夜の教室
はじめまして。ねこまたぎ(現:犬山おはぎ)と申します。
子どもたちが知恵と勇気で、恐怖に打ち勝つお話を書きたくて、ネット初心者ですが小説を投稿させていただきました。最後まで読んでいただければ幸いです。
※子どもの方でも読みやすいように、ひらがな多めです。あと、難しい漢字にはルビをふっています。
第1回 夜の教室
自分がなぜ、ここにいたのか。
わからない。
自分がいつから、ここにいたのか。
それもわからない。
気がついたとき、ハルキは6年1組の教室の机につっぷしていた。
外は暗く、教室にあかりはついていない。
それでも、まわりのものがハッキリと見えたのは、窓からさしこむ満月の光のおかげだった。
急にうしろで、けもののうなり声のような音が聞こえた。
ハッとしてふりかえると、クボ・シュウイチ――シュウが自分とおなじように机につっぷして眠っていた。そのとなりには幼馴染のミウラ・ナナミもいる。
「シュウ! ナナミ!」
ハルキはシュウとナナミの体を揺すった。
ふたりは、すぐに目をさました。
「あれ……おれ、どうして、こんなところに?」
シュウが目をこすりながら、大きなあくびをする。
そのとき、ハルキは教室に、ある違和感をおぼえた。
いつもとおなじ教室のはずなのに、何かがちがうような気がする。
違和感の正体はすぐにわかった。
「なぁ、なんで机が20個あるんだ?」
6年1組のクラスメイトは18人しかいないのに、教室のうしろがわには、あるはずのない机が「ふたつ」も置かれている。
それが違和感の正体だった。
「ホントだ。どうして、あんなところに机があるんだろ」
ナナミが大きな目をしばたたかせて、ふたつの机を見つめる。
「ところで、ハル。どうして、わたしたち、夜の学校にいるの?」
ハルキはなぜ、自分たちが教室で眠っていたのか思い出そうとした。
だが、どうしても思い出すことができない。
今年――つまり2072年の6月までのことはおぼえているのに、それよりあとの記憶が頭の中にまったくないのだ。
それでも、ハルキはなんとか記憶を思い出そうとした。
しかし、思い出そうとするうちに、頭を内側からガンガンとたたかれるような痛みにおそわれて、ハルキは考えることをやめた。
「ダメだ。何も思い出せない」
机の上にポタリと水滴が落ちた。ハルキの汗だった。
考えることをやめたとたん、ハルキの体からドッと汗が噴き出してきた。
「ハルキ。おまえ、すげぇ汗だぞ。だいじょうぶか?」
「ああ、だいじょうぶだ……」
ハルキはひたいの汗をぬぐうと、大きく息を吸った。
「とにかく、家に帰ろう。家族だって心配してるだろうし」
「そうだな。さ、家に帰って、今度こそ、ちゃんと寝よっと」
シュウはわざとあかるい声を出すと、ふたりをつれて教室の外に出た。
* * * *
教室を出たとたん、シュウがさけんだ。
「おい! 女の子がたおれてるぞ!」
廊下には、白い服を着た少女がたおれていた。
年は7~8歳といったところだろうか。胸までたらした長い髪が窓からさしこむ月光を吸って、うつくしいツヤをはなっている。
細いうでは雪のように白く、触れれば溶けてしまいそうな、はかなさともろさがあった。
「おい、しっかりしろ」
シュウが少女のほほをやさしくたたいた。
すこしして、少女が静かに目をあけた。
「よかった。気がついたんだ」
ナナミがホッとため息をつく。
「わたし、どうして……」
少女の視線がナナミ、ハルキ、シュウと順番にうつりかわってゆく。
「『どうして、こんなところにいるの?』っていいたいんだろ? おれらもそうなんだ。3人とも自分たちの教室で眠ってて、たったいま、おきたところなんだよ」
「わたしたち、いまから家に帰るところなの。おくっていくから、あなたも一緒に帰りましょうよ」
少女は何もいわずにうなずくと、首からさげたネックレスに手をのばした。
「へぇ、変わった形の石だな」
ネックレスには3つの青い石がついている。
どの石も、オタマジャクシみたいな形をしていて、おまけに『C』の字にまがっている。シュウが不思議がるのもむりはない。
「知ってる。これ、勾玉でしょ。わたし、前に博物館で見たことあるもの」
ナナミがネックレスの勾玉をゆびさして、いった。
「そうだ。自己紹介しなくちゃね。わたしはミウラ・ナナミ。こっちがタカオカ・ハルキで、背の高いほうがクボ・シュウイチ」
