三日目 鬼
8月7日午前6時。昨晩、いつ眠ったのかは思い出せない。今朝は軽い頭痛によって無理やり起こされた。隣には昨日同様にD部長とC君のそれぞれの姿がある。寝息を立てている様子から、どちらも鬼に殺されてはいなさそうであった。皆が寝ている際に変に行動を取れば、いらぬ疑いをかけられる可能性があるため、二人を起こしてテントの外に出る。まだ女性陣の姿はない。仕方無しに僕が二人を起こしに行くことになった。
「おーい。朝ですよ。特にお変わりありませんかー?」
こちらのD部長とC君に変化がなかったので、女性陣にも特に変化はないだろうと軽い気持ちであった。しかし、中から出てきたのはB子ちゃんの姿をした子だけ。僕は彼女に質問をした。
「君は、中身はまだE美さんだよね?B子ちゃんの方は?」
B子ちゃんの姿の子は眠そうに目をこすりながら、ごにょごにょと答える。
「私は今起きたところだけど、B子はもういないよ。外にはいないの?」
嫌な予感がした。彼女はテントにも、昨日会議をした場所にもその姿はない。まさか洞窟内にいるのではいだろうか。4人は洞窟内に急いだ。
予感は的中してしまった。洞窟の最端部にも日が入り中に入らなくても、首元から血を流し顔に白い布を巻きつけられ横たわる人間の姿を認識できた。昨日E美さんが着ていた服装と一致していたことから、その人が魂はB子ちゃんで身体がE美さんの子であることはすぐに察しがついた。すぐに駆け寄ったC君の姿の彼は脈を確認し、彼女が死んでいる事が確定した。B子ちゃんの姿の子はその場で発狂し、膝から崩れ落ちた。
遺体の顔は、濡れたタオルで覆われており死因は窒息であると見られた。しかし、首元には切り傷があり血が地面に流れ、その乾いた跡が残っていた。素人である僕たちには死亡推定時刻を知る術はなかったが、テント内にも洞窟内にも血が飛び散っていないことと、4人のうちの誰も返り血を浴びていないことから窒息死をさせた後に、なにかしらの理由があって首を切ったとその場では判断をした。そしてそれらは全て昨晩の内に行われていた。やはり最も疑わしいのはB子ちゃんの姿の子であり、D部長の姿の彼は、彼女が鬼であるとを決めつけ大声で彼女を責めていた。B子ちゃんの姿の子には明確なアリバイを証明できるものもいないため、鬼である可能性を考慮して両手をロープで後ろに縛らせてもらうことになった。どうして僕は友達の、しかも女の子を拘束しなければならないのだ。しかし、同じテント内でかつ警戒心がない状態で行動が可能なのは彼女しかいないのだ。彼女を拘束し女性用テント内に監禁してから数十分後、沈黙を破ったのはD部長の姿の彼であった。
「なぁ。残る鬼は一匹なんだよな。そして俺は鬼じゃない自信がある。そしてAは魂の押し出しの影響を受けていない以上、鬼と考えるのは難しい。そうなると・・・」
C君の姿の彼はC部長の姿の彼を睨みつけながら反論する。
「私が鬼だと言いたいのだな?ははは。ならば私からも言わせてもらおう。昨日の最後の会議のコーヒーに睡眠薬を混ぜたのは君じゃないのか?普段から服用している私にはわかるのだ、あの眠気に落ちていく感覚は間違いなく睡眠薬によるものだ。殺人の現場を見られなくするためには、被害者含め全員が深い眠りについている必要があるからなあ?」
彼の発言を聞き僕は納得していた。たしかに、昨日は信じられないほどぐっすりと眠ってしまった。無理やり眠りに入っていく妙な感覚であったのも確かだ。しかし、なぜ睡眠薬を?本当に彼が混ぜたのか?
