかに度をこしていた。
だが、彼女の思いはだれもが心の深い場所にかかえているものだった。
自分たちを、さんざんいじめてきたやつを助ける義理なんてない。
助けたところでこれから先、あいつらの態度が変わることもないだろう。
ならば、このまま、ほうっておいてもいいかもしれない。
そんな考えが次第に心に黒い根をはっていく。
「おれはさがすよ」
そういって、ハルキはひとりで歩き出した。
「たしかにあいつらは最低なやつだけどさ……ここで、見捨てたら、あいつらとおなじになっちゃう。おれはそんなのいやだ」
背中越しにハルキは自分の思いをトモミに語った。
そのとき、いきなり、だれかが背後からハルキの首すじに手をまわした。
それはシュウだった。
「おれ、顔はチンパンジーかもしんないけど、心までタイゾウと同レベルはいやだからな。おれも一緒にさがすぜ」
ハルキはうしろをふりかえった。
のこしてきたと思った仲間――シュウ、ナナミ、涼華の3人――はハルキのすぐ近くにいた。
「一応、あいつらもクラスメイトだもんね。助けてあげなくちゃ」
「ふたりも、どこかでこわい思いをしてると思う。だから、わたしもあの人たちをさがす。だれだってこわいのはいやだから」
「てなわけだ。おまえらはどうする?」
シュウはケントたちをふりかえった。
「どうする?」
ケントがトモミにたずねる。
トモミは、まよったそぶりを見せたが、何もいわなかった。
「セイヤは?」
「ぼくは行くよ」
まようふたりをのこして、セイヤはハルキたちの元へ向かった。
「ぼくもハルキくんについていく。お金や、うでの力ではタイゾウに勝てないかもしれないけど……せめて人間としては勝っていたいから」
セイヤが自分たちから遠ざかってゆくのをケントとトモミはじっと見ていた。
涼華がうれしそうにセイヤの手をにぎり、シュウが髪の毛をくしゃくしゃになでまわす。ナナミもハルキもよろこんでセイヤを仲間として受け入れる。
たった5メートルぐらいしかはなれていないのに、ケントは自分とセイヤがまったく別の世界にいるような気がした。
「どうする?」
再度、トモミにたずねる。
「人数の多いほうが安全だと思うけど……」
ケントはさりげなく自分の意見を主張した。
タイゾウを助ける気はまったくないが、怪物のいる学校で、女子とふたりきりで行動するのは安全だとは思えない。ここは、たてまえでもいいから、タイゾウを助けるふりをして、ハルキたちと行動するほうが安全だろう。
「……そうよね。安全よね」
トモミはひとりごとのようにつぶやくと、ハルキたちのほうへと歩き出した。
* * * *
「ここにもいないか」
ハルキが図書室の扉をあけて、廊下に出る。
けっきょく、タイゾウたちは1階のどの部屋にもいなかった。
「つぎは2階をさがそう」
7人は階段のある昇降口へ向かった。
階段の踊り場には、彼らのさがしている人物がいた。
それはアキフミだった。
「アキフミ! 生きてたんだな!」
ハルキとシュウは階段を2段とばしで駆けあがると、アキフミに近づいた。
怪物におそわれたのが、よほどこわかったのだろう。
アキフミは体育座りの姿勢で壁によりかかり、膝小僧にひたいをつけて顔をかくしていた。
「アキフミー。助けにきたぞー」
階段の下からケントがさけんだ。
ケントとトモミは階段をあがろうとせず、階下からハルキたちを見守っていた。
「ほら、アキフミくんも男の子でしょ。いつまでもそんなところにすわってないで、わたしたちと一緒にタイゾウをさがしましょう」
ナナミがアキフミのうでをつかんだ。
アキフミは顔をかくしたまま、もう片方の手でナナミのうでをつかんだ。
「いたっ!」
ナナミがさけんだ。
アキフミの指が、猟犬のキバのようにナナミのうでにくいこんでいる。
だれもが力の入れすぎだと一目見てわかった。
「アキフミくん、痛い! はなして!」
だが、アキフミは手をはなそうとしない。
「アキフミ、はなせよ!」
ハルキがアキフミの肩を強く揺すった。
アキフミがゆっくりと――
ゆっくりと顔をあげる。
その顔を見て、ハルキはぞっとして、うしろへとびのいた。
なぜなら、アキフミの顔に目玉がついてなかったからだ。
* * * *
生きるために戦う人間がいる。
生きるために、にげる人間もいる。
トモミとケントは後者だった。
アキフミが人間でないとわかったとたん、ふたりはナナミを見捨てて、にげ出した。
廊下を走っていたトモミが何かにつまずいて転んだ。あとをおうようにケントもハデに転倒する。
「何? いったい、何が――」
廊下に転がっているものを見て、トモミは悲鳴をあげた。
転がっていたのは人間の肢だった。
「オノデラさん、おちついて! これは模型だよ。人体模型の肢だよ」
ケントが肢をけりとばす。
模型の肢は軽い音を立てて、廊下の壁にあたった。
「なんで肢の模型が廊下に落ちてるの?」
「わからない。とにかく外に出よう。こんなところにいたら、怪物に――」
何かが天井からふってきた。
だが、何がふってきたのかケントは知らない。
確認する前に「何か」がケントの首の骨を折ってしまったからだ。
* * * *
恐怖が体を支配する。
ケントを、あきかんのように投げ捨てる「そいつ」を見て、トモミは言葉をうしなった。
天井からふってきたのは人体模型だった。
ぬめりをおびた模型の心臓が、命を持たない体の中で動いている。
下半身は人間の肢ではなく、巨大なクモだった。
「やめて……」
人体模型のうでがトモミの首にのびる。
「やめて……殺さないで……」
つめたい指が、ものすごい力でトモミの首をしめつける。
うすれゆく意識の中で、トモミは助けを求めて、声にならない声をあげた。
だが、その声はだれにもとどかなかった。
(つづく)
次回の投稿予定は、5月11日の午後8時です。




