体育館の子どもたち
第2回 体育館の子どもたち
まっくらな体育館にはハルキたちのほかに13人の子どもがあつまっていた。
みんな、6年1組の生徒だ。
「なんだよ、ライトぐらいつけろよ」
シュウが入り口にあるスイッチを押した。
だが、天井のライトはひとつもつかない。
「なんで、つかないんだ?」
「知らねぇよ。ここも廊下もあかりがつかないんだよ」
アキフミがいった。
「これで全員そろったわけだけど、さて……これからどうするかな」
ナガサキ・ケントが、仲間の顔を見まわした。
「どうするって……みんなで家に帰ればいいじゃないか?」
シュウが、けげんな顔でたずねる。
「それができるなら、とっくにやってるよ」
アキフミがあきれたようにつぶやいた。
「どういうことだよ?」
「セイヤ、こいつらに教えてやれ」
アキフミはとなりにいたコウサカ・セイヤの背中をたたいた。
コウサカ・セイヤは6年生にしては背の低い小柄な少年だった。運動は苦手だが、それ以外の成績は優秀で、絵や作文のコンクールでは毎年のように賞を取っている。
しかし、それがかえってタイゾウの反感を買い、セイヤは1組の中でもタイゾウから、とくにひどいいじめをうけていた。
「学校のまわりに見えない壁がはられているんだ。だから、ぼくたち学校から出られないんだよ」
「見えない壁?」
ハルキとシュウは顔を見合わせた。
夜の学校にいることじたい信じられないことだが、見えない壁はもっと信じられないことだった。
「セイヤ、見えない壁って一体なんなんだ? まさかバリアとか?」
「信じられないなら、セイヤと一緒に校門まで行って、たしかめてこいよ」
タイゾウがいった。
「行って、頭でもぶつけてこい」
ハルキとシュウはセイヤと一緒に、南校門へ向かった。
「見えない壁ねぇ……ゲームの話じゃあるまいし」
シュウは校門をくぐろうとしたが、その瞬間、見えない何かに頭を打ちつけてしまった。
「いってえぇ! なんだよ、これ!? 頭がわれるぅ!」
「これが見えない壁だよ」
セイヤが何もない空間に向かって手をのばす。
彼の指はたしかに見えない何かに触れていた。
「校門だけじゃない。塀にも見えない壁がはられているんだ」
「じゃあ、塀をこえることもできないのか?」
「うん。どこかに出口がないかさがしたけどダメだった。ぼくら、学校に閉じこめられたんだ」
「学校に閉じこめられた……」
ハルキも見えない壁に手をのばした。
そこにはたしかに『壁』と表現するにふさわしい、かたさを持った何かが存在し、ハルキたちを学校に閉じこめていた。
「自分がいつから学校にいたのかおぼえていないんだ。気づいたら、プールドームの監視室でたおれていたんだ」
ハルキたちのかよう秋浜第2小学校には3つの校舎と体育館、そしてプールドームとよばれる建物がある。
これはプールを建物の中に設置することで、雨の日でも水泳授業を可能にするためにつくられたものだ。
「どこかで水の音がするなって思って目をあけたら、プールに水がたまっていたんだ。それにウォータースライダーにもちゃんと水が流れてた」
プールドームの大プールにはウォータースライダーが取りつけられている。これはおぼれている子どもを助けるために、教師が1秒でも早くプールにたどりつくためのものだ。
なので、スライダーの入り口は2階の監視室にある。
「ドームにはセイヤしかいなかったのか?」
「うん。ほかの人は保健室とか1年生の教室で眠っていたみたいだよ」
そのあと、3人は塀にそって歩いてみたが、やはり見えない壁のぬけ道はどこにもなかった。
なので、3人は体育館に戻ることにした。
「なぁ、セイヤ」
戻る途中、ハルキはセイヤに話しかけた。
セイヤに、どうしてもいいたいことがあったからだ。
「こんなときになんだけどさ……ゴメン」
「ゴメン? 何が?」
「セイヤがタイゾウにいじめられてるときにさ、おれ、いつも見てるだけで一度も助けたことなかっただろ。それをあやまりたかったんだ。助けてあげられなくてゴメンって」
最後の「ゴメン」と同時にハルキは立ちどまった。
「セイヤだけじゃない。ほかのやつがいじめられているときも、おれは見ていることしかできなかった。タイゾウを殴りたい気持ちはあるのに、どうしてもそれができなかった」
「おれもだよ。おれもハルキとおなじで、クラスメイトがひどい目にあっているときに見ていることしかできなかった。だから、おれもあやまるよ。ゴメン」
「気にしないで、ぼくもおなじだから。ハルキくんやシュウくんがあいつに殴られているとき、ぼくは見ていることしかできなかった」
セイヤは空を見あげた。
暗い夜空にうかぶ金色の満月は、まるで宇宙から3人を監視する巨大な目のようだった。
「戻ろっか。あんまりおそいと、みんなが心配するよ」
セイヤはそういって、体育館に向かって歩き出した。
* * * *
3人が体育館に戻ったとき、ほかの生徒たちは、どうやって助けをよぶかについて話していた。
「なぁ、だれか電話持ってないのか?」
「ダメよ。わたし、いつもXフォンを持ち歩いてるのに、どのポケットをさがしても見つからないの」
「東校舎の公衆電話で警察をよべばいいんじゃないか?」
「ヨシオカがやったけど、あの電話、どこにもつながらないってさ」
