報告
第12回 報告
2か月がたった。
VDSステーションでおきた、同級生殺害未遂事件は連日のように各メディアで報道された。
ヴァーチャルワールド・ダイブ・システム。通称、VDSはゲームにプレイヤーの意識を潜入させることで、実際にゲームの世界の中で遊ぶことのできるシステムだ。
VDSが誕生したのは2078年だった。
ゲームの世界を実際に体験できるこのシステムは、あっというまに人気になり、いまではVDS用のオリジナルゲームをつくる部活もある。
つくったゲームは全国にあるVDSステーションに持っていけば、遊ぶこともできる。
その日は、シュウこと久保秀一がK県に戻ってくる日だった。
春輝と七美は小学校時代からの親友をむかえるために、秋浜駅にきていた。
「おーい、春輝、七美」
玄関でふたりを見つけた秀一が手をふった。
少年時代、野球とカードゲームに熱中した秀一は、いま、S県の自動車大学にかよい、整備士をめざして勉強している。
「あれぇ、おかしいなぁー? ジムできたえて、ムキムキになるんじゃなかったのかよー?」
2か月前と変わりない秀一の体を見て、春輝がひやかした。
「おれ、ジムにかようのやめたんだ」
「どうして?」
「そこにかよってる76歳のばあさんが、おれにメロメロでさ。ばあさんにモテても、しかたないだろ? だからかようのやめたんだよ」
それを聞いて、春輝も七美も大笑いした。
「おっ! 七美、おまえ、前に会ったときより、すこしやせたんじゃないか?」
「わかる? ランニングをはじめてから、じつは2キロやせたの」
ゲームの中で、秀一に怪獣だの超獣だのからかわれた七美も、いまでは女子大パンフレットの表紙をかざる美人に成長している。
「春輝は……おまえ、なんにも変わってないな」
「そういうなよ。これでも1キロやせたんだぞ」
「へえ、何してやせたんだ? 引越しのバイトか?」
「ちがうよ。……みんなの実家にさ、いろいろ、話を聞きに行ってたんだ」
秀一の顔から、すこしだけ笑いが消えた。
「そっか……。ゴメンな、てつだってやれなくて」
「いいって。こういうことは地元にいるおれらがやらないと」
「あとでいいからさ、いろいろ聞かせてくれよ。みんなのこと」
「うん」
「あーあ。長いことバスに揺られてたから腹へっちまったよ。早いとこ、七美オススメのフレンチレストランとやらに行って、腹いっぱいランチを食おうかな」
そういって、秀一はおおげさに腹をたたいてみせた。
* * * *
事前に七美が予約していたので、3人はレストランの個室に案内された。
食事もおちついたところで、秀一はバッグの中から、小型のポータブル・ビジョンプレイヤー(映像投射機)とマイクロビジョンメモリ(映像データ保存用メモリ)を取り出した。
「もう何回もテレビで見たとおもうけどさ、もう一度、3人で見ないか?」
春輝も七美も、そのメモリには見覚えがあった。
メモリは同窓会の前に和正がおくってきたものだ。
だから、3人とも、それにどんな映像が入っているのか知っている。
「おれは見るよ。七美は?」
「わたしも見る。ちゃんと向き合わなくちゃいけないのは、わかってるから」
「ありがとな」
秀一はプレイヤーの電源をオンにして、メモリをさしこんだ。
プレイヤーの映像発生装置から青白い光が投射され、空中に秋山和正の立体映像がうかびあがった。
立体映像の小ささをのぞけば、ほんとうにそこに和正がいるようだった。
「みんな、今回の同窓会に参加してくれて、ほんとうにありがとう!」
和正が笑った。子ども時代、一度も見せたことのないような笑顔だった。
「子どものときはいろいろあったけど、こうして全員が参加してくれるのは主催者として、ほんとうにうれしいし、やる気もわいてくる。食事のあと、VDSステーションでゲームをするのは前に連絡したから、みんなも知ってるよね? このメモリは、どんなゲームをするのか、みんなに知ってもらうためにおくったんだ。いわばゲームの説明書みたいなものだよ」
立体映像の和正が手をふると、となりに説明パネルがあらわれた。
「今回、みんながおこなうのはヴァーチャル逃走ゲーム。カッコつけていってるけど、ようはヴァーチャル空間でおこなう、鬼ごっこだよ」
そこで和正はてれくさそうに、はにかんだ。
「舞台はおなじみの秋浜第2小学校。ここで、ぼくたちは小学生のすがたに戻って、鬼役のキャラクターからにげるんだ」
説明パネルに鬼役のグラフィックモデルが映し出された。
鬼役はサングラスをかけたガードマン風の男性だった。
「ちょっとこわい見た目だけど、つかまえたプレイヤーを食べたりしないから安心して。つかまったプレイヤーはゲームオーバーになっちゃうけど、すぐに現実に戻ってこられるから、ゲームルームのモニターでみんなを応援していてね」
もう一度、和正が手をふると、今度は説明パネルに時計があらわれた。
「ゲームエリアの時計はすべて左まわりに動くようになっている。これは制限時間をあらわしているんだ。制限時間は1時から12時までの1時間。このゲームのむずかしいところは1時間にげきったからといって、クリアってわけにはいかないところなんだ」
説明パネルの時計が、あっというまに1時から12時になり、となりに光の柱があらわれた。
