化け猫狩り
月と星明りだけが辺りをほのかに青白く照らす空間。
そいつは俺達が寝静まるのを待って、ひたひたと足音を忍ばせてやって来た。
そいつの右手には時折月光を反射し、きらりと光る刀。
顔に巻いた包帯を月明りが浮かび上がらせる。
そいつは赤岩一角に間違いない。
足音を忍ばせ、俺の横までたどり着くと、赤岩は刀の切っ先を俺の胸元に振り下ろした。
ぐあっとか、ぐふっとか言って、口から血を流してもいいところだが、何の反応も示さない。そう、それは犬飼が作り出した幻だから。
「はあい。そこまで」
姫が言った。
「やっぱ、あんたが化け猫だったんだね」
「わ、わ、私はただ、こいつが気に入らなかっただけで、化け猫ではない」
「そうなの?
でも、こうやって、私の仲間を殺そうとしたんだから、どっちにしても同じよ」
そう言い終えると、姫は犬王の剣を抜き放った。
「この小娘が。姫には手を出すなと言われていたが、そんなものはもうどうでもいいにゃっ!」
「にゃ?
言葉が猫になってるんですけど」
「殺す奴には隠す必要もないにゃ」
「じゃあ、行くわよ」
そう言い終えた時、姫は赤岩に斬りかかっていた。
油断していた赤岩は紙一重で、姫の切っ先をかわし、後方に飛びのいた。
「油断していたにゃ」
そう言うと素早い動きで左右に移動しながら、ゆっくりと前進し姫に近づいて行く。
「反復横跳び?」
姫が意味不明な事を言ったかと思うと刀を下段に構えなおした。
均一な速さではなく、微妙に速さを変えて、赤岩は姫に近づいて行く。
赤岩が姫との間合いに入った瞬間、刀を振り下ろした。
姫も反応が素早く、赤岩が振り下ろした刀を振り上げた刀で受け止めた。
キィィン!
姫は力負けしていなかった。赤岩の刀をはじき返すと、そのまま踏み込み返す刀で赤岩を襲った。
再び赤岩が後方に飛びのく。
「同じ手を二度食うか!」
そのまま姫は飛び出し、着地前の赤岩に襲い掛かる。
迫って来る姫に、赤岩が手にしていた刀を投げつける。
「ちっ」
舌打ちと言う姫らしからぬ事をしたかと思うと、飛んできた刀を打ち払った。
「こんな姿ではやりにくいにゃ」
そう言い終えると、赤岩はその姿を猫に変えた。
とは言え、その大きさは猫と言うより、虎である。そして、剥きだした牙は鋭く、全身から殺気が放たれている。
「ここまで善戦したことは褒めてやるにゃ。
だが、お前はばかであろう。
夜に戦いを挑むとは。
お前たち人間の目は夜に弱いにゃ」
「なら、私も教えてやろう。
実は今はまだ夜じゃない事を」
「にゃ、にゃ、にゃにい」
「犬飼さん、術を解いて」
「承知しました」
犬飼がそう答えた瞬間、空には傾きつつある太陽が姿を現わした。
「あんたは幻の空間の中で戦ってたのよ。
あんたが刀を突き立てた緋村も幻だったんだから、残念だったわね」
「にゃ、にゃ、にゃにぃ
もう怒ったにゃ」
そう言い終えたかと思うと、化け猫が何体も現れた。
「どうだ。驚いたであろう。
さあ、どこから襲い掛かってやろうか」
「うーん。これは参ったなぁ」
と言い終えたかと思うと、姫は真正面の化け猫に襲い掛かり、犬王の剣で真横に薙ぎ払った。
「ふんにゃぁぁぁ」
化け猫が悲鳴を上げた。
致命傷ではなさそうだが、姫の一振りで左腕、もとい左前脚に傷を負った。
「おのれぇぇ。うぅぅぅぅぅぅ」
化け猫は怒りの籠った唸り声をあげているが、姫はそんな事にはかまわず、佐助に視線を向けた。
「あー、佐助。
あんたと同じ術、こいつも使えるみたいだけど」
「みたいですね」
「しゃあああっ」
そんな隙を化け猫も見逃さない。一気に姫に襲い掛かった。
が、どうやら、それは姫の罠だったらしい。姫は視界に頼らず、他の感覚で敵の動きを掴むことができる。しかも、その動きはとてつもなく速い。
逃げる敵より、向かって来る敵の方が御しやすい。
振り払った犬王の剣が、化け猫の顔面を捉えた。
「ふんぎゃぁぁ」
鼻先から頬にかけて切り裂かれた化け猫が地面に転がって、もがいている。
勝負あったか?
そう思った時、俺の緊張感が緩んだらしい。今まで気づいていなかったが、梓が俺の服の裾をぎゅっと握りしめていた。
梓に目を向ける。
「本当に人間でも妖に勝てるんですね。
私も、私も」
梓の瞳から涙が溢れている。
梓も姫のようになりたいと言う事なんだろうか?
梓の言葉の意味は分からなかったが、俺は梓に頷いてみせた。
「で、で、でも、まだ終わってもいないですよね」
梓から返って来た言葉は予想外の言葉だった。