大猿軍潰走
俺が異変に気付いたのは、次の日の朝、空が明るくなり始めた頃だった。
俺たちの部屋の外と言うより、寺院の外。大勢の人が慌ただしく移動している。
「戦で動きがあったのか?」
そんな事を思いながら上半身を起こし、辺りの気配を探る。
八犬士たちも異変に気付き、体を起こした。
佐助がいない。
「佐助!」
姫じゃないが、天井に向かって叫んだ。が、反応も無ければ佐助の気配もない。
自分の目で確かめる。そんな思いで立ち上がり、廊下に出る。
外の異変を感じたのは俺達だけではない。この寺院の師と呼ばれる者たちはすでに慌ただしく動き回っている。
「何が起きたんです?」
とりあえず、一番近くにいた師に走り寄って、たずねてみた。
「詳しい事は分からない。
だが、負けたらしい
兵たちが潰走している」
「夜襲か?」
「緋村、この騒ぎは何?」
起き出して来た姫がたずねてきた。
「大猿の兵が潰走しているようです。
大輔殿が大猿に夜襲をかけたと思われます」
「夜襲?」
「多勢に無勢の戦いとしてはありかと」
「で、勇多はどうなったの?」
「分かりません。
見てきます」
「いいえ。私たちも行きます。
元の世界なら、出かける準備に時間かかったけど、この世界はすっぴんのままなので」
「イミフ!」
佐助の声がした。
「佐助、どこに行っていた」
「緋村さん、決まってるじゃないですか。
この騒ぎを調べに行っていたんですよ」
「何か分かったのか?」
姫の言葉を待てず、俺が言った。
「勇多以下、大猿の主だった武将はみな殺されました」
「相手は?
大輔殿か?」
「分かりません」
「佐助、分からないってどう言うこと?
岩猿とか輝猿とかってこと?」
姫が言った。
「殺され方が異常で、人間の仕業とは思えません」
「妖って事?」
「可能性として」
「ともかく、この目で確かめるわよ。
佐助、案内して。
あ、長老とお金さんは?」
「大猿の様子を一緒に確認しに行った後、お二人は里に戻られました」
「仕方ないわね。
じゃあ、行こうか」
そして、俺達が大猿勇多たちが殺されたと言う場所にたどり着いた時、そこにはもう大猿の兵たちの姿は皆無で、勇多たちの本陣であったと思われる幔幕だけが寂しく風に揺れていた。
「辺りに殺された人の姿は無いみたいだけど」
「あの中ですよ」
佐助が幔幕を差した。
「ところで、姫様。殺された勇多の遺体をご覧に?」
ちょっと嫌味っぽく言ったのは、姫が遺体を見るのを諦めさせるためだ。と言っても、見せたくないのは姫にではなく、梓にではあったが。
「あー、私と梓はここにいるから」
「分かりました」
そう言って、俺達は幔幕の中を覗く。
遺体は肉体が損壊していて、一部は完全に骨がむき出しになっている。
「これは」
そんな声が俺の口から漏れた。
俺を殺そうとした男たちの末路と同じである。
「そう言えば、佐助。
俺はこれと同じ殺され方をした者たちを知っている。
その者たちが、お前を救うために申世界に入ったお前の里の者たちかどうかを火車の弥八が確かめていたはずだが、何か聞いていないのか?」
「いいえ、何も」
「そうか。
ともかく、この殺され方。俺達には分からないが、申世界の者たちには心当たりがありそうだ。
大輔殿にでも、聞いてみるか」
そう言って、俺は幔幕を出て、姫に大輔の所に向かう事を提案した。