二日目 魂の押し出し
8月6日。昨日のゲジゲジパニックから一夜明け、洞窟前に設置したテント内で目覚め、うめき声をあげながら電波の届かないスマートフォンを覗き込む。時刻は午前8時。結局、何も起きることなく夜を越えられた。感覚的にも自分の体に鬼が入り込んでるとは思えない。隣ではまだD部長とC君が眠っている。二人の姿が見えていると言うことは、僕は正真正銘”A”であり、誰の魂も入って来ていないし押し出されてもいないことを確信できた。別のテントで眠っている女性陣はどうであろうか。もう彼女たちが起きているかもしれないと思い、身体を起こしスマートフォンをポケットに突っ込んだその時、B子ちゃんの悲鳴が聞こえた。
急な悲鳴に驚き口の中が苦くなる。急いでテントを出てすぐ隣にある女性陣のテントの前に立つ。状況を把握するべく、恐る恐るまずはテントを開けずに声を掛けてみる。
「B子ちゃん?大丈夫?B子ちゃん!?」
僕の掛け声に呼ばれテントのファスナーがゆっくりと開いていく。姿を表したのはE美さん。四つん這いの状態で僕を見上げ口を開く。
「はい。B子です。」
「・・・はい?」
*
いよいよだ。全てがうまく行っている。残る問題は◯◯◯だ。下手をしないよう立ち回らなくてはならない。あぁ、胸が高鳴る。あぁ、待ち遠しい。
*
E美さんの外見で”B子”と名乗ったその子は、テントから出てゆっくりと立ち上がる。続いて涙目のB子ちゃんの姿をした子が同様にテントから這い出てきて訴える。
「A君・・・。きっと信じてくれないと思うけど、私はE美よ。」
あの表情に乏しいB子ちゃんが目を潤ませながら僕を上目遣いで見つめる。悪くない。ではなく、状況を整理しなくてはならない。僕は反射的に二人から一歩後ろへと距離を取る。
「えぇと、つまり、どちらかが鬼に取り憑かれていて、どちらかの魂が押し出されたということだよね?そして、その鬼がどちらかのフリをしていると・・・?」
E美さんの姿をした子はゆっくりと、B子ちゃんの姿をした子は何度も頷いた。あの壺には本当に鬼が封印されていて、本当に取り憑いたというのか?そんな非現実的なことが起こるのか?その時、男子テントからも聞き覚えのないよく響くしかし情けない悲鳴が聞こえてくる。まさか。
男子テントから先に出てきたのは高身長のインテリイケメンD部長。しかし今にも泣き出しそうな情けない表情。続いて出てきたのは右手の人差し指と親指を自分の顎に添え目を細めたC君。間違いなく、二人の中身も入れ替わっている。
時刻は午前9時半。とりあえず、インスタントコーヒーをそれぞれ手に持ち簡易椅子に座る。どういうわけか誰とも入れ替わらなかった僕はスケッチブックと油性ペンを使い話を進める。
「とりあえず、状況を整理しましょう。現状はこんな感じですよね。」
・A --- そのまま
・B子 <---> E美 入れ替わり
・C君 <---> D部長 入れ替わり
「ただ、鬼による魂の押し出し現象が本当に存在するとすれば、これはおかしな状況ですよね・・・。」
僕が腕を組み「おかしな状況」だと言った時、B子ちゃんの姿の子は眉間にシワを寄せ首を傾げていた。E美さんの姿の子はじっとスケッチブックを見つめていた。D部長の見た目をした彼は何かに怯えているような表情をして体を小さく丸めていた。C君の姿をした彼が口を開いた。
「あぁ。おかしい。もし仮に、B子君に鬼が取り憑き、その魂が押し出されたのであれば、B子君の魂はE美君に”入り”、E美君の魂は他の誰かに”入る”もしくは封印される。第三者にE美君の魂が押し出されていれば封印されていないことがわかるが、今回は第三者には”入っていない”。つまりE美君の魂は封印された事になる。」
B子ちゃんの姿の子が、私は封印されていないと声を上げるがC君の姿をした彼はそれを無視して話を続ける。
「鬼が誰かのフリをするとして、二者間での入れ替わりが成立するのはもう片方の魂が”封印されている場合のみ”だ。しかし今回は、同時に私とCの間でも入れ替わりが起きている。これはつまり・・・」
話が複雑になってきてB子ちゃんとD部長が放心状態になっている。僕はスケッチブックのページを改め、彼らと整理した。
■二者間の入れ替わりが成立する時
・B子(鬼) ⇨ E美(B子) ⇨ 壺(E美)
・B子はE美のフリをする。
■三者以上に影響がある時
・B子(鬼) ⇨ E美(B子) ⇨ A(E美) ⇨ C(A) ⇨ D(C) ⇨ 壺(D)
・もしくは途中のどこかで壺が入り、残りのメンバーはそのままの魂
C君の姿の彼が続ける。
「今回は2ペアでの間で二者間の入れ替わりが発生している。これは鬼が二匹いると考えるしかないのではないか?」
全員が、特に女性陣は呆気にとられていた。そう、それが僕が感じた《《おかしな状況》》である。鬼が一匹だと思い込んでいたために発生した《《おかしい》》という感情である。しかし、この状況は僕たちに取って厳しい状況だ。なぜなら・・・
「鬼を殺せる水は小瓶に入った一口分しかないんだよな?」
D部長の姿をした彼は震えながらそう言った。
8月6日午後10時。昼間にそれぞれ質疑応答による鬼のあぶり出しも行なったが、記憶も口調もそれぞれ完璧であり、そしてそれぞれが”本物”であることを主張した。そればかりか誰とも入れ替わりが発生していない僕に疑いがかけられたりと、疑心暗鬼な空気が続いた。加えて、B子ちゃんの姿の子は時折「人狼ゲームみたいだね」と能天気なことを言っていた。それにしても、一つの壺に二匹の鬼が封印されていたのだろうか。複数体の存在が認められる今、自分以外の全員が鬼の可能性はないか?いや、それならばさっさと僕を殺してしまえば良い。誰にも襲いかからなかった理由は一体何だ?二匹いるなら、残りの3人を襲うのはそこまで困難ではないはずではないか?そうなると、やはり鬼は一匹で・・・。わからない。今までの全員の動向を思い返していると、ある疑問点にまた立ち戻った。そしてその真実に近づきつつある中、急激な眠気に襲われた。ついさっき寝る前にもう一度全員で会議を行なった際に、コーヒーを飲んだはずなのに。意識は渦巻く眠気に飲まれていった。
*
あぁ、ようやくこの時がきた。最高のタイミングだ。もっとも心配していた◯◯◯についても、思わぬイベントによって救われた。全てがうまくいっている。さぁ、そろそろ行動を起こそう。あぁ、胸が高鳴る。
*
8月7日早朝、E美の姿をした子は鬼鳴洞窟内で死んでいた。