今日も順調
俺たちは新たな八犬士の気配をたどり、再び明地の領内に向かっている。
俺の右腕には梓がまとわりつき、左腕には松姫がまとわりつき、両腕に伝わるムニュッ感。
幸せなひと時の筈だと言うのに、俺の心は安らがない。
と言うのも、梓と松姫の相性が良くないのだ。
「松姫は緋村様から離れられた方がよいのではないでしょうか?」
「どうしてですか?」
「明地様が気を悪くなされるのではないでしょうか?」
「私は明地様とどうこうと言うことは元々考えていませんので。
あなたこそ、申世界に戻られなくていいのですか?
ご家族はどうされたのですか?」
「一つ、言っておきたいんだけど」
そう言ったのは、俺達の前を歩いていた姫だ。
立ち止まり、くるりと反転し、俺達を見ている。
「あなたたちの勝負は、正々堂々だよ」
「姫様、何の勝負ですか?」
そうなのだ。話から言って、俺達三人が勝負している事になるが、俺はこの二人と勝負しているつもりはない。
「そもそも、私は女の方と勝負するようなつもりはありません。
女の方には優しくしなければならないと子供の頃から、教えられてきました」
「緋村、いいご両親だねぇ。
そのとおりっ!」
姫様がびしっと、人差し指を突き出して言った。
「だけどね。
女の人誰にでも平等に優しくしていると、修羅場になっちゃうんだからね。
そこ気を付けた方がいいよ」
「すみません。仰る意味がよく分からないのですが」
「松さんと梓に言っておくけど」
姫は俺の言葉を無視して、松姫と梓だけに話を向けた。
「邪な事をしてばれちゃうと、全てを失うんだからね。
そんな気分になった時は、貞○の黒魔術カフェで占ってもらって、浄化してもらわなきゃね」
「佳奈さん、言っておられる事がよく分からないのですが」
「松さん、気にしないで」
「佳奈。自分の魅力で勝てって事なんですよね?」
「そうだよ。梓。
自信ある?」
「わ、私、できそこないだって思っていたんです。
でも、佳奈と知り合って、緋村様と出会って、なんだか少し私は私のままでもいいのかなって思えるようになってきたんです。でも……」
「そうだよ。梓ちゃん。
その調子だ。君は十分魅力的な子だ」
姫の言葉を待つより、俺の感情が先手を取った。
そして、梓の言葉をも遮ってしまったようだが、自分の言葉を止める事はできなかった。それだけ、その言葉に嘘偽りはないと言う事だ。
「緋村様。うれしいです」
輝くような笑顔。自信を持ち始めた事で、その笑顔がさらに魅力的になっている。
「ひ、ひ、緋村様。
私はどうなんですか?」
「えっ? 松姫はもちろん、魅力的ですよ。
決まっているじゃないですか」
「緋村様ぁ」
松姫にそう言った事が不満なのか、梓が悲し気な声を上げた。
「いやあ、そうですか。
今日も順調、変わりなく、修羅場だねぇ」
姫はそう言い終えると、俺達に背を向けて歩き始めたかと思うと、再び反転して、松姫に視線を向けて、にんまりとした。
「もうちょっとで明地領だよ。
松さんはここで別れる?」
「佳奈さんは意地悪なんですかっ!」
松姫はなんだか姫の言葉が気に入らなかったらしく、ほっぺを膨らませて、ぷんすかと怒っている。
なんか松姫かわいい。
と、思った時、右足に痛みが走った。
梓が唇を尖らせ、俺をにらみながら、足を踏んでいた。
いや、この表情もかわいいじゃないか。