緋村の背中
本能寺に攻め込んできた四皇の兵たちは目的である私の父であり、この国の皇帝である里見○太郎を討ち取ったばかりか、寺内に残る父の残党の皆殺しにとりかかり、佐助は私たちが潜んでいた本堂近くの小さな堂に乗り込んできた四皇の兵の手によって、堂の外に連れ出されていた。
「ようし。陛下の残党は全て討ち取った」
隠れ身の術を使い、と言っても、佐助に渡された木の板そっくりの絵を描いた紙を持って、板壁に寄り添って立っているだけなんだけれど、ともかく堂の中に一人潜み続けている私の耳にそんな外の声が届いた。
「さて、小僧。子供は後回しにしていたが、いよいよお前の番だな」
「おじさんたちはどうしてこんな事をするの?」
「ふん。お前に言っても分からないだろうが、俺達四公はこの国に力で侵略されてから、ずっと虐げられたきたんだ。俺たちは尊厳を取り戻すため、この国を倒すのさ」
「でも、あそこに見える旗って、水色貴蝶だよね。
明地様の旗だよね?」
「なに?
誰だ。うかつに本物の旗を持ってきた奴は」
佐助の言葉に激しく動揺している。
「斎藤様ぁ。あれを、あれをご覧ください」
男はどうやら自分の上司に話を伝えようとしているらしい。
「なんじゃ?」
「四公の旗に混じり、あそこに我が明地の水色貴蝶の旗が!」
「誰じゃ、あのばか者は。とっとと、旗を隠すように命じて来い!」
「はははぁ」
男はすぐに戻って来た。
「旗を降ろさせてきました。
なぜ、あの旗になっていたのか、分からぬと申しております」
「ちっ。抜けた小者がおると、盤石の策も崩れてしまうわ。
して、そこの小僧はあの旗を見たのか?」
「と、言いますか。
この小僧が最初に見つけたのであります」
「なに?
小僧、顔を見せよ」
「いやあ、こんなところで斎藤様にお会いするとは、何故でしょうか?」
「お主、姫様の警護をしておる佐助ではないか」
「姫様の警護?」
「こやつが佐助?」
「姫様が近くに?」
「探せ。近くに姫様が」
「姫様はいませんよ。
私は姫様の警護としてではなく、伊香の忍びとして、謀反の気配を察知して駆けつけたまで。
して、この後はどのように始末されるおつもりで?」
「ふむ。いくら佐助とは言え、何重にもこの寺を取り巻く我が兵たちより逃れる事はかなうまい。死出の土産に聞かせてしんぜようではないか。
猿飼殿は四公との戦いにて討ち死にいただく。
そして、陛下はすでにこの世におられず、我が主が残った姫様と結ばれ、この国の帝位に就く。
そう言う事じゃ」
「だ、そうです。
月曜の夜、はちじよんじゅうごふんになりました」
斎藤の話が終わると、佐助が大声で叫んだ。それはさっきの打ち合わせの中で、私が佐助に告げていた私が姿を現わす合言葉。
「控えおろう。この刀が目に入らぬか!」
拳王の剣と言う里見家の宝刀を掴んだ右手を前に差し出しながら、私は堂から出て行った。
昭和のテレビのように悪党 みんながひれ伏す事はなかったが、一瞬怯み、一歩だけだったが後ずさりした。
「これは姫様。
如何なることでございましょうや?」
「先ほど、おぬしが申していた事、陛下への明智が謀反、しかと聞かせていただきました。
ここで腹を切って、陛下にお詫びなされ」
「腹を切る?
なんじゃそれは?
まあよい。こうなっては致し方ない。姫様も四公の手にかかって、お亡くなりになられましたぞ」
斎藤がそう言った瞬間、取り巻いていた明地の兵たちに消えていた殺気が蘇った。
ヒュン! ヒュン!
弓?
慌てて手にしていた拳王の剣の柄に私が手をかけたのと同時に、私の前に大きな壁が現れた。
それは緋村の背中だった。