最後の力
第10回 最後の力
慎重に、かつ、すばやくハシゴに足をかけ、5人の子どもがタラップをのぼってゆく。
シュウの計画はこうだった。
体育館の屋根をわたって、プールドームの2階と体育館をつなぐ空中わたり廊下へ行き、そこからプールドームの中に入る。
シュウはタラップをのぼり、体育館の屋根の上にあがった。
体育館の屋根はアーチ(おうぎ)状になっていて、傾斜もかなりある。足をすべらせたら、そのまま下まで落ちてしまいそうだ。
「涼華ちゃん、もうちょっとだ。がんばれ」
ハルキが涼華をはげました。
屋根にあがっていないのは、あと涼華だけだ。
だが、涼華の体力は限界に近づいていた。
涼華だけではない。5人とも緊張の連続で心身ともにつかれきっていた。
だが、ここであきらめたら、いままでのがんばりが、すべてむだになってしまう。
そんなつらい思い、だれひとりあじわってほしくない。
「涼華ちゃん、おれの手につかまれ」
シュウはタラップから体を乗り出して、涼華に手をのばした。
涼華も筋肉痛にたえながら、シュウに手をのばす。
おたがいの手がとどくまで、あと10センチ。
しかし、あとすこしというところで涼華がタラップから足をすべらせた。
「あ!」
涼華の小さな体がフワッと宙を舞う。
「涼華ちゃん!」
シュウはタラップから、さらに体を乗り出した。
ハルキがささえてくれなかったら、そのまま落ちているところだった。
シュウの手が涼華の手首をつかむ。
かつてシュウは大学生の「カノジョ」にフラれたとき、カノジョの手首をつかんで、自分の元へ引きとめようとしたことがある。
そのときはビンタされたショックで、あえなく手をはなしてしまった。
だが、今回は何があってもはなすわけにはいけない。
シュウはありったけの力で、涼華を自分の元へ引きあげた。
「シュウ、だいじょうぶか?」
「ああ、だいじょうぶだ」
言葉とは逆に、シュウの右うではつかいものにならなくなっていた。
涼華を引きあげたときに、ムリをしすぎたのだ。
――ちゃんとジムにかよっとけばよかった。
元の世界に戻ったら、大学の近くにあるトレーニングジムで体をきたえよう。
ムキムキになれば、女の子にもモテる。
そうなれば、おれの人生はバラ色だ。
――バラ色の人生を楽しんでやるぞ!
そう決心して、シュウは力強く立ちあがった。
* * * *
ハルキは足元に気をつけながら、体育館の屋根を歩き続けた。
「すべらないように気をつけてね」
うしろからナナミが心配そうに声をかけてくれた。
屋根を半分ほど歩いたときだった。
ソーラーパネルに何かの影が映ったような気がした。
最初、ハルキは自分の影がパネルに映っているのだと思った。
そう思うほど満月の光はあかるかったし、なんとなく影が人の形をしているように見えたからだ。
「あと半分だ。気合い入れて行くぞ」
先頭を歩いていたシュウがうしろをふりかえった。
その瞬間――。
ソーラーパネルの間から、何かがすがたをあらわした。
あらわれたのはタイゾウだった。
だが、下半身は人間ではなくクモだった。
「傀儡夜叉!」
セイヤがさけんだ。
「そうか。クモをたおさないかぎり、あいつは死なないんだ」
傀儡夜叉が、いきなりシュウに殴りかかった。
シュウはとっさに身をかがめたが、バランスをくずして、転んでしまった。
「シュウ!」
傀儡夜叉が、たおれたシュウをふみつけよとうして、クモの脚をふりあげる。
そのとき、ひとりの子どもが傀儡夜叉にとびかかった。
* * * *
とびかかったのはセイヤだった。
セイヤは傀儡夜叉と組み合ったまま、屋根の上をゴロゴロと転がった。
ふたりの体が屋根から落ちる寸前、傀儡夜叉の手が屋根の縁をつかんだ。
「セイヤ、待ってろ。すぐ助けに行くからな」
ハルキはセイヤを助けに行こうとした。
「ダメだ!」
セイヤが大声でさけぶ。
セイヤは傀儡夜叉の肩につかまり、なんとかもちこたえている。
だが、死煙はすでに体育館の半分ほどをおおっている。
このままでは、セイヤも傀儡夜叉も死煙に飲みこまれてしまう。
「きちゃダメだ。ハルキくんはみんなとプールドームに行くんだ」
「おまえを見捨てて行けるワケないだろ!」
「ぼくはカズマサくんを助けられなかった!」
セイヤが声をはりあげた。
「ぼくはカズマサくんの一番近くにいたのに助けることができなかった」
「だからって、おまえが死ぬことないだろ!」
「ぼくが助けてあげなくちゃいけなかったんだ。一番近くにいたぼくがカズマサくんを助けてあげなくちゃいけなかったんだ」
傀儡夜叉はセイヤをふりおろそうとして、必死に体を揺さぶっている。
セイヤは傀儡夜叉の肩に重くのしかかった。
傀儡夜叉の口から、痛みと怒りの悲鳴が飛び出した。
「なのに、ぼくは助けられなかった。復讐にさそわれたときも、ぼくはこわくてことわってしまった。そのとき、カズマサくんはすごく悲しい顔をしたんだ。ぼくはその顔すらわすれていた」
セイヤの目から涙がこぼれた。
「これはケジメなんだ。カズマサくんを助けられなかったことにたいする、ぼくなりのケジメなんだ」
傀儡夜叉はなんとか屋根の上にあがろうとするが、セイヤがそれを阻止する。
「もし、元の世界に戻ってカズマサくんに会ったら、つたえてほしいんだ。『助けてあげられなくてゴメン』って」
セイヤは最後の力をふりしぼって、右手を大きくふりあげた。
「一度やってみたかったんだ」
セイヤは傀儡夜叉の顔を思いきり殴った。
傀儡夜叉の手が縁からはなれる。
セイヤと傀儡夜叉は、死煙の中へ落ちていった。
(つづく)
次回の投稿予定は、5月17日の午後8時です。