消えた化け猫
「よくも、顔に傷をつけたにゃぁぁぁ」
絶叫にも似た声を上げたかと思うと、そいつは巨大化した。
利馬主真雲天で見た化け猫の姿よりも巨大だ。
「あちゃぁぁ。ネットで忍者調べてたら、仮面の忍者○影って特撮物が出て来たんだけど、そんな世界になっちゃったね」
意味不明ではあるが、姫の発言にはまだ余裕がある。だが、これは利馬主真雲天で見た幻なんかじゃない。
実体化した巨大な化け猫である。
「踏み潰してくれるにゃっ!」
何本もある足の一番前足を上げたかと思うと、姫目がけて踏み下ろした。
「姫様!」
どすぅん!
実体化している証拠と言えるだろう。地面が揺れた。
「いやあ。想像どおりだね。
あの時会った通りの姿」
姫はすでに化け猫の動きをかわしていた。
「にゃにが言いたい」
化け猫が何本もある足をじたばたと動かしながら、横に向きを変えて、姫に向き合った。
「それだけ大きくなると、普通の生き物の造りでは体を支えられない。
だとしたら、足を超太くするか、多くするしかない。
利馬主真雲天で見た幻。それはきっと、あんたが巨大化した時の姿なんじゃないかって、思ってたの。つまり、心の準備はできてたのよ」
そう言い終えた時には、姫はすでに巨大な化け猫に立ち向かっていた。
「ふぅぅぅぅぅ」
化け猫も戦闘態勢に入り、一番前の右前足を振り上げた。
正面からぶつかるのかと思えた瞬間、姫は素早く化け猫の側面に回り込んだ。
化け猫はまた無数の足を動かして、向きを変えようとしている。
巨大化した化け猫は動きが遅くなっている。しかも、体の向きを変えるのはもっと遅い。はっきり言って、致命的に遅い。
「体がでかいだけで勝てるって思ってるの?
しかも、あんた緋村にやられて左目が見えないでしょ。
死角多すぎなんだよ!」
そう言い終えた時、姫は化け猫の一番後ろの足の腱を切った。
「ふんぎゃぁぁぁぁ」
また、化け猫が悲鳴を上げた。
「おのれぇぇぇぇ」
化け猫がそう叫んだ時、辺りが白い闇に包まれた。
その中に浮かび上がったのは、さらに巨大化した化け猫。
「あ、これがもしかして、最後の奥の手?
できたら、お前には聞きたいことがある。
殺さずに捕らえてやる」
姫は相変わらず余裕だ。
姫ならば視界に囚われず、敵を探す事ができる。目の前の化け猫に気は感じられない。
姫もただの幻だと言う事に気づいているのだろう。
敵の気配を探ってみようとした俺は背筋が凍り付いた。
「姫様っ!」
直感が俺にそう叫ばせた。
バシャ!
何か水がぶちまけられるような音。
ジュワ、ジュワー!
そして、異臭。
俺の脳裏にあの夜の光景がよみがえってきた。
「緋村、こいつはマジやばいよ」
姫の言っている言葉の意味はよく分からないが、危機である事だけは確かだ。
「この子は私が貰って行くわ」
白い闇の中で女の声がした。
「姫様!」
「動いちゃだめ!」
今にも白い闇の中、姫の下に駆けだしそうな八犬士たちを姫自身が止めた。