赤岩一角
猿飼の地、赤岩。
そこにあったのは、小さな集落と点在する小さな畑。
申世界の地を見て来た俺だから、人が住むに十分すぎる地。そう思ってしまうが、甲斐族の地から見れば、貧しい土地でしかない。
「さて、問題は化け猫をどうやって探すかなんだけど」
姫はその集落を見渡しながら、そう言った。
「姫様、もう一度主野又に向えば、現れるんじゃないでしょうか?」
「あの坂、また上るのやだよう。
それに犬飼さん、お金さんと来る時に化け猫は出なかったの?」
「はい。会いませんでした」
「緋村、化け猫に手傷を負わせたって言ってたよね」
「ええ。どの程度の傷を負わせれたのかまでは分かりませんが」
「その傷を癒している最中か、それともたまたま現れなかったのか。
ともかく、怪我している猫とか人とかを探してみませんか?」
「分かりました」
「そうしましょう」
いつもどおり姫の忠犬たちが真っ先に賛同したちょうどその時だった。それほど離れていない小屋のような建物から、一人の男が出て来た。
「すみせーん」
それに気づいた姫がその男に声をかけ、駆け寄った。
「なんですか?」
そう姫に答えながらも、異様な姫の服装に男の視線は、姫の足のつま先から、頭のてっぺんまで何往復もしている。
「すみません。
この辺りに怪我した人とか、猫とかいませんか?」
「あんたたちは誰だ?
異国の者か?」
「あ、すみません。私の服は気にしないでください。
私の知り合いに病気を治せる人がいるので、病人や怪我人がいるかどうかたずねただけです」
「だったら、あそこに見える家に赤岩一角と言う者がおるのだが、最近目に大怪我を負ってなあ。目の怪我も治せるのなら、行ってやれば喜ぶのでは?」
「ありがとうございます」
姫は礼を言ったかと思うと、すぐ男が示した家に向かった。
「すみませーん。
赤岩一角さんはおられますか?」
「誰だ。
その変な服は何だ」
姫の呼びかけに応じ出て来たのは、左目を覆うように顔にぐるぐると包帯を巻いた40代っぽい薄汚れた男だった。
「あー、服は置いておいて。
その目、どうされたんですか?」
「不躾になんじゃ」
「緋村、謝んなさい!」
姫は突然振り返り、俺に手招きした。
謝る理由は無いが、姫の考えている事も分からない。とりあえず、姫に近づき、その横に並んだ。
「それって、この人にやられたんですよね?」
「い、い、いや。ただ、転んでけがをしただけだ」
「いやだなぁ。
お前の事忘れにゃいとか言ったんでしょ。
私、実は猫派なんだよね。なのに、犬に関係してるなんて、柴犬連れているあの子と同じで。
なので、猫に酷い事するなんて、ねっ!」
「何が、ねっじゃ。
わしは猫ではないわっ」
「もしかして、緋村の事恐れて、自分の本当の姿を隠している?
やだぁ。もしかして、怖いんだぁ」
「怖くなんかないわ!」
「だったら、本当の事言いなさいよ」
「お前の言っている事は意味が分からん」
そう言うと赤岩と言う男は、家の扉を閉じ、中に戻って行った。
「まあ、その怪我治してあげるって言ってるんだから、正直に言えばいいのに。
今日はその辺で泊ってるから、いつでも来てね」
姫が家の中の赤岩に向けて言った。
俺はこの寂れた集落を見渡してみた。
「姫様、どこに泊ると言うのですか?」
「そうねぇ。あの大きな木の下で野宿ってとこかな」
そう言い終えたかと思うと、姫は犬飼を手招きした。