「ち、違う、俺はそんなことはしていない!睡眠剤を普段から服用しているのは君と《《B子ちゃん》》だけだろ!ほらやっぱり君たちにしかできないじゃないか。君たち二人が鬼だ!」
昨日の夜 《《B子ちゃんは》》カップに手をつけていなかった。最後に洗い物をしたのは僕だからわかる。・・・あれ?待てよ。ということはもう一人の”鬼”の正体は・・・。たどり着いた真実を口に出そうとしたところでD部長の姿をした彼は行動を起こす。
「ただ一つ、俺が鬼ではないことを証明する方法がある。」
そういうと彼は右ポケットからあの小瓶を取り出し蓋を開けると、それを一気に飲み干す。彼は苦そうな顔をしただけで、特に苦しむ様子もない。C君の姿の彼は一瞬あっけに取られたが、すぐにケタケタと笑い出した。
「本当に面白いなぁおたくらは。このままシラを切れば俺の勝ちなのになぁ。あまりにも面白すぎて感情を隠せやしない。それに、”鬼”はもう一人いるわけだしなぁ。」
鬼の視線は女性用のテントに移る。まずい。二人の合流を防ぐために僕とD部長の姿をした彼は女性用テントに向かって走る。しかし、鬼は洞窟の方へと全力疾走を始める。狙いは死体だ。僕たちも洞窟へと急ぐ。
目の前に広がっている光景が信じられない。映画や小説ではなく現実で、目の前で起きているのだ。その鬼は死体の側にいる。すぐにその鬼を処理しなければいけないのに足がすくむ。体が完全に硬直している。その鬼はこちらの様子を伺いながら首を大きく傾け、目を見開きケタケタと笑い出す。
「おたくらは見えてねぇなあ、本質が。どっちが本当の鬼だかわかっちゃいねぇ。怖い怖い。」
もう一人の”鬼”の正体に気づいた今、彼の言っている意味がなんとなくわかる。ただ、証拠もなくあくまで推測でしかないのでが。いや、今は奴を処理することだけを考えなければいけない。そこで僕は賭けに出る。
「はは。まさかそっちから正体を明かしてくれるとは思っていなかったよ。C君との作戦に見事にハマったわけだ。」
そう言って僕はポケットから液体が入った小さなプラスチック製の容器を取り出す。中身はただの酢。もともとは料理に使うつもりであったが、鬼の顔がみるみるとこわばっていくところを見るとなんとか騙せているようだ。
「お前をあぶり出すためにC君はただの真水を飲み干したんだ。今ここにあるものこそがお前お地獄に返せる水だ。さて、かければ死ぬのか、それとも飲ませれば死ぬのかな?」
ハッタリだ。そんな作戦もない。
「な、なぜそれを持っている?来るな。人間。やめろ、俺に近づくな。まて、殺さないでくれ、頼む、せめて最後にこの死人の肉を食わせてくれ。来るな!!」
少しづつ距離を詰め、思い切り酢を目にかけた。ぎゃあと叫んでいる隙に足元にあったお札を鬼の頭に貼っていく。効果があるかはわからない。その結果どうなるかもわからない。いわゆるやけくそだ。すると、鬼に取り憑かれていたC君の口から濃い煙のようなものが出てきて、スゥっと僕の身体に入ってきた。しまった。取り憑かれた。しかし、意識は失われない。何も変化がなかった。その代わりにD部長の姿をしている彼がその場に倒れ、鬼に取り憑かれていたC君の姿をしている彼も意識を失った。二人とも息はある。彼らはいずれ目を冷ますだろう。(魂がそれぞれ元に戻っているかはわからないが)
そして、二人が目覚めるまでに決着をつけなければいけない”鬼”はもう一人いる。今までのみんなの言動と鬼との会話、そしてこの洞窟への再訪によって全てが繋がった。あとは《《動機》》を本人から聞き出すだけだ。今の僕には検討もつかないが、聞き出さなければならない。
なぜ《《B子ちゃんがE美さんを》》殺したのかを。