見ざる、言わざる、聞かざる
「大輔さん、教えてほしいことがあるんだけど」
俺たちが大輔の下にやって来たのは、大猿勇多たちが異様な殺害のされ方で葬られた事に関して、情報を得るための筈だが、姫は軽い口調で大輔に話しかけた。
「なんでしょうか、姫様。
私どもも、知っておられれば、お教えていただきたいことがあります」
「たぶん、お互い求めている情報は大猿勇多の事だと思うので、まず大輔さんから、どうぞ」
「いいのですか?
では。
大猿勇多が暗殺されたと伺っていますが、それは真でしょうか?
また、誰にやられたのか、ご存じでしょうか?」
「はい。
おそらく」
「おそらくとは?」
「亡骸は肉体の損壊が激しく、一部は白骨化していたようで、人相を完全に識別する事はできず」
「白骨化?
体の肉が融けていたと言う事ですか?」
そう言った大輔の表情の変化を俺は見逃さなかった。
俺は割って入った。
「何か知っていますね。
この殺され方は、以前、大輔殿が伊香の里の長老たちに教えた寺院で起きた惨殺と同じです。
その時も、寺院の師は妖怪だけに熔解かと言っていました」
「いや、悪いが知らない」
「知らないと言う風でもないが」
「大輔さん、本当は何か知っているんですね?
誰にやられたのかと聞かれましたが、もしかしてもうそれは必要ない?」
「姫様。それはもうお答えにならなくて、かまいません」
「やはり、誰がやったのか知っているのですね?」
「姫様。私の家は三猿家。すなわち、この申世界の根幹にかかわる事は見ない事にしているのです」
「見なくてもいいから、言えるでしょう」
「見ていない以上、聞くこともない。だから、何も知らないので言う事もない」
「だったら、他の岩猿や輝猿は?」
「岩猿は見ているかも知れません。聞いているかも知れません。でも、言いません。
輝猿は聞いていませんので、見もしません。聞いても見てもいないので、言う事もないのです」
「うーん、私の知っている三猿とはちょっとニュアンスが違うけど、この世界のことだから、まあそんなもんか。
だから、大輔さんはこの事に関しては私たちに話せない。
そして、これは申世界の根幹に関わるって事だね?」
姫の質問にも答えられないのか、大輔は目を瞑って、見ても聞いてもいないふりをしている。
「なるほど、これが三猿の見ざるかぁ。
だとして、大輔さんが聞きたい事はもうないの?」
「ええ。もう私はこの事には関わりません」
「だとしてよ、大猿の家はどうなるの?
跡継ぎは?」
「大猿の家には嫡男がおられましたが、もう十年以上見た事はありません。
亡くなられたのではと言う噂がありますが、実際のところは分かりません。
生きておられれば、三十くらいかと。
あと、年の離れた姫様がおられたのですが、こちらは幼少期から、そのお姿を見た者はおりません。もし、生きておられれば十代半ば過ぎかと」
「なるほどね。
みなが認める跡継ぎがいないとなると、あの家の兵たちは誰が率いるの?」
「もし、大猿の若君が姿を現わさなければ、三猿共同で統治するしかないでしょう」
「そうなれば、私がここに川を造るのを邪魔しようとしたり、私を捕えようとしたりする者はいないって事でいいんですよね?」
「ありがとうございます。
あんな目にお遭いになられても、川を造っていただけるなんて」
「あれは大猿勇多がやった事で、ここの人々とは無縁ですからねぇ」
姫はそこまで言うと、視線を俺たちに向けた。
「犬王の力で川を造れるようになるのは数か月先だと思うの。
だから、それまでの間に八犬士たちを集めに、一度甲斐族の地に戻りましょう」
「姫様のお考えに」
「従わさせていただきます」
姫の忠実な犬たちが真っ先に肯定した。