「制限時間をすぎると、ゲームエリアのどこかにゴールがあらわれる。そのゴールに入った人だけがゲームをクリアしたことになるんだ。ぼくはこのゲームをつくった本人だから、どこにゴールがあるのか知ってるけど、ゲーム中はぼくをアテにしないほうがいいよ。なぜなら、ぼくはゴール位置の記憶を消してダイブするからね。みんなも、そっちのほうが楽しいと思うだろ?」
そこで、和正はもう一度、てれくさそうに、はにかんだ。
「最後に、このゲームの攻略ヒントを教えておくね。このゲームには『夢幻鳳』っていうサポートキャラが学校のどこかにいるんだ。このサポートキャラと、どれだけなかよくしておくかがゲーム攻略のカギだよ」
説明パネルに夢幻鳳のグラフィックが映し出された。
だが、それは涼華ではなく、金色のアゲハチョウだった。
「ゲームの説明はこれまで。それじゃあ、同窓会で会おうね」
立体映像の和正が3人に手をふった。
映像の再生がおわると、和正のすがたは消えてしまった。
「このとおりのゲームだったら、ほんとうに楽しかっただろうな」
かたづけをしながら、秀一がひとりごとをいった。
事件の日、クラスメイトがゲームポッドに入ったあと、和正はプログラムの調整があるといって、ゲームルームから出ていった。
そして、事前に用意していた従業員の制服に着替え、ニセのIDカードを使って、ゲームデータを管理するデータルームに侵入。
1週間前にVDSステーションに提出していたゲームデータを復讐用のゲームデータ『クローズド・スクール』にすりかえて、春輝たちをその世界にダイブさせた。
春輝たちが記憶をうしなっていたのも、和正がクラスメイト全員の記憶を書き換えたからだ――というのは、あとになってニュースで知ったことだった。
「春輝。最近、だれか目をさましたか?」
「うん。3日前に小野寺さんが目をさましたけど、後遺症にくるしんでる」
事件のあと、クラスメイトたちは病院に運ばれた。
ゲームの中で怪物に殺された彼らも、現実では意識をうしなっているだけだった。
最初に目をさましたのは、影童子に殺された桐山優香だった。
彼女はいま、東京のファッションデザイナー学校にかよっている――車いすに乗って。
優香はゲーム内でおきた『死』の影響で脳溢血をおこし、下半身不随になっていた。
目をさましたクラスメイトをまちうけていたのは、地獄のような日々だった。
永崎賢人は右半身のマヒで、いまも病院でリハビリを続けている。
お笑い芸人をめざしていたアキフミこと安藤昭文もゲーム内で憑骨に殺されたことにより、言語障害をわずらい、夢をあきらめることになった。
「泰造は動けないまま、ずっと病院にいる。あいつの母さんが必死に看病してるよ」
事件のあと、春輝と七美はクラスメイトの家をまわり、そこで家族と話をした。
彼らの流した涙は、いまもまぶたのうらに焼きついている。
「聖矢は、まだ眠ってるのか?」
「うん。ドクターの話だと、一生このままかもしれないって」
高坂聖矢は、いまも病院で眠り続けている。
春輝と七美は日曜日になると、かならず聖矢の病室をおとずれ、花瓶に花をそえていた。
「和正の家に行ったけど、いまは空き家だったよ。うわさだと、母親は5年前に自殺したらしい。あくまでうわさだけどな」
「……親子そろって自殺なんていやだよな」
ゲームルームで春輝が和正を見つけたとき、すでに彼は死んでいた。
警察は和正の死を毒物による自殺だと発表した。彼のアパートをしらべた刑事によると、机の上に遺書と思われる紙が置かれていたらしい。
「ニュースでもいってたよな。もし、だれもゲームをクリアできなかったら、後遺症どころか、全員、ポッドの中で死んでたって」
「うん」
「あいつ、おれたちを殺して、自分も死ぬつもりだったんだな」
「人を殺そうとしたからには自分も死をもって、その罪をうけなければならない……これもある意味、因果応報かな」
デザートのアイスクリームが運ばれてきたので、3人は会話をやめてアイスを食べることにした。
「あー、食った食った。よっしゃ、もうそろそろ行こうか」
アイスを食べおえた秀一が、いすから立ちあがろうとした。
「なぁ、秀」
「なんだ? おごれなんていってもダメだからな。割り勘なんだから、自分の分は自分ではらえよ」
「そうじゃないよ。あのさ、おまえに報告しなきゃいけないことがあるんだ」
「報告?」
「うん。じつはさ……その……」
春輝が七美の手をにぎった。
七美は顔を赤くして、はずかしそうに肩をすくめた。
「あのさ、じつはおれたち、つきあうことにしたんだ」
「…………はぁ?」
「事件のあと、何度も会ううちに、ハルもわたしもおたがいのこと意識しはじめちゃって」
七美が上目づかいに秀一に説明する。
「マジかよ」
秀一はひたいに手をかざして、おおげさに天井をあおぎ見た。
「ま、あんな体験したら、燃えあがらないほうがおかしいよな」
秀一がポケットから、サイフを取り出す。
「なら、割り勘なんてみみっちぃこといってられないな。しょうがねえから、おれが全額はらってやるよ。受け取れ、しあわせ者!」
秀一はサイフから1万円を出すと、笑顔でテーブルにたたきつけた。
(つづく)
次回の投稿予定は、5月19日の午後8時です。