そんな会話がハルキたちの耳にもとどいてきた。
「どうだった? ほんとうに見えない壁があったの?」
ナナミがハルキにたずねる。
「ああ。校門も塀も見えない壁におおわれてる。おれたちは学校に閉じこめられたんだ」
「じゃあ、わたしたち、もう二度と外に出られないの?」
「だいじょうぶだって。朝になったら、先生たちもやってくるし、ほかの人だって異変に気づいて助けにきてくれるさ」
ハルキ自身、そんな期待はしていなかったが、泣き出しそうなナナミの顔を見ると、ウソでもそういわなければいけないような気がした。
「ねぇ、ハルキくんたちも何もおぼえていないの?」
図書がかりのサワグチ・ミドリが話しかけてきた。
「うん。思い出そうとすると、すごく頭が痛くなるんだ」
「わたしもそうなの。思い出そうとするんだけど、頭が痛くなって、そのうち考えることをやめちゃうの。だから、何も思い出せない。すこしでもいいから何かを思い出せばいいんだけど……」
「あのさ、そのことなんだけどよ」
とつぜん、シュウがふたりの会話にわりこんできた。
「おれ、へんなことを思い出したんだ」
「へんなこと?」
「ああ。おれ、見えない壁に思いきり頭をぶつけただろ。あのときにさ、頭ン中におかしな光景がうかんだんだ。ほら、マンガとかで記憶喪失のやつが頭に強い衝撃をうけて、わすれていた記憶を思い出すってのがあるだろ? だからさ、もしかしたら、おれも頭をぶつけて記憶を思い出したのかも」
いつのまにか、ハルキたちのまわりにはクラスメイトがあつまっていた。
暗い体育館の中で、みんながシュウの言葉に耳をかたむけている。
「どんな光景だ?」
「うん……おれが、どっかのファミレスで、抹茶オレを飲んでるんだけどさ、向かいにすわった知らない大人が、おれにあやまってるんだよ」
「あやまる? 何を?」
「ヴァルス・ベインをぬすんで、悪かったって」
「……ええと、シュウ。ヴァルス・ベインってなんだ?」
「『デュエルキングダム』のレアカードだよ。おれ、『凱魔竜鬼ヴァルス・ベイン』っていう、すっげー強いレアカードを持ってたんだけど、5年のときに、どこかになくしちまったんだ。そんでさ、その大人がヴァルス・ベインをぬすんで悪かったって、ずっと、おれにあやまってるんだよ」
このとき、もしだれかがナガサキ・ケントを見ていたら、彼の顔から血の気がうせたのに気づいただろう。
「それ以外は?」
「ダメだ。あとは何も思い出せない」
シュウがあきらめたように頭をふった。
「あーあ。頭、使ったら、なんか腹へっちまったよ」
「シュウもか? おれも腹がすいてるんだよ。ハラペコってわけじゃないんだけど、なんかこう食べたりないっていうか、もうすこし腹に何かつめこみたいっていうか。ナナミは?」
「いわれてみれば、わたしも……。みんなはどう?」
ナナミの問いかけに、子どもたちはうんうんとうなずいた。
どうやら、みんな小腹がすいているらしい。
「涼華ちゃんは?」
「わたしはすいてない」
涼華がたしかめるように腹に手をあてた。
そのとき、急に体育館のスピーカーからチャイムの音が聞こえてきた。
「なんで夜にチャイムがなるんだよ?」
「ねぇ、見て。時計が逆に動いてる」
壁かけ時計は1時をしめしていたが、秒針は右まわりではなく、逆の左まわりに動いていた。
「あの時計、さっきまで、まったく動かなかったの。それがチャイムと同時に動き出したの」
涼華がハルキに教えてくれた。
「ねぇ、みんな。今日はここで泊まろうよ」
みんなの視線がナガサキ・ケントにあつまる。
「ふとんならマットが代わりになるし、夜食なら職員室にあるカップラーメンを食べればいいしさ。だから、今日は体育館で泊まろうよ」
「でも、職員室のラーメンって先生用でしょ? 勝手に食べていいの?」
「だいじょうぶ。事情を説明したら許してくれるって」
子どもたちの中には反対する者もいたが、学校から出る方法がないので、けっきょく、今日は体育館で泊まることにした。
「そうだ、ラーメンを持ってくるかかりとマットをしくかかりを決めようよ」
ミヤタ・アユムの提案で、クラスの1~4班がマットをしくかかりになり、5~6班がカップラーメンと電子ケトルを取りに行くかかりに決まった。
「シュウイチ探検隊、ただいまよりカップラーメンを取りに、秘境への探検を開始します!」
シュウがマットをしく女子に向かって、敬礼した。
けど、だれひとり、ふりむいてくれなかった。
「おい、なるべく早く帰ってこいよ。みんな、腹へってんだからな」
タイゾウは1班のリーダーだが、自分ではマットをしかず、パイプいすにすわって休んでいた。
「あいつの分だけ、わざとわすれてこようかな」
「やめとこ。どうせ、おれたちのうばって食うからさ」
ハルキ、シュウ、ナナミ、そして涼華をくわえた5班とセイヤ、キリヤマ・ユウカ、カワモト・カナの6班はラーメンを取りに職員室へ向かった。
もし、このときハルキたちが体育館にのこっていたら……。
もし、マットをしくかかりとラーメンを取りに行くかかりが逆だったら……。
おそらく、6年1組みんなの運命が変わっていただろう。
(つづく)
次回の投稿予定は、5月9日の午後8時です。