妖の仕業?
朝陽が部屋の闇を消し去り始めた。
俺の腕の中で眠る梓の顔の輪郭が浮かび上がって行く。
この子を悲しませることはできない。
幸せそうに眠る横顔を見ていると、そんな思いが心の底からこみ上げてくる。
「明るくなってきた。
気を付けて、処理するんだ。
いいか、不用意に手で触れてはならんぞ」
部屋の外がにわかに騒がしくなり、男たちの声が聞こえて来た。
昨晩中庭で起きた惨劇の後始末をしているのだろう。
「穴を掘って、そこに全て落とすんだ。
何度も言うが、手で触れるな。
木の棒を使え」
梓の首元からゆっくりと腕を引き抜くと、足音を忍ばせ、廊下に出た。
中庭に視線を向けると、この寺院の師と呼ばれる何人もの男たちが、昨晩の犠牲者の遺体の横に穴を掘っていた。
「さっきから、触れてはならんと言っているが、一体何が起きたのか、知っているのか?
知っているのなら、教えてくれないか」
廊下で作業を指揮している男にたずねた。
「大輔様のお知り合い故、ここにお泊め申したが、そなた甲斐族であろう。
甲斐族の者に語る話ではない」
彼らが埋めようとしている者たちは俺の事を知っていて、あの時、俺が本王寺にいた事も知っていた。
しかも、俺を殺そうともしていた。きっと、あの遺体も俺と同じ甲斐族の者たち。そんな気がするが、どの遺体も損傷が激しく、身許を見極める事はできやしない。
ただ、これまで幾多の戦場を駆け抜けて来た俺の経験から言って、これは普通の人の手による殺され方で無い。
彼らが俺にこの死の原因を秘密にしたいとしたら、それはこの申世界の力に関するからか?
そんな疑問をぶつけてみた。
「例えば、その遺体は甲斐族の者たちで、これは妖の仕業。
妙椿の仕業とか?」
「そなたに教える筋合いはない」
「では、教えられないが、知っていると言う事だな?」
「我らは忙しいのじゃ」
そう言うとその男は視線を中庭に戻した。
「さっさとせい!」
俺の事に苛立っているのか、作業をしている男たちにそう言った口調はさっきより厳しくなっている。
俺の言った事が図星だった? そんな気がする。妙椿は我らの地ではなく、やはり申世界にいるのか?
答えの手掛かりを求め、中庭の隅々に視線を向けようとしていた俺の耳に梓の声が届いた。
「緋村様」
騒がしさに梓が目を覚ましたらしい。
一瞬脳裏に猿族の梓なら、この惨劇が何なのか分かるかも知れないなんて事がよぎったが、あまりに凄惨な光景を見せるべきではないと思い直した。
梓の下に駆け寄ると、中庭を背にして梓に向き合った。
「ごめん。
中庭で作業している声がうるさかったもので、何をしているのかと」
「何をなされているんですか?」
そう言って、俺の背後を覗き込もうとした梓の視界をさらに遮り、手を握った。
「何でもないよ。
さあ、部屋に戻ろう」
「はい!」
満面の笑顔と、元気な声で梓が応えた。
この子には決してあの光景は見せてはいけない。
見せてしまえば、またこの子の笑顔を奪ってしまう。そんな気がした。