私みたいな子……
梓は落ち着いたはずだが、あれ以来ずっと俺の服の裾を掴んだまま歩いている。
俺が化け猫を退治した時の梓の言葉と涙は、きっとこの子が何かおどおどしている原因と関係があるのだろう。
だが、本人が話したがらない以上、聞くことはできない。
今はただ、この子に安心感を与えてあげたい。それが率直な想いだ。
俺の服の裾を掴んでいる梓の手を取り、服の裾から引き離す。
掴んでいた手を引き離された事に、梓の表情が曇った。
梓ににこりと微笑み、その手をつないで握りしめる。
「手をつないでくれるんですか?」
梓ではないが、言葉ではなく、にこりとした微笑みと力強く握りしめる事で、俺の意思を伝える。
「私みたいな子に……」
梓のその言葉に、俺は足を止め、手をつないだまま梓に向かい合う。
「私みたいなって言うんじゃない。
梓ちゃんは梓ちゃんのままでいいんだ」
「私、悪い子なんです。
それもできそこないなんです」
「誰がそんな事を言ったんだ?
そんな言葉、気にすることはない。
俺には分かる。梓ちゃんは本当はいい子だ」
「私がいい子?
姫様にも言われました」
「姫が?」
「はい。猫好きに悪い子はいないって」
「は、は、ははは。
姫さんも言っているんだ。
梓ちゃんはいい子で、梓ちゃんのままでいい。
だから、私みたいなって言ってはいけない」
「はい」
初めて梓が肯定の表現を言葉を使って表現した。
なんだか、それが少しうれしくて、胸がチクッと痛んだ。
姫に悪い?
だが、あれ以来、姫は俺にそんな素振りを見せてはいない。
俺の心は揺れ動く。どうしたらいいんだ?
なんて、悩んでいる内に、四公の地への入り口主野又にたどり着いた。
そこに建っているのは、猿族の関所。
正面の門の上に弓を構えた兵たちが並んでいる。
「止まれ!」
穏便にここを通り抜けるにはどうすればよいのか?
思考を巡らせ始めた時、梓が俺の前に立って大声で言った。
「猿族も甲斐族も同じ国の者同士、どうして通行の邪魔をするのか」
それほどの声を梓から聞いたのは初めてだ。
しかも、俺を庇うかのようにして、俺の前に立った。
彼女が少し成長したのではと、何だか嬉しく感じずにいられない。
「ううーむ。確かに。
扉を開けよ」
兵の一人がそう言うと、関所の扉が開き始めた。
話せば分かる。と言う事なんだろうか?
ともかく、俺は初めて申世界に足を踏み入れた。