ダークヒロイン?
大猿が亡んだ事と、申世界に来た姫が三猿の若君大輔を手なずけた事で、主野又にあった関所は取り壊される事になった。
甲斐族の地と申世界の行き来を妨げるものの一つはこれで無くなる。
ただ、二つの民族の自由な行き来を妨げる大きなものがまだ二つある。これを無くすのが私の仕事だと姫は言う。
一つは裂土羅隠。これは自身の力では何ともできない。犬王の力にすがると言っている。
そして、もう一つ。これも大きな障壁だと思うのだが、姫はそれほど気にはしていない。それはあの化け猫である。
「さて、猿飼の地も近付いてきましたね。
なんだか久しぶりだわ。
で、赤岩ってのはどこにあるの?」
「姫様、何故に赤岩に?」
「ああ。緋村は知らないんだったわね。
あの化け猫は赤岩ってところに住処があるみたいなの。
ほら、緋村も化け猫に出会ったんなら、知っているでしょ。
額のあたりに文字が浮き出ているの。
化け猫が私たちの前から去る時に、そこが赤岩って文字になったの。
だから、そこがきっと奴の住処のはず」
「と言う事は、そこに妙椿も?」
「可能性としてはあると思うけど、それは行ってみないと分からないわね。
って言うか、妙椿に遭ったら、これが妙椿だって、分かるものなの?」
「妙椿が仮の姿、つまり人の姿でいたり人の中に潜んでいるとしたら、それは分からないのではないでしょうか?」
「犬塚さんはそう言ってるけど、犬飼さんも分からないと思う?」
「はい」
「そっかぁ。じゃあ、やっぱり、妖の姿になっていないと分からないもんなんだね。
納得だわぁ。
でも、そうするとだよ。これまでに妙椿に会ってたり、妙椿の力を潜ませた人に会ってたりするかも知れないんだぁ」
「何か心当たりでも?」
「犬塚さん。気にしないで。
妙椿に遭ったかもと言う事は無いので」
「ところで、姫様。
化け猫がいたとして、我ら八犬士と緋村殿、それと佐助で戦うって事でいいんですよね?」
「あ。あいつは私がやるよ」
「なんでですか?
姫様を危険な目に遭わす訳には参りません」
「緋村は梓に言ったんだよね?
人でも妖に勝てるって」
姫が言いたいことが分からない。が、今の質問の答えは持っている。
「ええ。言いました」
「それを緋村ではなく、私がやってみせるって事」
「いえ。ですから、姫様を危険な目には」
「だってね。
私がこのまま何もしないでいると、ヒロイン失格で、その内ダークヒロイン爆誕なんかして、主役がそっちに持っていかれるかも知れないじゃん」
「イミフ」
「佐助、その言葉ありがとう。
みんなには分からなくていいの。
ただ、あいつは私が狩る!」
姫がそう言い終えた時、俺達は裂土羅隠の外側、つまり猿飼の地にたどり着いていた。