一日目 鬼鳴洞窟
8月5日午前10時。鬼鳴洞窟のある孤島に僕たち5人は到着していた。ここまで船を出してくれたE美さんの親戚のおじさんが、不思議そうな顔をして言う。
「こんな気味の悪い離れ島のしかも鬼鳴洞窟で合宿がしたいってなぁ。あんたら相当な変人だよ。本土まではそう遠くはねぇが、俺にも仕事があるからな。次に迎えに来れるのは明々後日になるからな。小さい島とは言えど奥深くへ進めばそう簡単には出て来れねぇぞ。なるべくこの船着き場の近くにいろよ。鬼鳴洞窟へもここから歩いて10分で着くからな。」
E美さんが荷物を下ろしながらテキトウに返事をする。おじさんが、船の一番近くに立っていた僕の肩を叩き、明らかに怪しい液体の入った小瓶を渡してくる。
「えぇと、なんですか、これ。」
僕の質問に大真面目な顔でおじさんが返す。
「鬼を殺せる清められた水だ。ここの鬼は魂しかねぇんだ。だから人に取り憑く。いいか、万が一鬼が現れた時には、取り憑かれた奴にこの水を飲ませろ。こいつでなら必ず殺せる。ここらではそうやって”鬼退治”をしてきたんだ。実際にな、俺も一匹ヤったことがある。」
小瓶の中の透き通った液体と彼の語る実体験から、急に”鬼”の存在感が現実的に感じてしまう。
「またまた、俺たちをビビらせようってのが見え見え過ぎて寒いっすよ。」
そう言いながらC君の声は裏返っていた。少しの沈黙の後、船着き場から船を出す間際におじさんが言葉を残す。
「”鬼”は出る。必ず殺せよ。」
睨みつけるように目を細めたおじさんを見つめ、僕たちの沈黙は続いた。
*
あぁ、胸が高鳴る。でも今晩は我慢しなくては。あぁ、焦らされているようだ。もう少し。もう少しだけ我慢。
*
鬼鳴洞窟に到着した僕たちは、洞窟の近くでインスタントの夕食を済ませ、本腰を入れて洞窟内の探索を始めようとしていた。洞窟は孤島の船着き場から5分強歩くとたどり着いた。森が深くなる手前に位置しており、いくつかの岩を重ねて人工的に作られていた小さな洞窟であった。僕たちはD部長を先頭に、「D, A, C, B子, E美」の順で縦に並んで洞窟に入る。
「洞窟というから相当深いものを想像していたが、入り口から行き止まりまで10mほどしか無いではないか。もう日が落ちているから入り口から最端部までは真っ暗で何も見えないが、日中なら洞窟に入らなくても中の様子を見ることができそうだな。」
D部長が懐中電灯を振りながら言った。
「高さも3mほどですし、確かに広いい洞窟とは言えませんね。自然にできた洞窟ではなさそうですし、本当に何かを封印するために作ったみたいですね。」
誰もが思っていたであろう感想を僕が代表して声にする。洞窟の突き当たりに5人全員が揃ったところで、E美さんがわざとらしく低い声で語り出す。
「さっきおじさんが少し話してくれましたが、ここの鬼は実体がありません。人に取り憑くのです。そして、取り憑かれた人間の魂は外に押し出されて近くの誰かに”入って”しまうというの。」
右手の人差し指を立て得意げに語るE美さんにB子ちゃんが小さな声で質問をする。
「じゃあもし、私が鬼に取り憑かれれば、私の魂は他の誰かに例えばA君の体に”入って”しまうとして、A君の魂はどうなるの?”一つ”魂が増えるわけなんだし。」
E美さんは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ答える。
「また他の誰かの魂を押し出して”入って”しまうか、鬼の代わりに私たちが囲んでいるこの壺に封印されるわ。」
僕たちの足元には給湯ポットほどの大きさの壺が置かれている。ミミズのような文字が綴られたいくつものお札が蓋として貼られており、この中に何かが封印されていることを物語っている。賢そうに腕を組みながらD部長が話をまとめようと試みる。
「つまり誰かが鬼に憑かれて魂の押し出しが発生すると、その押し出された魂が更に他の誰かの魂を押し出す可能性があるといことだな。」
「そうです。私はおじさんからそう聞いています。そして鬼は、誰かのフリをするそうです。相当賢く混沌を楽しむそうです。」
変な話だなと部長は苦笑い。しかし、お化け屋敷すら怖がって入ろうとしないE美さんは何故こんなにも乗り気なのだろうか?ここに来るという話も彼女が持ち出してきた。友人とキャンプをしたり、「合宿」というイベントに目がないことは知っているが、それを天秤にかけてたとしてもこの不気味イベントを彼女が楽しめるとは思えない。彼女の同類のC君は完全にビビってしまい強張った表情で無口を貫いていると言うのに。その時、D部長が壺の周りに何か気配を感じ咄嗟に懐中電灯を当てる。するとそこには数匹の大きなゲジゲジが引っ切り無しに複数の足を動かし壺を起点に外に向かい散る。つまり、僕たちの方向へと一気に足を進めたのだ。急襲を受け、虫が苦手なE美さん・C君は悲鳴をあげパニック状態になる。そして悲鳴。多足の悪魔が消え去り二人をなだめていた僕とD部長の後ろでB子ちゃんが小さく呟く。
「ねぇ、蓋が空いているわ。」