「気軽にイケメンってよんでくれよな」
「イケメン? チンパンジーのまちがいでしょ」
「チンパンジーって……せめて、子ザルとかにしろよ」
シュウとナナミのやりとりを見て、少女がおかしそうに笑った。
「あなたの名前は? おねえちゃんたちに教えてくれる?」
「……イシハラ・スズカ。すずしいの『涼』に中華の『華』で涼華」
「涼華ちゃんっていうんだ。キレイな名前ね」
ナナミにほめられたのがうれしかったのだろう。涼華の白いほほがほんのりと桃色にそまった。
「そうだ。涼華ちゃんは今日が何日かわかる?」
「ええと、今日は8月11日。2072年の8月11日」
「8月11日? じゃあ、わたしたち、夏休みに学校にきて、寝てたわけ?」
ナナミが信じられないといった様子で、ハルキをふりかえった。
「涼華ちゃん、ほかに何かおぼえてない?」
ハルキの質問に、涼華は力なく首を横にふった。
そのとき、1階から声が聞こえてきた。
「おーい、だれかいないのかよー」
6年生の3人はハッとして、たがいに顔を見合わせた。
「あれ、タイゾウの声だぜ」
ハルキが顔をしかめると、シュウは、
「なんで、こんなところで、あいつに会わなくちゃいけないんだよ」
チッと舌打ちをし、ナナミも、
「早く家に帰らなくちゃいけない理由がふえたわね」
ため息まじりに肩をすくめる。
「ハルキー! シュウー! ナナミー! どこかにいるんだろー、出てこいよー! みんな、体育館にあつまってんだぞー!」
「あの声はアキフミだね」
「ま、アキフミがいなきゃ、ビビリのタイゾウが夜の学校をひとりで歩けるはずないもんな」
シュウがヘヘッと、からかうように笑った。
「タイゾウさんは見つけたから、あとはおまえたちだけなんだよー! おまえらを見つけないと、体育館に戻れないんだよー」
アキフミのなさけない声がだんだん近づいてくる。
どうやら、タイゾウたちは4人のいる2階に向かっているらしい。
「あいつ、みんなが体育館にあつまってるっていったよな。てことは、おれらのほかにも学校に人がいるんだ。ハルキ、おれたちも体育館に行こうぜ」
「うん。あーあ、どこかに体育館につながる、かくし通路でもあればいいのに」
「なんで?」
「そうすりゃ、タイゾウと会わずに体育館へ行けるだろ」
ハルキは冗談のつもりでいったが、半分は本心でもあった。
たとえ、これが夢だったとしても、タイゾウには会いたくない。
「なんだよ、いるなら返事ぐらいしろよ」
4人を見つけたタイゾウが、両手でハルキをつきとばした。
衝撃の強さに息ができず、ハルキはよろけてしまった。
「ハル! だいじょうぶ?」
ナナミが心配して、声をかける。
「おい、何もつきとばすことないだろ!」
シュウが声をあらげて、タイゾウにつっかかった。
タイゾウは鼻で笑うと、いきなりシュウの胸ぐらをつかんだ。
「文句があるなら、いえる身分になってからいえよ」
「なんだと!」
シュウもタイゾウの胸ぐらをつかみかえす。
「おれを殴るつもりか? いいぜ、やってみろよ。おまえの家族全員、社会的に殺してやるからな。『県知事の息子に暴力をふるったクズヤロウ』。もし、そうなったら、もう、この県には住めないよな?」
シュウは下くちびるを噛みしめながら、手をはなした。
その瞬間、タイゾウはシュウをつきとばした。
「てめぇ――」
「やめろ、シュウ」
ハルキは燃えるような怒りを胸の奥でおさえこみ、タイゾウに「ごめん……」とあやまった。
「みんなが体育館にあつまってるってホント?」
ナナミがタイゾウにたずねる。
「ああ。みんなっていっても6年1組だけどな。そいつは?」
タイゾウがあごで涼華をさした。
「この子、廊下でたおれてたの。涼華ちゃんっていうんだけど、ええと、学年は――」
「2年生。2年1組の石原涼華」
涼華が静かにこたえた。かすれるような声にはタイゾウにたいする恐怖と怒りの両方がふくまれているようだった。
「ま、これで1組は全員そろったことになるな。アキフミ、体育館に戻るぞ」
タイゾウはアキフミをつれて、階段に向かって歩き出した。
涼華はハルキのそばへ行くと、そっと耳元でささやいた。
「わたし、タイゾウって人のこときらい」
「みんな、そうだよ」
そういって、ハルキは涼華に笑いかけた。
(つづく)