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まあ、すぐ二枚配ります

 犬塚を奪還したその日、俺達は近くの寺院で今後の事を話し合っていた。


「大猿の本陣の背後を襲う。

 それが一番いいんじゃないかしら」

「姫様は大胆だねぇ」


 それが俺の率直な感想だ。


「できるでしょ。

 緋村には一斬りの技がある訳だし、犬塚さんに豪雨とか霧とかで敵の視界を奪わせる事も可能なんだし、犬飼さんの幻で敵の注意を前方に惹きつける事だってできる訳だし」

「姫様が命じられるのでしたら」

「そのとおり」


 二人の八犬士は姫の忠実な飼い犬ってところだ。 


「しかしだな」


 俺が口を挟もうとした時、姫は俺の顔に向けて人さし指を立てた右手を差し出した。黙れ。そう言う事だ。だか、姫は視線を俺にではなく、天井に向けている。


「天井裏禁止!

 何度言ったら、分かるのよ!」

「ばれました?」


 天井の板をずらして顔を覗かせたのは佐助だった。


「よっ!」


 そんな声と共に、佐助が天井から飛び降りて来た。


「あんた、小奇麗ね」

「はい。きれいにしてもらいました」

「お風呂にでも入って来たの?」

「なんですか、それ?」


とたずねる佐助に、珍しく姫がお風呂と温泉と言うものを説明し、こう締めくくった。


「お肌がすべすべになったりする温泉もあるんだよぅ」


 そう言いながら姫は佐助に近寄り、佐助のほっぺを右手の人さし指で、ぷにっと押した。


「何をするんですか!」


 佐助が驚きの声を上げて、二、三歩後退した。


「なるほどね」

「なるほどとは何がなるほどなんですか?」


 姫にたずねてみた。


「きれいだって事。

 すべすべでぷにぷに」


 姫はにんまりとしている。


「きれいにしないと、小汚いままでは姫様に失礼ですからな」


 そんな事を言いながら、長老も天井裏から飛び降りて来た。


「私、長老さんには聞きたい事とかあるんだけど、まずはそれは置いておくわ」


 姫が言った。


「ほほほ。さようですか。

 それは置いておいていただくとして、姫様方は着物もきれいにしておられますが、犬塚殿はやはり少し汚れておりまするなぁ。

 そう思って、持ってきております」

「何を?」

「皆様方の着替えを二枚ずつ用意してきました」


 長老がそう言うと、また別の忍びが天井から飛び降りて来た。


「皆様全員にまあ、すぐ二枚配りますから、受け取ってくだされ」

「全員にマスク二枚配るって言った?

 私の耳、腐ったのかな?」

「すみません。姫様の言葉の意味が分かりませぬが」


 長老が言ったが、それはここにいるみんなだと思う。

 そんな思いで、俺は頷いて見せた。


「まあ、それは気にしないで。

 それより、佐助。忍びのくせに敵に眠らされて、捕らえられるって、間抜けじゃない?」

「りなさん、一緒に眠らされた人に言われたくないのですが」

「あ、佐助。

 もう、りなって言わなくていいわ。

 梓は私の事を佳奈。それ以外のあなたたちは姫でいいの」

「そうですか。分かりました。

 ですが、言っておきますが、眠らされたあれは眠り薬とかじゃないですからね。

 あれは妖術です」

「マジで?

 負け惜しみじゃなく?」

「はい」

「じゃあ、大猿の下には妖術を使える者がいるって事?

 妙椿はいないって聞いてるけど」

「飼い猫が化け猫になるくらいですから、他にもいるのかも知れないじゃないですか」

「あんた、あの化け猫が妙椿の飼い猫の慣れの果てだって話、知ってたの?」

「おっほん。伊香の里の情報網を舐めてもらっては困ります」


 長老が口を挟んできた。

 胸を逸らして威張り気味だ。


「だったら、長老さん。

 妙椿の居場所も知っているんじゃないの?」

「さすがに、そればかりは分かってはおらぬ」

「分かったわ。

 いずれにしても、大猿勇多を捕まえれば、色々分かるでしょう。

 明日、あいつを捕まえて、色んな事を吐かせましょう。

 ねっ」


 姫は意味深な笑みを長老に向けている。

 どうやら、姫も俺と同じで伊香の里に不信感を抱いているのかも知れない。

 だが、そんな姫に長老は何の反応も示さない。

 代わって反応を示したのは、部屋の片隅で俺達のやり取りを見守っていた梓だった。

 パタパタと四つん這いで俺たちの所に慌ててやって来た。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。佳奈」

「なに?」

「大猿勇多は捕らえるのですか?」

「そうよ。

 色々聞きたい事があるし」

「戦ですよ。

 殺し合いなんですよ。

 殺さないのですか?」


 梓が少し焦った風で、取り乱し気味だ。

 きっと、勇多による報復とかを恐れているに違いない。

 そんな梓に姫が困惑している。


「梓ちゃん。落ち着け。

 勇多を生かしていたとしても、梓ちゃんの事は俺が守る」

「緋村、そうね。梓の主役はあなた。

 でも、私達みんなも梓を守るよ。

 味方だし、仲間だし、私は梓の友達でしょ」

「わ、わ、私がみなさんの仲間でいいんですか」

「当たり前だ」


 姫より先に、梓にそう言って、みんなの前だと言うのに俺は梓をぎゅっと抱きしめた。

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