光の翅
第11回 光の翅
4人は無言で屋根の上を歩き続けた。
足をとめようと思えば、かんたんにできる。
泣こうと思えば、いくらでも泣ける。
だが泣いても、セイヤは戻ってこない。
なら前に進むしかない。セイヤだって、きっとそれをのぞんでいるはずだ。
――セイヤのためにも、ぜったい、元の世界に戻るんだ。
ハルキは、その言葉を何度も自分の心にいいきかせた。
「いそごう。煙がそこまできてる」
体育館とプールドームの2階をつなぐ空中わたり廊下に死煙がせまっている。
「みんな、ここからとぶぞ!」
シュウは体育館の屋根から、わたり廊下の屋根にとびうつった。
高さは2メートル以上あったが、こわがっているヒマはない。
ナナミも涼華もためらわずにジャンプした。
10メートルの距離を全力で走り、手すりに足をかけて廊下におりる。
そうして4人はプールドームに入った。
「監視室からプールを見おろすんだ。どこかに『真実への道』があるはずだ」
ハルキは走りながら、みんなにいった。
監視室に入ると、4人はプールを見おろした。
「そんな……」
プールは死煙におおわれていた。
「どうして、ドームの中に煙が……」
「地震よ。きっと、地震で窓ガラスがわれたんだわ」
ハルキはハッとして、プールサイドの窓を見た。
たしかに窓の近くは煙の動きがはげしい。おそらくガラスのわれた窓から煙が入ってきているのだろう。
「そんなのってありかよ!」
くやしさをおさえきれず、シュウが壁をたたく。
すべての希望をうしなったナナミが、声をあげて泣きはじめた。
「せっかく、ここまできたのに……」
ハルキは絶望に打ちひしがれて、床にひざをついた。
「もうおわりだ。何もかも」
「おわりじゃない」
希望の消えた部屋で、その声だけはかがやきをうしなっていなかった。
「おにいちゃんたちはわたしが守る。だから、あきらめないで」
希望の宿主は涼華だった。
どこからともなく湧き出た無数の糸が涼華のまわりにあつまる。
糸はまゆのように涼華をつつみこむと、光とともにはじけた。
まゆの中からあらわれたのは、背中に蝶の翅をはやした涼華だった。
涼華が両手を合わせると、ウォータースライダーの出口に光の柱があらわれ、死煙がプールから遠ざかった。
「あれが真実への道」
涼華がくるしそうにあえぎながら、光の柱を見つめた。
「ウォータースライダーはあの道につながってる。だから、早く行って……長くはもたない……」
蝶の翅が、はしのほうから燃えはじめた。
それと同時に遠ざかっていた死煙が、ふたたびプールに向かってのびてゆく。
「涼華ちゃんも行くんだ!」
「わたしは行けない」
「どうして!?」
「わたしはニセモノだから……本物の石原涼華じゃないから」
「何いってるんだ! 全然、意味わかんないよ!」
ハルキは涼華の手を、むりやりつかもうとした。
だが、不思議な力によって、涼華に触れることができない。
「お願い……いそいで。これ以上はもたない」
うつくしい蝶の翅は炎にむしばまれ、そのほとんどが黒く焼けこげていた。
「わたしは本物の石原涼華じゃない。わたしは……わたしは……」
くるしそうな顔で、涼華がよわよわしく笑った。
その顔には、満足とそれ以上の悲しみがうかんでいた。
「わたしは夢幻鳳だから」
涼華の体に炎が燃えうつる。
服が焼け、髪が溶け、白い肌がただれてゆく。
「涼華ちゃん!」
3人は涼華に手をのばした。
自分たちに特別な力はない。
それでも、なんとかして彼女を助けたい。
大切な仲間を助けたい。
「さよなら」
涼華が、うでを大きく広げた。
その瞬間、見えない力が3人をウォータースライダーへつきとばした。
「涼華ちゃん!」
ハルキはスライダーの流れにさからおうとした。
しかし、涼華の――夢幻鳳の不思議な力で体がいうことを聞かない。
炎につつまれた涼華が床にくずれ落ちた。
それが、ハルキが最後に見た涼華のすがただった。
* * * *
動かない体がウォータースライダーを流れてゆく。
光の柱に入ると同時に、3人の体はプールの底に向かって沈みはじめた。
だが、底などどこにもなかった。
あるのは、どこまでも続く黒い空間だけだった。
何も見えない。
体が動かない。
息ができない。
このままではおぼれ死んでしまう。
ハルキは必死に体を動かそうとした。
だが、体はピクリとも動かない。
まるで意識と肉体が、べつべつにわかれてしまったようだ。
水が口の中におしよせ、のどを内側からしめつける。
頭の中がはげしく揺れて、意識がうすれてゆく。
そして――どこかで声が聞こえる。
(エリアデータの再現率は100パーセントだから、楽しみにしててね)
(建物のあかりはつかないけど、人の顔や景色はハッキリ見えるから、安心してね)
(OK。みんなのデータを分身にインプットしたよ)
(満腹の人もいると思うから、分身の空腹レベルを3に設定しておくね)
そうだ。
これはカズマサの声だ。
大人になったカズマサの声だ。
ハルキはわすれていた最後の記憶を思い出した。
そうだ。同窓会のあと、おれたちはみんなでVDSステーションに行ったんだ。そして、そこで……。
(それじゃあ、ゲームスタート!)
ハルキの意識はカズマサの声とともに、深い場所へ沈んでいった。
* * * *
自分がなぜ、ここにいたのか。
思い出した。
自分がいつから、ここにいたのか。
それも思い出した。
その瞬間、分身――ゲームキャラとしての「タカオカ・ハルキ」の存在は消え、彼は人間「高岡春輝」として現実の世界に戻ってきた。
頭につけたヘッドディスプレイには〈ゲームクリア〉の文字が映し出されている。
ゲームルームの外で、だれかが何かをさけびながら、ドアをたたいている。
だが、ゲームポッドの中からでは、何をいっているのか聞き取ることができない。
春輝はディスプレイをはずすと、手元のパッドで神経ケーブルの接続をオフにして、プレイヤーシートから立ちあがった。
いそいでゲームポッドの外に飛び出したが、ゲームルームに、ほかのプレイヤーのすがたはない。
ポッドは春輝のもの以外『使用中』のランプがついていた。
「秋山さま、お願いです。ドアをあけてください。秋山さま!」
ゲームルームの外で、女の人がドアをたたきながら、和正をよんでいる。
だが、彼がドアをあけることはないだろう。
秋山和正はゲームルームにある巨大モニターの前で、血を吐いてたおれていた。
(つづく)
次回の投稿予定は、5月18日の午後8時です。