犬塚の居場所は裸婦照!
振り返ると、そこにいたのは伊香の長老と、配下と思しき男女二名だった。
「長老、自らお出ましですか?」
「こちらの方たちは?」
俺の態度から、彼らは敵ではないと悟った大輔が俺にたずねてきた。
「佐助の里、伊香の里の長老だ」
「こちらは?」
今度は長老が俺にたずねて来た。
「三猿家の若君 大輔様だ」
「おお、そうでしたか。
私は伊香の千賀地と申します。
この二人は、火車の弥八と蜃気楼お金と申す我が配下の者」
「ところで、長老自ら、何故ここに?」
「うむ。
佐助を探すためにこの地に放った手の者たちから、連絡が途絶えたものでのう。
佐助だけでなく、その者たちの行方も探さねばならなくなってしもうた。
緋村殿、何か心当たりはござらぬか?」
「そうよなぁ。
甲斐族と思しき者たちが、三猿家の領地にある寺院で惨殺されたらしいが」
「私の?
もしかして、私がお連れしたあの寺院でですか?」
「ええ、そうです」
俺の言葉が終わるや否やで、長老は大輔に駆け寄った。
「大輔殿、その寺院の場所をお教えいただけぬか?」
「ああ、それでしたら」
大輔が長老たちにその場所を教え始めた。
その様子を見ながら、俺の頭の中はこれまでの事を整理し始めた。
あの者たちは俺が本王寺で死んでおくべき者と言い、俺を殺そうとした。
明地の謀反が起きたあの日、俺が本王寺に向かったのは、佐助の仲間から姫が佐助と共に本王寺の陛下の下に向かったと聞いたからだ。つまり、俺や姫があの場に集ったのは、伊香の連中が画策した罠だったと言うことなのか?
だとして、伊香の里を操ているのは誰なんだ?
それは明地なのか?
俺がそんな事を考えている時、大輔の説明が終わったらしかった。
「弥八、そなたはそこに行って、葬られた者たちが伊香の者たちであったかどうか、確かめてまいれ」
「はっ!」
弥八はその言葉を残すと、身軽に飛び上がり、天井裏に姿を消した。
「そこの戸を開けて、出た方が早くないすか?」
思わず、そんな言葉がこぼれてしまった。
「まあ、忍びの流儀じゃからな」
「そうですか。
ところで、佐助の居場所は分かったんですか?」
「ふむ。
それは掴んだ。
あと、犬塚殿の居場所もな」
「どこですか?」
「犬塚殿は裸婦照じゃ。
ただ、問題はその裸婦照の場所が誰に探りを入れても分からぬ。
大輔殿はご存じか?」
大輔は首を横に振って答えた。
「あ、あ、あのう。い、い、犬塚様が裸婦照に捕らえられているのですか?」
梓が口を挟んできた。初めて会った時のように、なにかおどおどして、声も消え入りそうなくらい小さい。
「梓ちゃんは何か知っているのか?」
「裸婦照に行けばいいんですよね?
緋村様がお望みなのでしたら」
俯いて、小さな震える声。どうやら、梓はその場所を知ってはいるが、行きたくはない。そんな感じだ。
「本当に裸婦照の場所を知っているのか?
だとしたら、どうして君はそんな事を知っているんだ?」
大輔の言葉は興奮気味だ。
「そ、そ、それは」
「大輔殿、そもそもこの地の何処かにある地ゆえ、知っている者がおってもおかしくはあるまい」
「過去、多くの者が裸婦照を探し、見つけられていない。
それを知っているなんて」
「梓ちゃんが知っていると言っているんだから、知っているんだろう」
「だから、知っているとしたら、どうして知っているのか、私は知りたい」
「その気持ち、理解できない事は無いが、人には言いたくない事もある。
落ち着くんだ。
ともかく、私たちが裸婦照に行けば、何か分かるかも知れないじゃないか」
「緋村殿、分かりました」
大輔はしぶしぶの表情でそう言った。
「では、緋村殿。姫様と犬塚様はそちらで、我らは佐助を助けると言う事でよろしいか?」
「長老、それでよいと思いますが」
俺がそこまで言った時、梓が飛びついて来た。
「それでは八犬士を揃えてはいただけないのですか?」
「梓ちゃん、安心していいよ。
誰が君にそんな事を命じたのか知らないが、それがたとえ大猿勇多であったとしても、俺は君を守る。
姫に犬塚殿さえ取り返せば、私達は大猿に遠慮はしない」
「本当に守ってくれるんですね?」
「ああ。
俺はずっと君を守る」
そう言って、梓の頭を撫でながら、視線を長老に戻した。
「誰か一人を先に救い出すと、後の二人がどうなるか分からない。
そこを考えると、三人を同時に取り戻す必要がある。
決行は二週間後とし、佐助はお任せし、姫様と犬塚殿はこちらで取り戻すと言う事で、よろしいかと。
ただ、お金殿をお貸しいただけないか?」
「お金の事も含め、委細承知した。
では」
「あ、面倒なので、天井裏ではなく、こちらから」
今にも天井裏に飛び上がりそうだった長老に向けてそう言うと、俺は部屋の障子を開けた。